第一話
しゃがれた声が不快だから殺した。
白目を剥き、石畳のうえに両手を広げて転がった、腹がでた体。
私の足元で派手に命をぶち撒けている男の首を掻っ切った理由を言葉にするなら、たったそれだけのことだった。
命は平等じゃない。
命は銀よりも軽いし、他人の命は私の機嫌より価値が低い。
「最悪。靴が汚れた」
チッ。内心で舌打ちする。
これじゃあ靴に合わせた黒いショートパンツやぴったりした黒いシャツまで台無しにされた気分。
死んでまで私の気分を害するなんて許せない。
白昼の、猫の額みたいな路地裏。
ツギハギだらけの家が軒を連ねる、そのど真ん中。
獲物はすでに、太ももにつけたホルスターへ収めている。
男のシャツで靴のつま先を拭う。
「あ、あ、あんたがソイツを殺ったのかい?」
不意に背後から、震えた声が。まるで内緒話でもするみたいに声を落とし、投げかけてきた。
私が動きを止めて振り返るより先。
男に駆け寄るように走ってきた人は、白髪混じりの長い髪をした女だった。
擦り切れた布のワンピース。靴は履いていないけど、その足裏は汚れていない。
「ほんとに死んでる」
石畳に両膝をついている女が当たり前のことを呟く。
それから天を仰ぎ、叫んだ。
「死んだ! みんな! エッグマンが死んだよ!」
見た目よりも張りのある声が鳴り響いたと同時。
家の窓が次々と開き、家人が身を乗りだし覗き込んでは「やったぞ!」「ああ! 神様!」まるでクリスマスと誕生日が一緒にやってきたみたいに喜び、騒ぎだす。
なかには赤ん坊を片手に夫婦で抱き合い、泣いている人達もいる。
よく分からないその光景を、私は半眼で見ていた。
すると女が私の目の前までやってきた。
その場でしゃがんだと思ったら、両手をつき額を地面に擦りつけ、涙ぐんだ声で言った。
「ありがとうございますありがとうございます。あなたはわたし達の恩人です。長年の苦しみからやっと、やっと解放された」
「………なんのこと?」
「あの男はアパートの大家で、もう何年も何年も、家賃や通行料だと言いながら、わたし達が稼いだ金銭のほとんどを奪っていきました。嫌なら出ていけと言われ、なかには金が払えず妻や娘を食い物にされた者もいます。毎晩毎晩、あの男がこの世から消えてくれるよう祈り続けてきました。あなたが、それを叶えてくれた」
「目障りだから、殺しただけなんだけど」
「それでもあなたはわたし達の救世主、いや女神様。わたし達を救い、守ってくださる聖女様かもしれない」
「はぁ? そんなわけないじゃない」
呆れた。
救世主や女神でもわけがわからないのに、聖女ってなに。
それってたぶん、もっと清いもののことでしょう?
まちがっても絡んできた男を殺すような人間を、そうは呼ばない。
「後のことはわたし達に任せてください。この男の死体は野犬の餌にしてやりますから」
「……あ、そ。好きにして」
なんだか急にどうでもよくなった。
新しいリップグロスもほしくなくなった。
家の中から数人、若い男達がでてくる。
みんな私に頭を下げたあと、地面に転がった男の元へ行き、「☆□△×!!」言葉にするには強烈な罵声をあびせながら唾をはきかけたり蹴りとばしたり。
それは私が背中を向けて路地を抜けるまでずっと続いていた。
エリシア王国に聖女があらわれた。
彼女は人ならざる力を使い悪を倒し、人々を苦しみから解放してくれる。
そんな噂が右往左往と泳ぎだしたのは、それから少しあとのこと。




