日々の巡回
ヴェルート王国王都騎士団。この国の中心である王都を守る騎士団であり、他の騎士団に並ぶ地位の組織。王国内全ての騎士団を総括する総長の下に、他の騎士団と並列して王都騎士団も存在する。騎士学校で正しく習ったはずの組織図なのだが、残念ながら務める騎士の中にも王城や王族警備を担当する近衛騎士団と王都騎士団が特別と認識する者は存在する。住民にチヤホヤされる日々と優越感を楽しんでいるのだ。俺達の任務は王都の住民に安心感を与え、王国の中枢機能を停止させないよう治安を維持すること。そのために王都内の巡回、そして王都周辺に出没する凶暴な生物である魔物の間引きを行う。
日常の任務としては王都内の巡回が主だ。二人一組で王都中を回っていく。俺の相棒は去年から後輩のフェロンドになった。彼の剣術の腕は既に俺以上で、その立派な体格から住民達に安心感も与えられている。最初こそ緊張で威圧感のある表情をしていたが、今は十分に慣れ、笑顔で応えることもできるようになった。そのせいか、俺が後輩に見られてしまうことすらある。今も顔馴染みの住民がそのことを揶揄してきた。
「立派な先輩の影に隠れてちゃ駄目だよ、フラールちゃん。」
煩いと軽口を叩く程度は許される。それもこれも俺が一般的な女性の身長程度しかなく、ほんの少し踵の高い靴を履かれただけで女性相手でも見上げる羽目になるせいだ。その上フェロンドは身長も高く、頭一つ分以上差がある。最近はフェロンドも悪乗りし、少し道路の整備が追いついていない箇所があれば、令嬢に対するように俺に手を伸ばしてくるようにもなった。完全に余計なお世話であり、俺の足元を見る余裕があるなら周囲を見るべきだ。
注意しつつ、道路の修復作業が必要だと報告するよう頭に書き留める。同時に嫌な記憶を思い出した。幼い頃、家庭教師の授業から抜け出した時のことだ。あの頃は勉強が嫌いで度々抜け出していた。
「そんなに座学が嫌なら実技をしてもらいましょう、令嬢教育のね!」
宣言通り母上は俺を十分体を動かせる広い部屋に連れ込み、幾つかの家に家庭教師として呼ばれている実力を遺憾無く発揮した。男の俺に、令嬢教育を十分に施すための技術を披露したのだ。座学の家庭教師とは異なり、我が子相手でもあるからか容赦なかった。目を盗んで逃げ出すことも、座学を真面目に受けるからこれは止めてくれという訴えも何も通らなかった。
立っている時の足の開き方、手の置き場所、微笑み方。歩く時の歩幅、足の上げ方、手の動かし方、視線の位置。会話する時の口の開く限度、笑う時の口元の隠し方、言葉遣い。走らないことや令嬢としての礼の仕方など、細部まで教えられた。フィブラ伯爵家の次男であり、騎士を目指す俺にとって、全く必要でないだろう技術を延々と習得させられ、非常に気の滅入る時間だった。おかげでそれ以降は座学からも一切逃げ出さず、十分な知識を習得できた。
今は巡回任務の最中だ。過去の悪夢を思い出している場合ではない。平穏な風景の違和感を逃さないため気を配り、今日も住民達の声に耳を傾ける。
「絶世の美少女の娘が攫われたんです!」
いつものことではあるが、本当に攫われていた場合問題になるため、その娘マニカを探しに行く。行き先はおおよそ分かっている。この一年間でフェロンドも学んでおり、迷うことなく二人でアンブラ伯爵家を訪問した。
すっかり顔見知りとなってしまった門番に騎士の証を見せ、アンブラ伯爵令息ジンコの友達を探しに来たと伝える。一体一年で何回来たことか。この屋敷の主人にもこの事態を伝えるよう頼んでいるというのに、一向に状況が改善されない。そろそろ根本的な解決策を考えなくてはならないか。事を大きくしたくないのだろうか。子どもが大きくなる頃には交流の機会も減るだろうと放置している大人達に苦言を呈したい。子ども達に面倒そうな顔は見せられないため表情を努めて明るくし、二人が遊ぶ庭へと足を踏み入れる。案の定楽しそうに土いじりをするジンコとマニカ。二人とも五歳前後と微笑ましい光景だ。貴族と平民が親しく交流していることも歓迎すべきこと。問題は双方の親が学習してくれないことだ。
