お祖父様と研究
次の日、お祖父様が赤い目をしてやって来た。
あ、いや赤い目は元からだけど、周りの白目も充血していた。徹夜かな…?
「完成したぞ。使ってみなさい」
手渡されたそれは、金属製のボールペンのような形だった。ノック部分や芯はなく、シンプルなものだ。先っぽの方を見るとかなり細くなっているにも関わらず、空洞になっている。シャーペンのさきぐらい細い。グリップ部分にいくつか小さな穴があいており、おそらくここから魔力を入れ、ペン先の空洞を通って外に出る仕組みであろう。
「素晴らしい細工ですね…本当に1日お造りになったのですか?」
驚きつつ、使ってみると、問題なく描ける。どうやって土魔法の影響が出ないようにしているのだろう?
「どうということはない。中途半端では我慢ならんから、多少睡眠時間を削っただけだ」
楽しくて止められなかったのですね、解かります。私は、そっとお祖父様の座ってる椅子に仕込んである、治癒魔法の紋を作動させた。
「どのような仕組みなのですか?」
「魔力を通すために、筒状の棒にし、外側の金属の魔力が混じらないように魔法紋を刻んだのだ」
「魔力を通さないようなことって、できるのですか?」
そんな事ができれば防御結界に使えるかも?
「魔法紋の記号を反転させると効果も逆になることは、教えたことはあるな?あれを使い、『魔力を流す』魔法紋を反転させたものを金属部分に刻み、魔力が反発して通さないようにした」
…なるほど、金属を作った土魔法が周囲に漏れるのを防ぐことは、難しいから、紋を書くときに使う魔力だけが反発して混じらないようにしたのか。
簡単に言っているけど凄いな…。そもそも私は金属が作れないし、こんな細かい細工はもってのほかだ。魔法紋についてもペンのほうの土魔法は打ち消さないように調整しているのだろうが、どうやっているかわからない。
「凄いですね…、お祖父様のように、自在に作れるようになるのはいつなのでしょうか…」
「自在と言うほどのことではない。長年工夫し続け、皇帝を退いた後にようやく、思うようなものが作れるようになってきたものだ」
げ、お祖父様の脳みそを持ってしても何十年も懸かるのか。先は長そうだ。
「しかし、其の方の発想はなかなか面白い。便利なものがおかげで作れたぞ。」
お祖父様はそう言ってもう一つ、胸元からペンを取り出した。私に渡したものより大きなものだ。2人分作ったらしい。
「でも、お祖父様なら指先からでも細く調整できたのではないですか?」
「不可能ではないが、これほど細い線ではかなりの集中力がいるうえ、一定の太さを保つには非常に便利だ。」
そうなのか…、珍しくわかりやすいぐらい機嫌がいい。褒められたよ。
何だか今なら色々教えてくれそうだ。
「お祖父様、防御用の魔法紋を色々考えてみたのですが、実際使えるかどうかのご助言をいただけませんか?」
「ほう?」
お祖父様の前に、昨日考えた魔法紋を描いた紙を広げると、お祖父様が少し身を乗り出した。
「この土の盾は…、周りを全部囲んでしまうと逆に自分が逃げられなくなる。狙った場所に平面の盾を作ることが出来れば時間稼ぎに使えるだろう。」
なるほど、自分から袋のネズミになってしまうところだった。
「物理攻撃を弾き返す紋は、良くまとまっている。周りに被害が出てもいいときには使えるだろう。」
ああそっか…周りに味方がいたらやばいね…。
「これは魔法攻撃を無効化する紋か…無効化まではいかぬが、最小限の記号で各属性の攻撃を弱められるようになっているな…面白い。」
よし、褒められた!
