逃亡
2人の「お父さん」を失った、悲しみと憎悪の渦の中で、それでも耳に残る声が理性を取り戻させる。
「ミア…逃げろ…早くお祖父様のところ…」
うめき声に合間に絞り出すように訴えるお父様の言葉。
生きなければならない。生延びねば…
それがお父様の願いならば。
お父さんからの『幸せになってくれ』という願いを踏みにじった私は、今度ここそ間違えてはいけない。
この部屋に入れられたまま、じっとしていたらどのような目に合うかわからない。お父様を毒殺した黒幕は検討がついている。
その男はすぐさま宮殿内を管理下に置くだろう。その前にお祖父様のもとに逃げなければ殺される。
侍女と使用人がこちらを伺っている。逃げ出す方法はあるが、目をそらさせないと、すぐに捕まえられてしまうだろう。
取り敢えず部屋から出ていってもらわなければ…!
考えを必死に巡らせる。
とりあえず暴れよう。
ベッドサイドにあったぬいぐるみを掴み、使用人に投げつける。
「出ていけ!」
間を置かずに手当たり次第ものを投げる。
「出ていけ!出ていけ!」
5歳児の腕力だから、使用人たちには届かず、なんの被害もない。
面倒くさそうに連中は怒鳴りつけてくる。
「ミレイア王女!落ち着いてください!大人しくいていただかないと…」
「うるさい!あななたたちも、お父様の敵なのでしょう!?近づくな!」
キャンキャンと喚き、ものを投げながら、ベッド近くの防御結界を作動させる。
これで私には近寄れなくなった。
無理やり黙らせることもできなくなった使用人たちは、舌打ちをして言った。
「面倒だから閉じ込めて放っておきません?逃がさないようにしておけば問題いもないでしょう。」
「そうね、でも逃げられては面倒ですから厳重に戸締まりをしましょう。」
そう言って次女のひとりが2つあるドアの一つに手をかざし、魔力を込める。
すると床から土が湧き出し、ドアを覆っていく。ものの数分で土の壁になった。
「ミレイア様は土魔法が苦手でいらっしゃるから、これでどうにもできないでしょう」
侍女が馬鹿にしたようにこちらを見ながら言う。事実なので、連中が出ていくのを口惜しげに見送る。
外に出たあとにまた土魔法をかけた気配がした。完全に閉じ込めたつもりだろう。
連中の足音が遠ざかるのを確認し、ベッド後ろの壁に描かれている蔦模様をゆっくりなぞる。
すると壁の下の方に、人が一人くぐれる程度の穴が現れた。
私は大きく深呼吸をしてから、真っ暗なその穴に飛び込んだ。
ウォータースライダーのように滑り降りたと思ったら、すぐに尻に衝撃が来た。 うっ、と息がとまったが、直ぐに立ち上がり、火魔法で灯りをつける。意外と乾燥した地下通路は、恐れていた爬虫類や虫の気配はなく、問題なく進めそうだ。
転がるように走って先へ急ぐ。
この道は、王族のみに伝えられる非常用通路だ。今回の黒幕が直接調べに来たらバレてしまう可能性が高い。
お父様に繰り返し教えられた道順を思い出しながら、進み続けた。
5分も走っているともう息が苦しくなる。
なんて貧弱な体なのよ、もう!
ふわふわと無駄に布の多いドレスも足を引っ張て走る。
前世では、バイトで新聞配達をやっていて10キロ程度なら余裕で走れたのに。自分の足の遅さに歯噛みしながら早歩きに変えて進み続ける。
赤い石…赤い石…
壁に目を凝らしながら目当ての扉を探す。
さらに10分ほど進んだところにそれがあった。赤い石がはめ込まれた、入口と同じくらいの小さな扉がをようやく見つけ、その石に触れる。
カチャッと鍵が開く音がした。
ノブに手をかけ、そっと薄く隙間を開けて周囲を伺おうとした。
すると、バッと扉が大きく開き、伸びてきた手に突然腕を捕まれた。驚きで固まっている間に私は外に引っ張り出された。




