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第12話:代行官の影

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


 翌朝。


 ダンジョン内に新設された『黄金の宝物庫ゴールド・ヴォルト』は、早くも黄金の輝きで満たされ始めていた。


 ボルグが必死にかき集めた裏金……。


 それが自動転送されてきているのだ。


「うわぁ……。一晩でこんなにですか? あいつ、どんだけためこんでたのぉ?」


 アウレリアが呆れた声を上げる。


 彼女は今、宝物庫におかれた豪奢なドレッサーの前で、ノクスに髪を整えてもらっていた。


 黒のドレスから、堅苦しい聖白教の公務用シスターローブへの着替えも済んでいる。


「ボルグ氏の横領総額は、過去3年分で推定8億ゴールド。……この国の『食費』をまかなうには十分すぎる額ですね」


 ノクスが淡々と答えながら、アウレリアの緩くウェーブした金髪を、手際よく三つ編みに編みこんでいく。


「痛いよぉ、ノクス。もっと優しくして」


「聖白教の公務規定に基づき、緩みのないよう『完璧』に締め上げています。……アウレリア様こそ、いつまで甘えた顔をしているのですか?」


 ノクスが鏡越しに、少し冷ややかな視線を送る。


「出勤時間は迫っています。これより先は『聖務連絡官アウレリア・ネーヴ』です。そのだらしない目元を引き締めてください」


「むぅ……。ノクスは意地悪だなぁ。レオ様と話してる時はもっと可愛げがあるのに」


「そうなのか?」


 私はふたりの話を聞きながら、樽ごと送られてきたベリージュースを飲んでいた。


 『黄金の宝物庫』と同じダンジョンの特殊ルーム『秘密のお茶会』で飲食物は魔法により生成される。


 それは腐りもしないが、宝物庫の食料は異なる。


 つまり、ボルグが保管していたベリージュースは民に流す前に傷む可能性があるので、消費しているのだ。


「甘々だよねぇ! 声が違うもん! なんかねぇ」


「わわ、わわわたくしはシステム管理者として、旦那様の利益を最大化するために動いているだけです。……はい、完成です」


 キュッ、と最後の一編みが締め上げられる。


「痛っ!」


 アウレリアはひと呼吸置いて、前を見据えた。


 その瞬間、雰囲気が一変した。


 鏡に映るのは、甘えるような恋する乙女ではない。


 聖務連絡官アウレリア・ネーヴ。


 冷徹で、有能で、隙のない『鉄仮面』のエリート官僚だ。


「ありがとう。完璧です」


 声のトーンが2オクターブ下がった。


 彼女は鏡の中の自分——虚構の仮面を一瞥し、私の方を振り返った。


「行ってきます、レオ様。……今日の夕食デートまでには、必ず良い報告を持ち帰りますね」


「ああ。頼んだぞ」


 私が頷くと、彼女は一礼し、『表の世界』へと出勤していった。



          ◇



 私はアウレリアと視界同調をはじめた。


 いるのは聖白教オルドリア教区政庁。


 カツ、カツ、カツ。


 アウレリアが廊下を歩く音は、正確無比なリズムを刻んでいた。


 何かふっきれたのだろう。


 以前の彼女にもどったようだ。


 すれ違う職員たちが、彼女の冷たい美貌に息を呑み、敬礼をして道を譲る。


「おはようございます、連絡官殿!」


「おはよう。……昨日の書類、不備がありました。修正して再提出」


「は、はいッ!」


 彼女は歩みを止めず、的確に指示を飛ばしていく。


 完璧な仕事ぶり。


 昨日までの『上司に怯える小娘』とは別人のようだ。


 内面に『絶対的な安心感』と『満たされた欲求』を持つ彼女は、もはや些細なプレッシャーなど意に介さない。


 だが……執務室の前まで来た時、アウレリアの足がピタリと止まった。


 彼女のデスクの前に、一人の女性が立っていたからだ。


 プラチナブロンド……赤いロングヘア。


 カミソリのように鋭い碧眼。


 腰には、異端審問官の証である銀の長剣を帯びている。


(……来た)