「ん?なんだこれは?紋を3重にしたのか?」
「はい、紋を持っている自分の身から離れた場所で攻撃を防御できる方法を考えていました。紋により魔法を発動する場合は、遠く離れた場所でも問題ないけど、魔法が起動していない条件設定の段階では、紋と繋がっていなければならない。ということは、条件設定のさらに前の条件に魔法を発動させておけば良いと思ったのです!」
つまり、『紋の周囲5ルータの所に薄い空気の膜を作る』を紋の一番内側に刻み、次の条件で、『風の膜に攻撃が触れる』とし、最後に『反射、無効化』などの指示を書いたのだ。
「…これは起動するのか…?」
「わかりません、お祖父様のいない所で思いつきをやると痛い目に遭うと最近学びましたので」
「『最近』とはだいぶ遅かったな。…やって見るか。まずは安全な発動内容から試してみるとしよう」
お祖父様はすぐに、作りたてのペンでサラサラと魔法紋を作り出す。
「ミレイア、ちょっと扉のあたりから私に向って、そのリンゴを投げなさい。」
あっさりと命じられる。当ててしまっても、跳ね返ってきても怖いやつですね。これ。
「い、いきますよー。」
振りかぶって、投げる!
「ぐはっ」
いたい!
どうなったか見ようと顔を上げたその鼻先に、リンゴが返ってきた。
「ミレイア、悲鳴が美しくない。中身がバレるから気をつけなさい。…成功したな。これは興味深い。」
すみません、素が出ました。成功したのは嬉しくて、ガッツポーズをしたらまた怒られた。
「これまでは考えもしなかった方法だが、やって見るものだな。これができるなら、かなり複雑な仕掛けも可能になるだろう。」
確かに、発動条件とそれに応じた命令を重ねて出来るのなら、コンピューターのプログラミングができるってことだ。私は出来ないけどね。
「しかし、魔力の消費がどうしても大きいですね。風の膜を長時間発動させておくには、頻繁に魔力を補充しなくては、肝心の防御が作動しなくなってしまいそうです。」
「紋のさらに内側に、風の膜の起動と停止の条件も入れておこう。それで節約し、さらに記号に込めた魔力も稼げる。」
「あとは…刻む素材自体に魔力を込めておくか、魔石などを別に持ち歩けば、魔力切れの心配も無くなるだろう。」
「魔力を貯められるものがあるのですか?魔石というのは?!」
ファンタジーの定番!みたい、みたい!
「何を目の色変えている。魔石や魔力をためやすい素材はそう簡単には手に入らん。ほとんどが南のガンガルド共和国で採れたものだ。魔物の骨や毛皮、鉱石などがそういった形で利用されている。」
お祖父様が、キラキラとした水晶のような石を見せてくれた。ふぉー。
「但し、採集したままの状態では魔法紋の補充には使えない。」
「魔力の比率が違うからですね?」
「そうだ。私達が魔法紋を刻むときと同じ魔力でなければ魔法紋は動かないが、自然にある魔力も多くの人の魔力と同じで、属性の割合がバラバラだ。」
「お祖父様はどのように使っているのですか?」
「私は、魔力を流し込んだときの反発の感覚によって、属性の割合を把握し、足りない属性を補うように魔力を込めたり放出させるなどして調整している。」
げっ、出来そうもない。渋い顔した私を見て、あからさまにため息をつかれる。
「其の方は魔力属性を測ることがまだ出来ぬからな…。」
「はい…何度も挑戦しているのですが…」
「そのうち出来るようになるだろう。練習し続けなさい。刻む素材の魔力を把握しておくことや、何か魔力で仕掛けられたときに調べるときにも便利だ。」
お祖父様がそう言うのなら、やり続けるしかないだろう。
「…属性の割合が調べられれば、他人に対してそれ専用の紋も作れる。」
「それは…特定の人間にしか作動しない罠も作れますね…」
「恐ろしい発想がすぐ出てくるものだな。確かにそれもあるが、私は先の皇后やルシアにも魔法紋で作っ
た道具を渡していた。其の方も信用できるものが出来たら、そうするとよい。」
そうなんだ…それは良いよね、ルシアに何か作って贈るとかやってみたいな。
「この魔法紋については、取り敢えず其の方の持つハンカチに入るだけ要素を組み込むぞ。魔石も調節済みの物をやるから、懐に入れておくようにしなさい。」
スイッチの入ったお祖父様との研究はこうして帝国出発直前まで続いた。




