第13話 VS.Giga Ant ―2
『ンで、どうすんだよ? カッコ付けたは良いが、ぶっちゃけ砂ン中の蟻っころをどうやって引きずり出すんだよ?』
「手はある」
ブレインの問い掛けに、短く答えたハートは、自分のポケットの中から、何かを取り出した。
『ああ、なるほどな』
ハートの意図を理解したのか、その行動にブレインは何か納得したような言葉を呟いた。
そして突如、ハートは前方へと速度を上げて走り出した。
――地中内及び、砂の中。
光が差し込む事がない闇、しかし、その闇がまた、心地良い。
普段ならば静寂、しかし、腹が減れば聞こえるのは阿鼻叫喚。
今は――ヒモジイ。
ヒモジク ヒダルイ。
喰イタイ 喰ライタイ 喰ライ尽クシタイ。
サッキノジャ 足リナイ。
上カラ ワタシヲ呼ンデイル。
音ガスル。
食事ノ音ガ ワタシノ空腹ヲ呼ンデイル。
――ア。
我慢デキナ・・・・・・イ。
食事の音がする方向へと、彼女は潜り進み、その場所から飛び出した。
砂から魔物が飛び出した。
鈍くも大きな音が鳴り響くと同時に、まるで破裂した水道管から噴き出す水のように、大量の砂が空へと飛沫を上げた。
砂飛沫を上げた者の正体は、人喰い蟻だ。
自らの領域に響く足音の主を喰らうため、地中から鋭い牙をガチガチ鳴らしながら顔を見せた人喰い蟻は、足音を発する獲物目掛けて砂ごと喰らいついた。
――だが。
瞬きする程の一瞬、夜の砂漠は赤く光り輝き、辺りに焼けるような熱をもたらした。
【ピキャアアアァァ!?】
人喰い蟻は突然の光と熱に驚きと痛みを訴えるかのような悲鳴を上げる。
『ヒャハハハハ! 流石の食欲と性欲だけで生きてる虫野郎でも、あんなのにオモックソ喰らいつきゃあ堪ったモンじゃねぇよなあおい!』
人喰い蟻の無様な姿を見て、ざまあみろという風にブレインは笑う。
『にしても、図体デケェくせに、やっぱ虫は虫だな! 脳ミソ詰まってんのか? え? まさかこうも簡単に手榴弾喰らうとはなあ!』
ヒャハハハハと、また笑い声を上げるブレイン。
「・・・・・・簡単だって? あれのどこが簡単だって言い切れるんだ・・・・・・」
額に冷や汗を浮かべながら、それこそおかしいと言いたげな顔をした、元軍人の男性エリックは、自分が逃げるのも忘れてハートがどのようにして、あの人喰い蟻を倒すのかを見物していた。
しかし、いきなり走り出したハートを見た時は、ただの自殺行為だとエリックは思った。
そう思うのも無理はなかった。
ただでさえ音に敏感な人喰い蟻に対し、ハートはあろうことか”走る”という行動を取ったのだから。
地中に潜む人喰い蟻は勿論、豪快に響く足音目掛けて飛び付き、飛び出した。
獲物にされたハートは、案の定、足から豪快に喰われていた――はずだった。
ハートが喰われることはなかった。
どころか、ハートはその状況が初めから狙いだったかのように、人喰い蟻が地中から顔を出す直前、なんと擦れ擦れで人喰い蟻の牙から避けたのだ。
本当に擦れ擦れだった。
一歩どころか半歩間違えれば、もうその場にハートはいなかっただろう。
その後――人喰い蟻が爆ぜた。
何が起こったのか、その時はエリックには理解できなかった。
だが、先程のブレインのバカでかい笑い声と共に聞こえてきた言葉によって、場の状況を理解することが出来た。
『まさかこうも簡単に手榴弾喰らうとはなあ!』
――手榴弾。ハートが走り出す前に手にしていたものであり、エリック自身がハートに渡していた物だ。
人喰い蟻の牙から擦れ擦れで避けると同時に、ハートは自らの足元にピンを抜いた手榴弾を落としたのだ。