「あ、フラール!今日もマニカのお迎えに来たの?まだ早いよ。」
「もうお父さんたら。お友達の家で遊んでくるってちゃんと伝えたのに。お母さんの話も聞かないんだから。」
一番はマニカの父親が娘を貴族に奪われると恐れていることだ。騎士として安心させる言葉を掛けてきたが、その不安は拭えない。母親は娘の話を聞き、ただ遊んでいるだけであること、娘もその家の子になろうとしているわけではないことを理解してくれている。一方の父親は貴族の家に行っているという事実だけで判断し、そこで何があったかは聞かない。娘を溺愛しているような言動こそあるものの、肝心の娘の話はあまり聞いていないようだ。一度アンブラ伯爵と会って話してくれれば一歩前進するのではないかと思うのだが、その予定も上手く合わせられていない。
掘った穴を埋め戻し、マニカは俺に謝罪してくれる。ここにいないとなれば本格的に誘拐として調査する必要があるため、ここにいるかどうかの確認は必要だ。欠かせないが、この隙に他の事件が起きていれば人手が二人分減ることになる。そのことをマニカの父親やジンコの両親は理解しているのだろうか。早く一度でも会って誘拐騒ぎを起こさないよう話し合ってほしい。
「フラール様、ご主人様がお呼びです。こちらに来て頂けますか。」
今日は運が良い。この家の主人が話し合いに応じてくれた。今日こそ説得し、マニカの家まで連れて行く。父親は店番をしているため、行けば話すことはできる。そうすれば誘拐騒ぎも収まるだろう。フェロンドには子ども達と一緒に庭で待ってもらい、俺は案内された部屋に入る。アンブラ伯爵は気さくな人だが、想像力に乏しい。一から十まで説明しよう。
意味のない丁寧な挨拶に続き雑談を始められようとするが、それを遮り本題に入る。毎回誘拐騒ぎになっている、いい加減双方親を交えて話し合ってほしい。
「子ども同士の遊びですよ。そう大袈裟に考えることではありません。」
大袈裟かどうかではなく、実際に父親が誘拐されたと騒いでいるから問題なのだ。貴族の家の中に入ってしまえば平民では本当に誘拐であったとしても手が出せない。出す場合は命懸けだ。だからこそこうして騎士が確認に来る。遊びに来させるのであれば母親と父親、両方の承諾を得てからでなければこうした問題が起きるのだ。アンブラ伯爵が寛大だから誘拐犯として濡れ衣を着せられても怒っていないだけで、何らかの報復がされてもおかしくない。娘を心配するあまりマニカの父親もそのことを軽く見ている。一度会って軽く脅してくれるでも良い。
「今日は時間があります。一度会いに行きますか。子ども達も連れて行きます。」
子ども達も同行の上ならあの父親も少しは話を聞いてくれるだろうか。ゆっくり時間を取っての話し合いになるかもしれない。小さな一歩に安堵しながら、子ども達を連れてマニカの親の店へと戻る。平民達が日頃利用する商店街は珍しいのだろう、ジンコも興味津々だ。逸れないようしっかりと手を繋いでもらい、マニカのことは抱き上げ、案内していく。
店番は母親に変わっていた。父親は遅い昼休憩の時間だ。幸い自分で探しに行くような真似はしておらず、まだ自宅にいるとの話のため、入らせてもらう。母親のほうは問題ない。父親にも何度も苦言を呈してくれている。ただその父親の心配が強すぎるだけだ。
「マニカ!無事で良かった!」
娘が苦しがるほどの強さで抱き締める。大切にしていることは伝わっているようで、娘も仕方ないなと言いつつ、本人がいない時も父親の悪口を言うようなことはしない。大人の対応だ。事前に友達の家に遊びに行くと連絡しているのに連れ戻されることへの文句はもっと強く言っても俺が許す。
無事を確かめれば父親は貴族の親子に敵意を向ける。自分の娘と変わらない男の子にもお前が娘を狙っているのかと攻撃的だ。言われているジンコは落ち着いた様子で俺を見る。自分で弁明するより中立であるべき騎士から言ったほうが良いと既に判断できているようだ。その期待に応え、父親に向けてその行動の危険性と人の話を聞く重要性を説く。第一に娘の話を聞くことだ。
