↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『偽りの封印と灰色の伝票』 ~元特務潜入員の配達員は、改ざんされた記録で巨悪を暴く~  作者: NN
未受領票と灰色の羽根編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/121

落ちる配達員と鏡の死角

 隠し通路を抜けた先は、王城外周の荷受け所だった。


 朝の王都は、まだ完全には目を覚ましていない。けれど、城壁沿いの搬入口だけはすでに忙しく、食料箱や医療用の木箱が次々と運び込まれている。


 僕はその流れの中へ、ひどく怯えた顔で紛れ込んだ。


 手首には、外したはずの拘束具をもう一度つけている。今度は本当に閉じていた。ただし、鍵穴の内部へ細い針金を一本仕込んである。必要なら、三呼吸で外せる。


 懐には逮捕命令の原本。


 その表紙には、王家の古い印が浮かんでいた。


 これを王城記録院へ届ける。それがガウェインとの約束だった。


 被疑者の僕が、被疑事実を証明する命令書を正式な配達物として運ぶ。


 普通なら、誰も信用しない。


 だが王立輸送ギルドの配達物には、受取人以外が封を開けてはならないという規則がある。王家の命令書なら、なおさらだ。


 僕は入口の受付台へ近づいた。


「あ、あの……配達です」


 わざと声を震わせ、何枚かの伝票を床へ落とす。


 受付の男が、面倒そうに眉をひそめた。


「ここは城内便の受付だ。行き先を確認しろ」


「す、すみません。記録院宛てで……王家印つきの原本です」


 僕は懐から命令書を取り出した。封を開けず、表面だけを見せる。


 男の顔色が変わった。


「王家印……」


「受取人は、記録院長。配達経路は、東荷受け所から中央文書門を通過」


 口にした瞬間、自分でも驚いた。


 伝票に書かれた通行経路を、目で読むより先に理解していた。どの門を通れば検査が少なく、どの門の前で足止めされるか。頭の中で城壁の構造が、古い作戦図のように浮かんでいる。


 配達員としての経験で説明するには、少し正確すぎた。


 受付の男が、僕の手首を見た。


「その拘束具は?」


「ぼ、僕は逮捕命令が出ているので……でも、配達物を先に届けろと」


 男は困った顔で、命令書と僕を見比べた。


「逮捕対象が、王家の原本を持っているのか?」


「はい。だから、届けないと僕が困るんです」


 受付の男は、しばらく黙った。


 その時、荷受け所の入口で馬車が止まった。


 追手だ。


 四人。重装備が二人、軽装が二人。歩幅が揃っている。執行官の正規部隊に見せているが、最後尾の一人だけ足音が半拍遅い。


 荷物を持っていない。


 配達員のふりをした監視役だ。


 僕は、わざと伝票を一枚拾い損ねた。


 紙が風にあおられ、監視役の足元へ滑っていく。


 彼が反射的に拾った。


 その手袋の指先には、黒い粉が付着している。


 地下運河の荷台に残っていたものと同じだった。


 待ち伏せだった。


 あらかじめ情報を得ていたのか、出口の痕跡だけで経路を読んだのかは判断できない。


「対象を確認した」


 監視役が、低く言った。


 周囲の執行官がこちらへ向かう。


 受付の男が立ち上がった。


「ここは城内便の受付だ。命令書の受取人以外は、配達物に触れるな」


「対象は逮捕命令を受けている」


「逮捕の話は知らん。配達物の通行権は有効だ」


 思わぬところで、規則が僕を守った。


 受付の男は、僕へ通行札を投げた。


「中央文書門へ行け。そこで記録院へ回す」


「で、でも、追われています」


「王家印つきの配達物を止めた方が問題だ」


 僕は通行札を受け取り、何度も頭を下げた。


「す、すみません、ありがとうございます!」


 背中を丸め、足をもつれさせながら歩き出す。


 内心では、追手の位置を数えていた。


 右後方に二人。左の荷箱の影に一人。正面の文書門近くに、別の待ち伏せが一人。


 正規の通行札を持っている以上、彼らは僕を止める時に理由を必要とする。命令書に触れれば、配達規則違反になる。だから、正面の二人は通行札を確認するふりをして、僕を文書門の内側へ誘導するつもりだ。


