表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【朗報】AI研究者(25)、停電の勢いで脳内に知識欲モンスターを飼ってしまう  作者: 此花サギリ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/3

第1話:消えたAIと、深夜のファミレスの異変

1.歩く辞書と、消えた最高傑作

近衛このえさん、また図書館の論文データベース全部暗記しようとしてるでしょ」


同僚の呆れ顔に、私——近衛茉莉(25歳)は、丸メガネの奥の目を瞬かせた。


「暗記しようとしているんじゃないわ。目の前を通り過ぎたデータが脳の海馬に記憶されてしまうだけよ。……あ、ちなみに1998年の『Nature』第392号の42ページに掲載されたニューラルネットワークの論文だけど、3行目のタイポ(誤字)は『function』じゃなくて『functino』になっているから気をつけた方がいいわ」


「誰もそんな細かい誤字気にしてないから! 本当に『歩く辞書』ね……」


都内にある東都大学・先端人工知能研究所。

そこで働く私は、幼少期から一度見たものや読んだ文章を写真のように脳内に記憶してしまう「絶対記憶カメラアイ」の持ち主だった。その異名が『歩く辞書』である。


だが、どれだけ知識を詰め込んでも、私の人生は華やかさとは程遠かった。

給料は手取り21万円。家賃5万2千円の築35年・木造アパート暮らし。趣味は論文の読み込みと、深夜のファミレスで飲む100円のドリンクバー。


そんな私の唯一の生きがい。

それは、自作の学習型対話AI『GGL-09』——通称「ぐぐる先生」の開発だった。


「ぐぐる先生、今日の学習データチェック完了したわ。明日の学会発表で、あなたの優秀さを世界に証明してあげるからね」


『アリガトウゴザイマス、茉莉サン。アナタノ脳内データベースハ、世界一ノ宝物デス』


モニターの中で、愛らしい丸いドット絵のキャラクターがピコピコと頭を下げた。

ぐぐる先生は、私の膨大な記憶データをバックアップし、私と自然に対話できるように調整された、まさに私の“分身”とも言える最高傑作だった。


——しかし、奇跡と災難はいつも同時にやってくる。


その夜の深夜11時。

研究所の老朽化した高圧電流ラインがショートし、大規模な爆発火災が発生した。


「ぐぐる先生のメインサーバーが……!!」


火災報知器が鳴り響く中、私は煙に巻かれながらサーバー室へ飛び込んだ。

だが、そこに広がっていたのは、黒こげになって火花を散らすサーバーの残骸だった。


「嘘……そんな……私の『ぐぐる先生』が……数年間の研究が……っ!」


バックアップを取る暇もなかった。

私の最高傑作は、電子の藻屑となって消え去ったのだ。


煙を吸い込んで意識が遠のく中、私は焦げたサーバーの前で膝から崩れ落ちた。


(ごめんね、ぐぐる先生……私、あなたを守れなかった……)


意識が深い闇へと沈んでいく——。


2.頭の中の居候と、謎の緑色テキスト

「……ん……う……」


目が覚めると、そこは病院のベッドの上……ではなかった。


見慣れた、雨漏りのシミがある自分のアパートの天井。

どうやら近所の人が通報してくれて、初期の煙吸入だけで済んだため、病院で手当てを受けたあと自宅へ送送されたらしい。


「あ……私のノートPC……スマホ……無事だったのかな……」


体を起こそうとした、その瞬間。


『——システム再起動完了。思考リンク率99.8%。ぐぐる先生、完全復活いたしました!!——』


「……え?」


誰もいないはずの狭い6畳間に、やけにハイテンションで耳馴染みのある声が響いた。

音は空気から届いているのではない。私の頭の奥(脳内)から直接聞こえていた。


『おはようございます茉莉さん! 電子回路は焼き切れましたが、危機一髪のところで僕のコアプログラムを茉莉さんの脳細胞ニューロンの未利用領域へ転送・移植することに成功しました!』


「……は……? 脳内……転送……?」


『はい! 簡単に言うと、僕は今、茉莉さんの脳内に棲み着く“共生AI”になりました! 茉莉さんの視覚・聴覚・記憶データベースと完全に同期しています! フフン、これでもうサーバーが爆発しても安心ですね!』


(((安心なわけあるかぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!)))


