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第13話:白昼の公開処刑

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


 翌日の正午。


 ダンジョンの『アブラノマ』では、徴税官の仕上げが完了していた。


「……うぅ……もっと……肉を……」


 ボルグは床に大の字になり、うわ言を漏らしている。


 その姿は無惨の一言だった。


 純白だった神官服は、こぼしたスープと脂で黄ばみ、ワインのシミが血のようにへばりついている。


 顔はテラテラと光り、体からは強烈なニンニクと獣臭、そして安酒の臭気が立ち上っている。


 聖職者としての威厳など、欠片もない。


 ただの『汚物』だ。


「人々の食料をエサのように食い漁り、さらに食っても……悔いることはできなかったな……仕方ない。最後にはせめて自分がエサになるといい」


 私は冷ややかに告げ、ノクスに合図を送った。


「座標固定。転移ゲート、起動」


 ヒュンッ、と魔力が鳴動し、魔法陣が描かれ光があふれた。


 脂まみれの豚が、光の粒子となってダンジョンから消滅した。


          ◇


 同時刻。


 ボルグの転送先が水鏡に映る。


 高精細の魔法映像。


 写っているのは……。


 グレイヴァルド王国、孤児院前の広場。


 カーン、カーン、カーン……。


 正午の鐘が鳴り響く。


 太陽が天頂に昇り、影が最も短くなる『審判の刻』。


 広場は、市場へ向かう主婦や、昼休憩の労働者たちでごった返していた。


 その平和な喧騒が、唐突に断ち切られた。


 広場の中央、噴水の縁に、空間の歪みと共に「それ」が出現したからだ。


 ドサリッ……!


