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◇終章◆

 魔王という脅威は再び消え去った。

 ディメリナとセヴェリアの契約は仮であり、世間には公表されておらず、魔王を封じたのは窮地においてセヴェリアを召喚して勇敢に戦ったフィロメーナの戦果である、というふうに公表された。

 最初は戸惑う人々も多かったが、もともときな臭い話でもあったため、察しのいい者は真実を見抜き――特に若き召喚師たちは自分たちと波長の合う者を喚ぶという意味でフィロメーナの白を確信しており、真実は公にされないまでも、多くの人々が真相について理解しはじめるにつれ、フィロメーナ・ラングテールという少女は半年ほどして英雄の一人に数えられるようになった。

 そして彼女は今、彼女の希望もあって王城ではなく各地を転々として辺境の警備にあたっている。セヴェリアと共に。


「私には、このくらいがちょうどいいのです」

 次の街へ向かう途中、新緑の生い茂る森の中を歩きながらフィロメーナが言う。

「わ、私には……ロレンスさんのような精神力もないので、王城では身が持ちませんし」

「ああ、私も今のきみの選択には賛成だ。きみは嘘も腹芸も苦手なのだから、ああいう場に身を置いて、存在を歪めるべきではない」

 少しうしろを歩くセヴェリアの返事を聞いて、フィロメーナは振り返り、首を傾げる。

「そういえばセヴェリアさん、ずっと慌しくて聞く機会がなかったのですが、あのとき……私が彼に捕らえられてしまったとき、どうやって私の居場所を見つけだしたのです?」

 魔王が封じられた日からはそれはもう、眩暈がするような忙しさだった。

 なので今聞くと、セヴェリアは小さく笑って右手に何かを載せてフィロメーナにさしだした。


「これは……私にくださった物と同じ、指輪、ですか……? いえ、宝石の色が違いますね?」

「きみとお揃いの指輪だよ、私の物は、宝石が翡翠だけれどね」

 つまり、フィロメーナが持っている物はセヴェリアの。

 セヴェリアが持っている物はフィロメーナの瞳の色と同じ指輪なのだ。

「きみにあげた物には特別な術がかかっていて……きみの身を護ってくれるようにとね。それに宿る自分の魔力から辿って――」

「ま、待ってください! それって、もしかしてこの指輪……!」

 フィロメーナが頬を真っ赤にして言おうとした言葉を、セヴェリアが受け継ぐ。


「ああ、私が自分で作ったんだ。言っていなかったかな?」

「聞いていません! ちっとも聞いていません!」

 それに、つまりはセヴェリアにはいつだってフィロメーナがどこに居るか分かるということでもある。

 それはそれで恐ろしいことだが、今はひとまず不問とする。そのおかげで助かったのだから。

「……あ、ありがとうございます。セヴェリアさん……私のこと、いつも守ってくださって」

 照れくささを抑えてそう告げると、彼は氷の薔薇のように微笑んだ。

 だから、このときは特になんの問題も感じていなかった。彼は「どういたしまして」と言うだけであったし、問題が起きたのは、街の宿屋に着いてからだった。

 明日になったら、この街の防衛を担う本拠地に行こうと思っていた、矢先のこと……。


「あ、あの……?」

 フィロメーナはベッドに押し倒されて、じっと不思議そうにセヴェリアを見あげている。

「あのときのことには、きみがずっと忙しかったから触れなかったのだけどね。今日はきみの口から聞きたいなと思って」

「なんのことでしょう……」

 嫌な予感がする。冷や汗がどっと溢れてきて目が回りそうだ。


「どうやってあの男を懐柔したの? 詳しく教えて欲しいなフィロメーナ、こととしだいによっては、手加減してあげないから」

「へ、変な言いかたをなさらないでくださいっ! 彼とはそんな、何も……っ!」

「そう? 私が部屋に入ったときには、きみは彼にこういうふうにされていたのに」

 つ、と指先で耳をなぞられたかと思うと食まれ、フィロメーナの身体が大きく震える。

「っや、セヴェリアさん! ば、ば、馬鹿なことをしないでください! 私は召喚師で、あなたは――」

「そんないまさらなことはどうでもいいんだよフィロ」

 ざっくりだった。確かにいまさらではある。そして前代未聞でもある。これでもしも彼の子供など孕む日が来ようものなら……頭を抱えたくなる。

「私が聞きたいのは、きみが彼をどうやって手なずけたのかということだけ。いったいどうして彼は最後に大人しく、封じられることを選んだのか気になってね」


「わ、わわ、私にも分かりません。私はただ、彼が居た世界の私も、きっと私と同じ気持ちだったということを伝えただけで……」

 ぐいぐいとセヴェリアの肩を押して離れようとするのだが、びくともしない。

「そう、なるほど。ではきみは彼にも愛を囁いたわけだ」

「な、なんでそうなるんですかっ⁉」

「フィロメーナ」

 にこりと微笑んで名前を呼んで、彼は彼女の額にキスを落とす。

 逃げられないのだと薄っすら察して、フィロメーナは抵抗をやめて彼を受けいれた。


 ◇◇◇


 フィロメーナ・ラングテールとセヴェリア・ユーシウスの逸話は各地に残っており、後世まで多くの物語が伝えられた。

 もちろん、今の彼女はそんなこと知るよしもなく。

 明朝、宿屋のベッドで伸びをしたフィロメーナは身支度を整えて部屋を出ようとしていたのだが、扉をノックする音がして首を傾げる。

「はい?」

 彼女が返事をすると、少しあいだを置いて扉が開いた。

 そこには――。


「よ、フィロ」

「レイスルト……?」

 彼女は首を傾げた、なぜかこの辺境の地に学友の姿がある。

「王都の警備はディメリナが担うってんで、一人いらなくなったんだ。俺も辺境警備にまわることになったから、よろしくな。先輩」

「え、え……⁉」

 レイスルトは腕のある召喚師だ、確かに姉には及ばないかもしれないが、真っ先に彼が削られるというのもおかしい。

 当然ながら、レイスルトはお役御免と放りだされたわけではない。ロレンスや他の仲間たちの大反対を押し切ってフィロメーナを追って来たのだ。

 そんなこと、主人と違ってお見通しであろうセヴェリアが青い瞳を細めて部屋の奥から出て来た。


「呼ばれてもいないのにどうしてわざわざここまで? きみのほうこそ、たいがいしつこいんじゃないのか?」

「死人のおまえにだけは言われたくねーな」

 ニコニコと笑っているのに、レイスルトの気配には怒りが滲んでいる。

「あ、あの? つまり、えと、レイスルトもこれからは一緒なのですね?」

「いつもってわけじゃないけど、鉢合わせることは多くなるだろう」

 フィロメーナの問いにはまことの笑顔で頷くレイスルトを見て、セヴェリアは不満そうに眉を顰めた。

 セヴェリアにとってレイスルトという青年は天敵だ、なんせ別の世界ではフィロメーナと結婚している男なのだから。


「とゆーわけで、どーぞよろしく、英雄殿」

「ああ、なるべくきみを害さないように気をつけるよ」

「正直すぎんだろ」

 二人の険悪な空気に首を傾げながらも、フィロメーナは小さく笑った。


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