 アウレリアは表情筋を凍結させ、完璧な姿勢をとった。


「お待たせいたしました。異端審問代行官、エイレン殿」


 エイレン・フェルノ。


 かつてレオナルドの部下であり、彼の死後、その地位を継いだ『代行官』。


 異端審問官は簡単には決まらない。


 異端審問官がいなくなったあとは複数人の代行官がその職務をまわしていく。


 エイレン……。


 真面目で、潔癖で、そして誰よりも『レオナルドの正義』を信奉していた女騎士だ。


「……遅いぞ、連絡官」


 エイレンがゆっくりと振り返る。


 その瞳は、獲物を値踏みするようにアウレリアを射抜いた。


「貴様の出勤時間は8時00分。現在は8時01分30秒。……1分半の遅刻だ」


「申し訳ありません。資料室に寄っておりました」


「嘘だな。貴様からは……『甘い匂い』がする」


 エイレンが鼻を揺らし、アウレリアに詰め寄る。


「貴様、まさか朝から『菓子』を……食ってきたわけではあるまいな?」


 ギクリ、とする質問だ。


 実際には、ダンジョンで焼きたてのパンケーキを食べてきたばかりだ。


 だが、アウレリアは眉一つ動かさなかった。


「まさか。これは『没収品』の匂いでしょう。……昨夜、第四区画で違法な菓子の取り締まりがありましたので。わざわざわたしにそんな話をするために、白塔からグレイヴァルドに来たのですか?」


「ふん」


 エイレンは鼻息を鳴らし、本題に入った。


「まあいい。おのれが来たのは、貴様の遅刻を咎めるためではない。……ボルグ徴税官のことだ」


 やはり。


 私はアウレリアの視界を見ながら、内心で舌を出した。


 この鋭い猟犬は、もう嗅ぎつけたか。


「ここ数日、ボルグの資金の動きがおかしい。裏帳簿の金が、どこかへ『消失』している」


「消失、ですか? 彼が私腹を肥やしているだけでは?」


「いいや。奴の腹はこれ以上ないほど肥えているが、金庫の中身は空だ。……奴は、その金を『どこか』へ流している」


 エイレンの目が細められた。


「貴様は連絡官だ。奴の金の流れについて、何か知っているのではないか?」


 尋問。


 もしここで動揺を見せれば、即座に「黒」と判断され、剣を抜かれるだろう。


 アウレリアは涼しい顔で、用意していた答えを返した。


「存じ上げませんね。……ですが、確かに最近の徴税官殿は奇妙です。夜な夜な、どこかへ出かけていくようですし」


「ほう……?」


「もしかすると、『新たな異端の巣窟』に、資金提供をしているのかもしれません」


 アウレリアは、あえて自分たちの存在を匂わせた。


『いいぞ、アウレリア。とても自然だ』


 私は彼女の脳内に直接言葉を響かせる。


 情報を隠すのではなく、餌をぶら下げる。


 それが、私からさずけた作戦だ。


「新たな、異端だと……?」


 エイレンの瞳に宿る、激しい敵意と狩人の光。


「……面白い。レオナルド様亡き後、神聖連合にはびこる害虫どもを一掃する好機か」


 彼女は剣の柄に手をかけ、踵を返した。


「協力に感謝する、連絡官。……ボルグの尾行は己が引き継ぐ。貴様はここで、せいぜい甘い匂いでもさせているがいい」


 エイレンが去っていく。


 その背中を見送りながら、アウレリアは小さく息を吐いた。


『——レオ様、聞こえますか』


 彼女は心の中で、ダンジョンの主に呼びかける。


『釣れました。……あの猟犬、今夜にも動き出します』


 ダンジョンのソファで、私はニヤリと笑う。


『上出来だ、アウレリア。……さあ、舞台を整えようか』



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