お父さん
おとうさまが、お食事の途中、突然吐いた。
自分の胸を掴んだまま、苦しげに呻いて…すぐに静かになった。
苦しげな顔のまま固まったおとうさまは、普段の穏やかな表情とは別人のようで、これは本当に、あのおとうさまなのか、本当のおとうさまはどこかで生きているのかも。
そんな事を考えていると、唐突に、私の中にいた「私」の思いが湧き上がった。
ーああ、また「お父さん」が逝ってしまった。また守れなかった。
激しい喪失感とともに、ミアは、こことは全く違う世界で、同じように愛する父を失った記憶を思い出した。
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「社長!マスコミがフロントに押しかけています!何かコメントを出してください!早く!」
「テレビにニュースに社ビルが写っています!処分したはずの文書もリークされているようです!どうされますか!」
「…美緒!美緒は何処だ!彼女に被害者の会の奴らの対応は任せていた筈だ!」
防音設備の整っているはずの社長室から悲鳴のような声が漏れる。
私は一つ息を深くすい、扉を開ける。
「お呼びですか、社長。」
「美緒!来たか!…君はこの間まで連中とは穏便に和解できそうだと言っていただろう?!一体どうなっている!こんな大規模にマスコミに取り上げられるなど…!」
普段は一部の乱れもなく整えられている髪を乱し、艶のなくなったか肌で、縋るように私を問いただす。
「ああ、嘘ですよ」
私は冷たく聞こえるように答えた。
「和解なんて真っ赤な嘘。証拠を揃えて、逃げ場をなくすための時間稼ぎの嘘です」
「…へ?」
わけがわかってない彼等に、私は丁寧に説明する。
「私も被害者の会のメンバーですから。いえ…発起人というべきですかね。この石井商事が長年やってきた、手抜き工事の責任を5年前にも追及されたことがありますよね?
その時に全責任を押し付けた、下請け会社の社長の娘が私です」
ずっと父親の無実を証明しようと集めてきた資料ですが、後少しというところで、昨年父が亡くなりました。やってもいない罪を償う為に働き続けた末の過労死です」
事実だけを淡々と告げる。
「行き場のなくなった書類をどうしようかと考えて、被害者の方々に声をかけ、訴訟を持ちかけたというところです」
そう述べた私に、社長は顔色なくし、
「ずっと嘘をついていたらと言うわけか…?全部始めから?
この会社でやりたいという夢も、やりたいというデザインの話も」
「ええ、父の会社で叶えたかった夢で、もう今は全部嘘です。あなたに向けた目線も、尊敬も、父に向けるはずだった幻です。ずっと憎んでいました。大嫌いでした。
さようなら」
礼をせずにその場で踵を返し、部屋を出る。
ざまあみろ!ざまあみろ!
お父さんの仇を獲ってやったんだ!もっと苦しめばいい!思い知ればいい!
そう思うのに、5年かけた復讐がようやく果たせたのに、きっと得られると思った爽快感は全くない。
ショックで呆然として、裏切られたと顔を歪ませる社長の顔が、頭から離れない。
『復讐しても誰も浮かばれない』
『お父さんも君の幸せを願っている』
そんな、よく聞くような、お綺麗な言葉を聞かされたって、何一つ納得できなかった。
お父さんを死に追いやった奴等が呑気に生きているんんて許せるはずもなく。
私の人生を幸せで満たしてくれていたお父さんを失って、幸せになれる方法がわからなかった。
本当は解っている。
私にとって大悪党である奴等も、身内には良い人で、
誰にとっても悪なんて存在は、そもそもこの世に存在できないってこと。
世間の大多数の人にとっては、奴等がした事も私のした事もどうでも良いことで、
何よりきっと、
お父さんは奴らへの恨みより、私の幸せを思う気持ちのほうが強かったに決まっている。
お父さんの手の温かさも、目の優しい光も、最期まで私への心配と愛で溢れていた。
それでも、だからこそ許せなかった。
ごめんなさい、お父さん。幸せになれなくてごめんなさい。




