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しんでれら(逆)  作者: マオ
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(逆)の理由。そのさん・結婚しない

「結婚してくださいシンデレラ!! 君の言ったあの一言が忘れられないんだ! 少しでも聞こえているのならば顔だけでも見せてほしい、私の愛しのシンデレラ!!」


 この声は彼女に聞こえているのだろうか。

顔だけでも見たい。できうるのなら声を聞かせてほしい。

あの声で、あの顔で、私を罵って……ごほんごほん、叱ってくれた彼女を、是非とも妻にしたいのだ。


 女性は、高価な贈り物を送れば気を良くしてくれる。高価であればあるほどうっとりとして良い印象を持ってくれるだろう。そんな勝手な考えで彼女に贈り物をした。

宝石、ドレス、考え付く限り思いつく限りのものを。


 そんな浅慮な贈り物は叩き返された。庶民の税金をつぎ込んだものなのか、そんなものなら受け取れない、血税をなんだと思っているのだ、贈り物がしたいのなら自分の力で稼いで来い、と。


 ボンボン育ち。確かにそうだ。彼女に言われた言葉に雷を喰らったようだった。

痺れた。言われた言葉だけでなく、彼女の怒りの表情にも。


 彼女が欲しい。彼女と結婚したい。彼女と人生を共にしたい。

心の底から思っている。


 だから私は、心を尽くすことにした。

彼女が喜ぶような贈り物など分からない。彼女のことなど何一つ知らない。けれど、これから知ることはできる。

何か一つでも彼女が喜ぶようなことを知りたい。笑顔が見たい。

いや、ただ、ただ、会いたいだけなのだろう。


 人に惚れると言うのはこういうことなのか。だが、執務をおろそかにするわけにはいかない。

必死で執務をこなしながら、彼女に会いに行く時間を作っている。仕事すらできない、そういう人間が彼女に好かれることなどあり得ないだろうし、なにより、彼女の周囲、家族が許さないだろう。

公爵夫人とその娘たちだけではない。

彼女の実父にだって認められたい。

だが、一番の困難は。


 私が叫んでいるのを冷たい視線で蔑んでいる彼女の義姉たちの背後から、音もなく現れた人物――この館のメイド服を着ている、一人の女。


 何故か毛糸の塊を手にしているようだが、出たな、一家の守護者。

公爵夫人を護り、娘たちを護り、新しく家族になった彼女とその父を護る女。


 メイドの格好をしているがメイドではない。わが父である国王どころか、各地の王でさえ恐れる女――竜殺しとさえ呼ばれることもある、女。

どうしてここに仕えることにしたのか、それも分からないが、その忠誠心は本物。誰が何を与えても、女の心は揺らがず、この一家に仕え続けている。


 ひとかけらの笑みを浮かべることもなく、女は手にしている毛糸の塊をふりかぶった。

「せっかくお嬢様のお作りになった帽子にこのような真似はしたくないのですが、お嬢様のお願いですので断腸の思いですわ」

などと言いながら、こちらに向かってぶつけてきた。

「うるさい、と仰せでございます」

毛糸の帽子だったらしいそれは、嫌な音を立てて私の腹に命中した。

この女が投げたら、毛糸の帽子でも凶器になると言うことを理解した。


 床に這いつくばって嘔吐しそうになるのを必死でこらえつつ、毛糸の帽子を手に取る。

あの女はなんと言った?

この、帽子……彼女が作ったのか!?


「わ、たしに……?」

彼女が、私に!?

痛みが吹っ飛んだ。

嫌われているのではないのだな!? しつこいとかうっとおしいとか罵られるのもまた快感だが、こうやって好意を示されるのはまた感慨深い、いや感激だ!!


 しっかりと帽子を抱きしめる私に、冷たい声。

「あの娘ったら……本当に優しいのだから……ああ、殿下、勘違いなさらないでくださいませね? 今、わたくしの末の妹は編み物に夢中でございまして、わたくしたちにはマフラーを、お義父様には靴下を、こちらの『竜殺し』には手袋を編んでおりますわ……もらったのはわたくしたちのほうが先ですことをお忘れないように」


 自分たちのほうが彼女にとっての優先順位は上なのだと、勝ち誇っている義姉などどうでもいい。

湧き上がる喜びに、私は思わず叫んでいた。

「うおおおおお!! シンデレラの手編みぃいいいい!!! 既製品ではない、手編みッ!! 彼女の指が編み棒を動かし、この芸術品を作り上げてくれたと言うのだね!! 家宝に……いや国宝にしなくてはッ!!」

彼女が作り上げたものだと言うだけでもう十分だ。あ、彼女のにおいがする気がする。くんくん。


「…………お姉さま、あたくし、あの毛糸の帽子を取り上げたほうがいい気がしてきましたわ」

「奇遇ね、アデリーナ。わたくしもよ。編んだと言ったのは失敗でしたわ……」

「シンデレラが丁寧に作った帽子が、穢れちゃう……!」


 姉妹が何か言っているのが聞こえるが、離さん、離さないぞ!


「…………貴女、どうにかできる?」

「かしこまりましてございます、お嬢様」


 視界の端に、メイドのスカートが映った気がする。そこで、私の意識は暗転した。

 シンデレラの手編み帽子だけは話さなかった自分を褒めてやりたい。


 ※※※


 意識が戻ったのは自室だった。明日も彼女に会いに行こう。もしかしたらもしかしたら、針の先ほどの好意があるのかもしれないから。

 その希望を胸に抱いて、今日は眠ろう。


 …………帽子は、小さくてかぶれなかったが、問題ない。大事に大事に、宝箱に仕舞い込むことにする。

変態、変わらず。だから結婚もないということに気が付かない王子(笑)。

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