 そこなら、王城の記録と僕の身柄を同時に押さえられる。


 通行札には、通過した門と時刻が自動で刻まれる。僕が正規の配達経路を通れば、王城側にも新しい移動記録が残る。


 逆に、追手が許可区域を越えて僕へ触れれば、彼らの魔力印も記録される。


 逮捕する側が、誰の命令で、どの時刻に動いたのかを残すことになる。


 僕は、逃げるためだけに走るのではない。


 追わせることで、彼らの存在を記録へ引きずり込む。


 僕は、わざと中央の道を外れた。


「そちらではない!」


 門番が怒鳴る。


「す、すみません! 地図が苦手で!」


 僕は荷箱の間へ入り込んだ。


 追手も、通行札の効力が及ぶ範囲を越えて追ってくる。つまり、彼らの権限が及ぶ区域を自分で明らかにすることになる。


 背後から、魔導弾が荷箱へ当たった。


 木片が跳ねる。


 周囲の作業員が悲鳴を上げた。


「城内での魔導具使用は禁止だ!」


 門番たちが一斉に振り返る。


 追手は、撃った者を隠すために動きを止めた。


 僕はその隙に、文書門の横にある細い搬入口へ滑り込む。


 扉の内側で、フィーナから渡されていた小さな通信石が震えた。


『中央文書門の二つ先に、記録院へ続く配達昇降路がある。そこで待って』


 現世の通信だった。


「フィーナ、子どもたちは?」


『診療所へ移した。三人とも生きている。ただ、リオがあなたの後を追おうとしている。眠ったまま、何度も「ミレア」と呼んでいるわ』


「止めてください」


『言っている。でも、あなたが戻ると約束したから』


 返事が詰まった。


 必ず戻るとは言えない。


 それでも、戻ると言った。


 通信が切れる前に、別の音が混じった。


 紙を擦る音。


 続いて、フィーナの息を呑む声。


『ユーリ、命令書の裏に何かある』


 僕は足を止めた。


「何が?」


『表面の古い封印が、別の文字を隠していた。魔力を当てると……』


 通信石の向こうで、彼女が読み上げた。


『崩壊するビル』


 心臓が、強く跳ねた。


 その言葉は、この世界の誰かが偶然選んだものではない。


 前世の最後に見た建物を指す言葉。


 僕が爆発の中で死んだ場所を、現在の世界の命令書が知っている。


『その文字列だけ、封印の魔力が異常に強い。誰かが、後から隠したみたい』


 背後で、扉が開いた。


 追手が搬入口まで来た。


「文字を抜け」


 監視役の声がした。


「紙はいらない。その言葉だけを消せ」


 僕は、息を止めた。


 彼らが欲しいのは、逮捕命令でも古代兵器の情報でもない。


 崩壊するビルという、たった六文字の記憶だった。


 僕は通行札を握り、配達昇降路の蓋を開けた。


 王城の地下へ落ちる直前、懐の命令書が熱を持つ。


 古い王家の印の下で、隠された文字がもう一つ浮かび上がった。


 ――特務の犬。


 追手が手を伸ばす。


 僕は蓋を閉じ、王城記録院へ向かって落下した。


 落下の途中で、何か柔らかいものに受け止められた。


 僕は、積み重ねられた古い書類袋の上へ転がった。袋が破れ、乾いた紙片が雪のように舞う。


 王城記録院の地下だった。


 頭上の配達昇降路は閉じられている。追手がこちらへ降りてくる気配はない。通行札が反応し、昇降路の扉を一時的に封じたらしい。


 僕は起き上がり、懐の命令書を確かめた。


 無事だった。


 古い王家の印も、隠された文字も消えていない。


 周囲には、天井まで届く記録棚が並んでいた。中央の机に座る初老の書記官が、眼鏡越しに僕を見ている。


「配達物は?」


「こ、これです」


「受領人を確認する」


「記録院長宛てです。封は開けられません」


 僕は命令書を差し出さず、両手で抱えたまま頭を下げた。


 書記官が不機嫌そうに立ち上がる。


「ここまで運んで、渡さないのかね」


「受取人以外に渡すと、僕が配達規則違反になります」


 書記官の背後にある受領台が、淡い青色に光った。


 命令書の印に反応したらしい。


 だが、光の形がおかしい。


 受領台の中央から伸びた細い線が、命令書ではなく、机の下へ向かっている。


 僕が一歩下がった時、通信石が震えた。


『ユーリ、聞こえる?』


「フィーナ?」


『今、廃診療所の裏にある旧搬送庫を調べている。あなたが運んだ命令書と同じ魔力波長が、別の印章装置から検出されたの』


「同じ印を、もう一つ作れる?」


『正確には、同じ波長を再現する装置よ』


 フィーナの声に、わずかなためらいがあった。


『私は、魔力波長が印章の持ち主を示すと思っていた。だから、古い王家の印が本物なら、命令も本物だと……』


「違った?」


『波長は、本物と同じにできる』


 受領台の光が強くなった。


 机の下から、薄い金属板がせり上がる。板の中央には、小さな印章が固定されていた。周囲に刻まれた魔導線が、命令書の王家印と完全に同じ波長で脈動している。