そうとも知らない人喰い蟻は、まんまとハートの放つ足音に導かれ――顔から爆発した。
人喰い蟻だけに限らず、そんな一撃を顔面にまともに受けてしまっては、どんなに頑丈で丈夫な生物であろうと一溜りもないだろう。
頭部は吹き飛び、頭部を失った人喰い蟻はズシリと力無くその場に砂を巻き上げて倒れ込んだ――と思っていたが。
【ギギギ・・・・・・ャアアアアアアアアァァァ!!】
エリックの予想よりも人喰い蟻は頑丈だったらしく、むしろギラギラと紅く光る怒りの目を向けて人喰い蟻は、怒気を含んだ唸りをけたたましく鳴き響かせ、大地を揺らした。
『やっぱそう簡単には死なねぇか。しゃあねぇな、プランαからβに作戦変更するぜ!』
「そこまで大層な計画立てた覚えは無い」
言いながらハートは、腰元のハンドガンを抜き構えた。ブレインの言う通り、この程度で人喰い蟻が死ぬとは思わない。手榴弾を使ったのは、あくまで人喰い蟻を怒らせるだけの作業であり、簡単な作戦でしかなかった。
「だが、それで良い」
『ああ、怒りに我を忘れた生物が取る行動は、動物であろうが虫であろうが――ましてや知能を持つ人間でさえ、まともな判断など取れるわけがねえ』
ハートに続いてブレインの――一人と一機にしか分からない、まるで最初から人喰い蟻がこの場所へやって来る事を予期していたかのような――会話。
それがまた、エリックの期待を大きくさせた。
「・・・・・・本当にあいつらはやるつもりなのか?」
いつの間にか、エリックの隣にはアンガーが立っていた。
あの後、また急いで戻って来たのか、アンガーの息が上がっている。
「――!? アンガー!? 逃げたんじゃなか――」
「勘違いするんじゃない」
エリックの驚きを遮りアンガーは腕に持っていたショットガンを顔の前に突き出した。
「あの後、ダリア達に避難民を避難させるのを任せて、俺だけショットガンを持って加勢しに来た。何が何でもあの蟻野郎の顔面に一発ぶち込まなけりゃあ気が済まないからな」
だが――と、アンガーは溜息交じりに言葉を吐いた。
「あんなもん見せられちゃあ、足手纏いになる自信しかねぇ」
そう言って髪の無い自分の頭を掻きながら、目の前で繰り広げられる次元が違う戦闘に目を向けると改めて、こいつら、人間じゃない・・・・・・と思わされるのだった。
☆☆☆
ギラリと人喰い蟻の眼光が再び光り直した瞬間を合図にするかのように、人喰い蟻はハート目掛けて飛び掛かった。
――その巨体には考えられない位の跳躍。
しかし、ハートの方が僅かに早い。
人喰い蟻が跳躍のため僅かに後ろ脚を曲げたの確認したのと同時に、ハートは後方左斜め45度に三歩跳躍し、既に抜いていたハンドガンで二歩目の跳躍の際に空中で計二発の弾丸を撃ち放った。
二発の弾丸は人喰い蟻の頭部に見事直撃――だが先程の手榴弾でも死なず、怯ませるのが限界だった人喰い蟻の装甲は、いずれの弾丸も鈍い音を立てただけで、虚しく弾かれた。
「やはりそう簡単にはダメージを与えさせてくれないか・・・・・・」
砂地に着地したハートは、身体の重心を前に掛ける事で、後ろに転ぶ事無く静止し、ぼそりと呟いた。
『はっ、ザコのくせに中々かてぇ野郎だな』
「人喰い蟻の雌はこんなにも堅かったか?」
余りちゃんとしたした回答を求めて――期待もしていたわけではなかったハートだが。
『一つだけ――しかもかなり確信的な理由があるぜ』
以外にもブレインは答え返してくれた。
『あの人喰い蟻――腹ン中に身籠ってやがる』