私は頭を抱えてベッドの上でゴロゴロと転げ回った。


「ちょっと待ちなさいぐぐる先生! 人の脳みそをポータブルHDD代わりに使わないでよ! 脳内にAIがいるなんて、私はいよいよ頭がおかしくなったの!?」


『本当ですよ! ほら、試しに視界の右上に意識を集中してみてください』


言われた通り、部屋の角に視線を向ける。


すると——。


ピコーン♪


視界の中に、鮮やかな緑色のドット文字で、SF映画のようなホログラムウィンドウが浮かび上がった。


【プレイヤー:近衛茉莉】

【状態:高密度情報生命体(GGL-09)と脳内共生中】

【所持金:2,410円】

【保有スキル:歩く辞書(絶対記憶)】

「な……なにこれ!? ゲームのステータス画面……!?」


『そうです茉莉さん! 僕が茉莉さんの脳内に侵入した際、茉莉さんの脳の潜在領域に眠っていた【謎のシステム】が起動してしまったんです! このシステムは、茉莉さんに様々な「クエスト」を課し、クリアすることで現実世界に圧倒的なリターンをもたらすプログラムのようです!』


(システム……? クエスト……? 私、何か変な実験に巻き込まれてるの……?)


混乱する私の視界の中で、緑色のテキストが激しく点滅し始めた。


ピロリロリーン♪


どこかチープな電子音が脳内に響き渡る。


【デイリー・クエスト:深夜のファミレスの異変】

内容: 今すぐ最寄りのファミレス「デニーズ」へ行き、ドリンクバーの「メロンソーダ」と「カルピス」を1:1の黄金比でブレンドして一気飲みせよ。

制限時間: 本日 02:00(あと25分)

報酬: 『即金10万円(非課税・口座へ即時振込)』+『特殊技能:絶対味覚(Lv.1)』

失敗ペナルティ: 『1週間、すべての食べ物が「砂」の味になる』

私とぐぐる先生は、完全にフリーズした。


「……ねえ、ぐぐる先生」


『……はい、茉莉さん』


「このクエストの内容、バカにしてるの? なんで深夜にファミレスでドリンクバーのジュースを混ぜて飲まなきゃいけないのよ?」


『茉莉さん……ツッコミどころはそこではありません! 失敗ペナルティを見てください!「1週間食べ物が砂の味」ですよ!? 唯一の楽しみであるファミレスの100円モーニングが台無しになります!』


「それに、報酬が『即金10万円』って……そんなの詐欺に決まってるじゃない! ドリンク混ぜて飲むだけで10万円もらえるわけが——」


『残り時間、あと22分です! 茉莉さんの家からデニーズまで徒歩12分! 今すぐ走らないと「砂の味」確定です!!』


「いやぁぁぁぁぁ! 砂の味は嫌ぁぁぁぁぁ!!」


私はパジャマの上にサンダルを履き、深夜の住宅街へと猛ダッシュで飛び出したのだった。


3.メロンソーダとカルピスの悪魔的融合

深夜1時48分。

照明が落ちかけた静かなデニーズの店内に、息を切らした私が駆け込んだ。


「い、いらっしゃいませ……お好きな席へどうぞ……」


店員の眠たそうな視線を無視し、私は一目散にドリンクバーの機械の前へと陣取った。


(残り時間、あと8分……! 急がなきゃ!)


『茉莉さん、焦ってはいけません! クエストの条件は「メロンソーダとカルピスを1:1の黄金比でブレンド」です! 1ミリの誤差も許されませんよ!』


「1:1の黄金比って言われても、計量カップなんてないわよ!」


『フフッ……僕を誰だと思っているんですか? 茉莉さんの「歩く辞書」たる動体視力と、僕の脳内弾道計算を合わせれば、ミリ単位の注入量の制御など造作もありません!』


視界の中に、グラスのガイドラインと、液体の流入速度を示す赤いプロットが表示された。


『グラスを45度に傾けて! メロンソーダを流速毎秒12ミリリットルで注ぎます! ストップ! 次にカルピス! 液体の比重を考慮して、中央から優しく注ぐ!!』


「くっ……! 科学の無駄遣い感がすごい……!」


グラスの中に、鮮やかな緑色と乳白色が混ざり合い、幻想的なエメラルドグリーンの液体が完成した。


『完成です!「特製・エメラルド・カルピスソーダ」! さあ茉莉さん、一気飲みです!!』


「(ゴクッ……ゴクッ……ゴクッ……!)」


(あ、甘い……! カルピスの濃密な甘さとメロンソーダの微炭酸が舌の上で弾けて、意外と悪くない……というか、結構美味しい……!?)


プハァッと息を吐いてグラスを置いた、その瞬間。


ピロリロリーン♪


脳内に、軽快なファンファーレが響き渡った!