 書記官が驚いて後ずさった。


「そんな装置は、記録院にはない」


「では、なぜ受領台の下に?」


 僕が訊くと、書記官は答えられなかった。


 装置の先端から、薄い魔力膜が伸びる。


 命令書の表面へ触れようとしていた。


 狙いは原本の内容ではない。


 隠された文字列――崩壊するビル。


 膜がその文字の周囲だけを囲い込む。


「触らせるな!」


 通信石の向こうで、フィーナが叫んだ。


 僕は命令書を引いた。


 魔力膜が紙を追って伸び、腕へ絡みつく。触れた箇所の文字だけが淡く浮き上がった。


 崩壊するビル。


 六文字が、空中へ抜き取られようとしている。


 僕は書類袋を投げつけた。


 紙の束が装置へ当たり、魔力膜が一瞬だけ乱れる。その隙に命令書を折り、文字列を内側へ隠した。


 装置の印章が空打ちする。


 青い光が散った。


「何をしている!」


 書記官が叫び、机の横にある警報石へ手を伸ばす。


「その装置を止めてください」


「私が設置したものではない!」


「なら、止める理由はあるはずです」


 僕は、装置の側面に刻まれた細い数字列へ目を向けた。


 数字の配置は、地下運河の荷札と同じだった。大きな番号の横に小さな枝番が並び、最後の桁だけが空白になっている。


 フィーナが通信石を通して言った。


『右側の蓋を開けて。魔力の流れを逆にする刻印がある』


「分かるんですか?」


『分かるのではなく、鑑定鏡で見えているだけよ。実際に触るのは、あなた』


 僕は装置の右側へ回った。


 背後で、地下昇降路の扉が揺れた。追手が上から降りようとしている。


 僕は蓋の留め具へ指をかけた。


 金属が熱い。


 前世の研究棟で聞いた言葉が重なった。出力波長が同じでも、事故の原因まで同じとは限らない。見るべきは使用者と負荷、順番だ。


 印の本物さだけでは、誰が装置を使ったかを証明できない。それがフィーナの盲点だった。


『王家印が本物かどうかだけを調べていた。でも、本物の波長を複製したなら、印の真贋では足りない』


 フィーナの声に、悔しさが混じった。


『必要なのは、誰が装置を扱い、どの時刻に、どの負荷で印を作ったか。その三つを分けて調べることね』


「技術と使用者を、分ける」


『ええ。あなたは最初から、それを見ていたの?』


「見ていたというより……そうしないと、また同じことになる気がしただけです」


 また、という言葉が口から出た。


 あの時も、事故の記録は装置のせいにされ、保守員の手順は誰にも調べられなかった。


 僕は、その時も誰かを疑う順番を間違えたのかもしれない。


「フィーナ」


『何?』


「この装置、印を作るためだけに使われていません」


『ええ。発令時刻と使用者の魔力を、別々に記録している』


「なら、使用者の記録を残せる」


『待って。装置の底に、熱の偏りがある。左側だけが新しい』


 僕は、蓋の隙間へ指を入れた。


 左側の金属だけが、まだ温かい。


 誰かが直前まで装置を使っていた。


 金属板の内側には、薄い記録片が差し込まれていた。魔力を流すと、使用時刻と作業者の指紋が浮かび上がる。


 名前はない。


 だが、左手の親指を内側へ折り込んだまま触れた時の、独特の魔力の偏りが残っていた。


 シアンではない。


 似ているが、最後の波が違う。


「別人です」


『シアンの模倣犯?』


「たぶん」


 その時、昇降路の扉が開いた。


 追手の魔導弾が飛び、記録棚の一角を吹き飛ばす。


 書記官が机の下へ伏せた。


「記録院で魔導具を使うな!」


 書記官が震える声で叫ぶ。


「ここは記録を守る場所だ。誰の命令であっても、記録を消すことは許されない!」


 その言葉に反応し、棚の奥から古い封印がいくつも起動した。紙を燃やすのではなく、触れた者の魔力を記録するための封印だ。


 追手の一人が、装置へ伸ばした手を引いた。


 指先に、青い記録線が絡みつく。


「退け!」


「嫌だ。ここで誰かが記録を消したら、今度は私が証人になる」


 書記官は震えながらも、警報石を押し込んだ。


 王城全体へ、記録院の異常が伝わる。


 僕は装置の底から記録片を抜き取る。


 装置が、最後の一度だけ印章を動かした。


 空中へ、古い王家の印が浮かぶ。


 その中心に、製造番号が現れた。


 帝国第零技術局の番号体系。


 フィーナの声が、通信石の向こうで途切れた。


 同時に、命令書の内側で魔力に定着していた六文字の縁が弾けた。黒い墨の粉が一文字分、紙面から剥がれ落ちる。


 ――崩。


 六文字のうち、「崩」の一字だけが、記録の外へ抜き取られた。


 敵は、文字を消したかったのではない。


 誰がその言葉を知っているかを、探している。


 僕は記録片を握り、王城記録院の奥へ走った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。