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決死! 丸太からの逃亡!!

どれだけ走り続けただろうか。

とうに息は切れていて動悸が中々鎮まらない。


「だ、大分走りましたね……」


「ここまで来ればきっと安心……だと思う」


人も疎らな夕暮れ時、湿り気のある風が強く吹いて来るせいでシャツが肌に張り付くようで気持ち悪い。

 僕には走り続けた達成感は無く、逃げ切れた喜びも無かった。

 あるのは心を引き裂くような喪失感だけだ。

 丸太至上主義によって、讃岐さんは……。


「いや……僕があの場を丸く収められるくらい強く、賢く無かった。……それだけか」


 無力感と共に切に思う。丸太至上主義をブチ壊してやりたいと。


「おやぁ?」


 ――そう、思っていた。


「樹君と幹君じゃあないか。どうしたのかね? 大分顔 色が悪そうだ」


 聞き覚えのあるねっとりとした声に全身の毛が逆立つ。

 忘れられない、忘れられる筈もない。

 その声の主はこのディストピアを作り出した張本人のものなのだから。


「嘘、だ…… 」


 声は上擦り、足は情けなく震える中、村長は実に機嫌が良さそうな様子で僕たちの背後に立っていた。


「いやはや、今日は実に良い日だ。ここまで胸のすく思いがする日はいつぶりだったか……。さて、今の私は実に、実に実に実に、機嫌が良い。何故だか分かるかね?」


「い、いえ。何でなのでしょうか」


 すると村長は満面の笑みを浮かべた。……けれども、眼鏡の奥にある汚泥を煮詰めて作ったような真っ黒な眼だった。全く笑っていない。

 その事に気付くと益々嫌な汗が吹き出て来る。


「先程、私の事をしつこく嗅ぎ回る鼠を駆除する事に成 功したからだ。だから私はこんなにも機嫌が良い。それこそ、私の王国に不満を唱える者を見逃してやろうと思う程に」


「ひっ……」


 今漏れた悲鳴は僕のものか、はたまた枯葉のものかは分からない。


「さぁどうするのかね。逃げるかね? 私はそれで一向に構わない。元より私は追うつもりは全く無いのだから。さぁ、どうする? さぁ、さぁ、さぁ!!」


 恐怖に駆られるまま僕はまた枯葉の手を引いて弾かれるように走り出した。


「う、うぁぁぁぁぁぁッ!!」


 逃げなければと本能がアラートを鳴らし続ける。

 心臓と肺は痛いし、足も重い。けれど、それでも逃げなければ取り返しのつかないような事が起きる気がして僕は無理矢理走った。


「う、後ろ!! 黒いスーツを着た大きな人たちが追って来てます!!」


 黒い、スーツを着た大きな人たち? その言葉が気になってチラリと後ろを振り返る。

 するとそこには丸太を片手に走る黒服の男達の姿があった。


「はぁっ、はぁっ、なんなんだよ、コレ」


 とは言え委員長から離れる為に相当な距離を走っていた為僕の体力は残り少ない。

 このまま二人で逃げていれば必ず共倒れになる。

 それだけは何としても回避しなければならない。


「どうしてこんな事に……っ!」


 余りにも悪い状況を嘆かずにはいられない。丸太のせいで何もかもがめちゃくちゃだ。


「何処かに隠れられそうな場所はないんですか!?」


「そんなのある訳……」


 ふと、木々の合間に丸太が乱雑に積まれている場所が目に入った。

 あの場所ならば小柄な枯葉だけなら隠れる事が出来るだろう。


「こっちだ!」


 強引に方向を転換して丸太の元へと向かう。


「そんな! ここに隠れても見つかっちゃいますよ!?」


「……そうは、ならない」


 その言葉を発した時、果たして僕はどんな顔をして いたのだろう。

 悲痛な顔をしただろうか、苦しそうな顔をしただろうか。将又覚悟を決めた、讃岐さんのようなあの不敵な笑 み浮かべていたのだろうか。それは分からない。



「――僕が、全員引き付けるから」


 後ろを振り返り、大声で叫ぶ。


「随分と貧弱そうな丸太だな! そんな丸太なんか怖くは無い!!」


 黒服達は丸太を貶める言葉に反応してにわかに殺気立った。


「おいおい、僕の挑発に乗るとか大人として恥ずかしく無いのか? それでも股間に丸太生えてるのか!? それとも股のそれは小枝か何かかッ!!」


 プツリと、黒服の男達の堪忍袋の尾が切れる音がした。


「野郎ブッ殺してやる!!」


 僕に狙いを定めて突進するその様は怒った猪のようだった。


「付いて来いよ! 僕は相当逃げるぞ!!」


 そう煽りながら身を翻すと夕闇が迫る木々の中へと身を沈めていく。


「追うぞ! 野郎に俺の極太丸太を叩き込んでやる!!」


 極太の丸太が背後から迫って来る。

 丸太。それは攻撃、防御にも使える汎用武器。その威 力は凄まじく時にはチェーンソーすら圧倒する。それを背後にゾロゾロと連れながら逃げる事は精神的にも肉体的にも莫大な負荷となる。


「はぁっ、はぁっ」


 熱い、痛い、重い。

 駆ける足は鉛のようで踏み締める一歩がそのまま地 面にめり込んでしまうような錯覚すら覚える。


 そして、その辛苦の果てに辿り着いた先は。


「残念だったな。崖だ」


  ……崖だった。

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