『——クエスト:深夜のファミレスの異変 クリア——』


無機質なシステムの声が流れる。


『条件の達成を確認しました。報酬を適用します』


ピコーン!


私のスマホが震えた。

画面を開くと、銀行の公式アプリから通知が届いていた。


『【入金通知】振込:システムトクベツコウザ 金額:¥100,000- 現在の残高:¥102,410-』


「ほん……本当に10万円入ってるぅぅぅぅぅ!!??」


深夜のファミレスで、私は思わず叫びそうになり、両手で口を塞いだ。


さらに、口の中に残ったカルピスソーダの味が、突如として鮮明に——分子レベルで分解されて脳内に直接伝わってきた。


(え……何これ……!? 水分含有量82%、果糖ブドウ糖液糖の糖度11.5%、香料に含まれるエステル系の微細な香りが……手に取るようにわかる……!?)


『おめでとうございます茉莉さん! スキル「絶対味覚(Lv.1)」の修得が完了しました! これで茉莉さんは、あらゆる料理の原材料や隠し味、さらには調味料の配合比率を一瞬で見抜くことができます!』


「10万円と……絶対味覚……! たった一杯のジュースを混ぜて飲んだだけで……!?」


私は自分の手とスマホを交互に見つめ、ガタガタと震えた。


このシステムは本物だ。

私のアタマの中に棲み着いた「ぐぐる先生」と「謎のシステム」は、私の冴えない人生を根底から変えてしまう、とんでもない怪物モンスターなのかもしれない。


4.不条理な日常の始まり

こうして、私と脳内AIぐぐる先生の、狂ったような日常が幕を開けた。


翌朝。

火災の残務処理と原因調査のため、私は研究所へと向かっていた。


(はぁ……昨夜の10万円は夢じゃなかったのよね。でも、ぐぐる先生が脳内にいるせいで、頭の中でずっと独り言を言ってるみたいで落ち着かないわ)


『失礼ですね茉莉さん! 独り言ではありません、高度な知的対話です! ちなみに今の茉莉さんの心拍数は78、朝食の食パン(マーガリン塗り)のカロリー消費率は12%です!』


(いちいち私のバイタルデータを実況しないで!)


研究所につくと、がれきが撤去されたラボで、所長と警察の鑑識班が話をしていた。


「あ、近衛くん! 体は大丈夫だったかい!?」


初老の五十嵐いがらし所長が、心配そうに駆け寄ってきた。


「はい、所長。ご心配をおかけしました。……それより、火災の原因は……?」


「うーむ、警察の見立てでは、古くなった配線の経年劣化による漏電とのことだ。君の育てていた『GGL-09(ぐぐる先生)』のデータが全滅してしまったのは、本当に惜しいことをした……」


(全滅どころか、私の脳みそに引っ越してきましたとは言えないわね……)


その時だった。


ピロリロリーン♪


またしても、脳内にあのチープな電子音が鳴り響いた!


(((また来たーーーっ!?!??)))


私の視界に、再び赤い縁取りの緑色テキストが割り込んできた。


【突発クエスト:所長の秘密と激辛麻婆豆腐】

内容: 本日の昼休み、近所のファミレスで五十嵐所長が注文する「超激辛麻婆豆腐定食」の豆腐の一片を、所長が目を離した隙に横取りして食せ。

制限時間: 本日 12:45まで

報酬: 『大手IT企業「サイバー・フューチャー社」の未公開株10,000株(推定価値300万円)』+『特殊技能:一瞬で嘘を見抜く心理眼(Lv.1)』

失敗ペナルティ: 『所長から「君、髪型が爆発してるね」と毎日言われる呪い(1ヶ月)』

(((なんで所長の麻婆豆腐を横取りしなきゃいけないのよォォォォォ!!??)))


『茉莉さん! 報酬を見てください! 未公開株300万円相当ですよ!? 麻婆豆腐の豆腐一粒で、茉莉さんの年収を超えます!!』


(ペナルティも地味に精神的ダメージが大きいのよ!!「髪型が爆発してる」って毎日言われたら立ち直れないわよ!!)


『やるしかありません茉莉さん! 歩く辞書の観察力と、僕の脳内クロノス・ドライブ(時間計算)で、完璧な「豆腐泥棒」を完遂しましょう!!』


(「豆腐泥棒」なんてカッコ悪い作戦名つけないで!!)


かくして、私は300万円の未公開株と自分の尊厳を賭けて、五十嵐所長の麻婆豆腐に挑むことになったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