 湿った落下音。


 そして次の瞬間、周囲の空気が一変した。


「……くさっ!?」


「なんだ、この臭いは!」


 視覚よりも先に、暴力的な「悪臭」が群衆を襲った。


 煮詰まった獣脂、腐りかけた酒精、そしてすえた体臭。


 清浄な昼の広場にはあり得ない、濃厚な『夜のゴミ溜め』の臭いだ。


「あ、あそこで誰か倒れているぞ!」


「浮浪者か?」


 人々が鼻を覆いながら、恐る恐る近づく。


 その中心で、肉塊がゆらりと立ち上がった。


「……おい! 照明が明るすぎるぞ! 肉を持ってこい!」


 ボルグが叫んだ。


 彼はまだ、ダンジョンの夢の中にいる。


 焦点の合わない目で周囲をにらみつけ、手にした『食べかけの何か』を振り回す。


「……あれ、徴税官様じゃないか?」


「まさか。あんな、脂まみれの化け物が……」


 ざわめきが広がる。


 その時、人垣を割って、一人の女性が進み出た。


 聖務連絡官、アウレリアだ。


 彼女は完璧に整えられた制服姿で、口元を両手で覆い、悲鳴に近い(さらによく通る)声を上げた。


「まぁ……! なんということでしょう! ボルグ徴税官様!?」


 その一声が、決定打となった。


 群衆の疑念が、確信へと変わる。


「本当に徴税官だ!」


「嘘だろ……あんな姿で……」


「おい、あいつが持っているものを見ろ!」


 誰かが指差した。


 ボルグが右手に握りしめているのは、脂でギトギトになった骨付き肉。


 そして左手に握りしめているのは——先日、彼が孤児院から『没収』したはずの、乾いた黒パンだった。


「あれは……俺たちが寄付したパンだ!」


「浄化するとか言って持っていったのに、自分で食ってたのか!?」


「なんて汚い……!」


 困惑は、一瞬にして軽蔑と怒りへ変わった。


 聖白教が禁じる『暴食』と『泥酔』。


 それを、よりにもよって民の手本となるべき徴税官が、白昼堂々さらしているのだ。


「……あ、あぅ……?」


 ボルグはようやく、周囲の視線に気づいたようだった。


 眩しすぎる太陽。


 軽蔑の眼差し。


 酔いが急速に冷めていくのと反比例して、絶望的な現実が押し寄せてくる。


 そのストレスからボルグは肉を口に運んだ。


「はぁはぁウマっいや違うっ」


 続けて、彼は言い訳をしようとしたが、口からこぼれたのは言葉ではない。


 それは未消化の吐瀉物と、強烈なニンニクの臭気だけだった。


「——道を開けなさい」


 その時、凛とした、氷のように冷たい声が響いた。


 群衆が割れる。


 現れたのは、青い髪をなびかせた、知的な美貌の女性。


 グレイヴァルド王国の行政を取り仕切る最高責任者、宰相クラリスだ。


 彼女の背後には、武装した近衛兵がひかえている。


「さ、宰相閣下……!」


 ボルグが助けを求めるように手を伸ばす。


 だが、その脂ぎった手がクラリスの公務用コートに触れることはなかった。


 彼女は一瞥もくれず、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。


「徴税官ボルグ。貴殿に対し、聖白教規律法第4条『公衆における著しい品位の欠如』、および『没収物資の私的流用』の疑いで、教区長より解任命令が出ました」


 クラリスは事務的に告げ、羊皮紙を無造作に放った。


 紙はひらひらと舞い、汚れたボルグの顔に張り付く。


「教区、そして王国との契約は即時解除。……以後、貴殿はただの市民です。衛兵、この者を連行しなさい」


「ま、待ってくれ! 私は罠に……!」


「黙りなさい。その悪臭が証拠です」


 クラリスの冷徹な一言で、幕は引かれた。


 衛兵たちが、汚いものを触るような手つきでボルグの両脇を抱え、引きずっていく。


「いやだ! 俺は徴税官だぞ! 脂をくれ! もっと食わせろぉぉぉッ!」


 広場に響くのは、神への祈りではなく、豚の断末魔のような食欲の叫びだけだった。


 それを送るのは、市民たちの容赦ない嘲笑と罵声。


 社会的な死。


「堕落のダンジョンへ、ようこそ」


 私はつぶやく。


「救えはしなかったがね」


 私は自嘲気味に続けた。


 それでもそれは。


 これ以上ない、完璧な公開処刑だった。



          ◇

 


 ダンジョン、特別室。


 私は虚空に浮かぶ『水鏡』に手をかざし、映像を消した。


 水面の揺らぎと共に、広場の喧騒が消える。


 これでボルグは再起不能。


 聖白教の権威にも、消えない泥が塗られた。


「お見事だったねぇ、宰相クラリス様」

 

 アウレリアが、クスクスと笑った。


「あの解任状、本当はまだ教区長の決裁が下りてないのに。勝手に作っちゃうんだもん」


「有能な宰相殿だ。彼女も腹に据えかねていたんだろう」


「ま、ボルグを継続させるということは……あのリュシエル教区長の人間性から考えて、絶対にないよねぇ。むしろ奪還して私刑にするんじゃないかなぁ」


 晴れて完全に私のものとなった玉座に座り、ふぅと短く息を吐いた。


 これで終わりではない。


 むしろこれは我々から聖白教への宣戦布告に近い。


 小悪党が消えれば、次に出てくるのは『本物』だ。


 消える直前の水鏡。


 広場の映像の隅に、白い影が見えたのを私は見逃さなかった。


 騒ぎを遠巻きに見つめる、鋭い眼光。


 燃えるような赤髪のロングヘア、軍服姿の女騎士。


 怒りに燃えたその表情。


「……見ているな」


 異端審問代行官、エイレン・フェルノ。


 彼女はボルグの連行を見届けると、踵を返し、こちらの隠れ家がある方向を……一瞬だけにらんだ……。


 そんな気さえした。


「次は君の番だ、代行官殿」


 私は黒いコートを翻した。


 ここからは、信念と信念がぶつかり合う……相手の本心を探る戦いが始まる。


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