「子どもなんて上辺の優しさにすぐ騙される。貴族なら子どもに贅沢させて家に帰りたくないと言わせることくらい簡単だろう。確かにうちでは贅沢させてやれないが、子どもを愛する気持ちは本物だ。」
愛しているが馬鹿にはする。その上それを子どもの目の前で言う。配慮には欠けるようだ。当然マニカも反論したそうに口を開閉させているが、ジンコに止められ、手で自分の口を覆い、必死に耐え始めた。ここはまずマニカに、あの家にずっといたい、この家に帰って来たくないと思っているのか問う。
「そんなことない!お母さんのご飯が一番だし、食堂のおっちゃんのご飯も毎日食べたいよ。あそこは遊びに行く所なの!いっつも言ってるのに話聞いてくれないお父さんなんて嫌い!」
勢いに任せた子どもの言葉に父親は非常に衝撃を受け、床に崩れ落ちる。自業自得だ。子どもを心配する気持ちも理解できるが、全く信じない姿勢を見せていれば同様の態度が返ってくる。そのことに気付いたのか、今更君の直感は優れていると褒め始めるが、効果はない。娘からのお説教が始まるだけだ。これを聞いている時間はない。後にするようお願いし、父親に俺から注意を行う。子どもを心配して通報するのは良い。大丈夫だろうと放置し、手遅れになるより良いから。同時に子どもとの対話ができていないという原因が分かっているのなら、その原因の解消に努めるようにとも伝える。娘は会話を試みている。その内容を取るに足らないものと毎回聞き流していてはお父さん嫌いという言葉が一過性のものでは済まなくなるだろう。せめて奥さんから子どもは遊びに行ったと伝えられたなら誘拐されたと騒がないでほしい。
「妻は娘に甘い。俺がしっかり躾けなくてはならないんだ。」
「お父さんの嘘吐き!お母さんはね、私がちゃんとお勉強しなかったらお菓子くれないんだよ。でも、遊びに行く日はお休みの日にしていいし、どんな遊びしたか聞いてくれるの。お父さんは出るなって言うだけでしょ!お母さんはね、お父さんは私がお嫁に行くのが嫌だから我が儘言ってるって言ってた。私だってお友達欲しいよ。」
過保護な父親への教育が必要か。王都の治安は良い。常に何組もの騎士が巡回を行っている。だからこそこうした些細な、おそらく誘拐でないと思えるような事でも毎回対応し、こうして話し合いに二人を割ける。俺達がこうして対応に当たっている間も他の騎士達が巡回し、何かがあれば迅速に対応できるよう配置されている。子ども同士で遊ぶような公園には常に警備兵がおり、目を光らせている。そうした場所が用意できるほど安全が確保されているのだ。それでも心配なら遊びに行く家まで送り迎えすれば良いことであり、毎回誘拐と騒ぎ立てる必要はない。両親のどちらかの手が空く時間に送り迎えの時間を充てる。時間の確保が難しいなら遊びの頻度は減るかもしれないが、その交渉も何もなく、ただ家でじっとしていろは子どもに通用するはずもない。
「送る先が危険な場所では意味がない。彼らが安全だという証拠はどこにあるんだ。」
貴族というだけで疑いの目を向ける平民もいる。地域によっては領主が無理を強いていることもあるが、この王都ではそんなことなく、またアンブラ伯爵は王都で平民のいる場所にあまり降りてこない。騎士とも関わる時間はこの親子の件くらいだ。どう説得しようか。何も問題を起こしていないことが安全だという証明。そう言ってみるが案の定、これからも何も無い保証にはならないと反論される。どうしたものか。
困っていると話を聞くに徹してくれていた伯爵がにやりと笑った。俺に何らかの許可を求めているようだ。何か案があるなら言ってもらおう。
「友好的な提案と脅迫と、騎士殿はどちらがお好みかな?」
「友好的な提案をお願いします。」
彼の息子ジンコをこの家周辺に遊びに来させ、一ヶ月ほどしてからは交互に行き来させる。こうすれば疑いが晴れないか、というものだ。これで納得してもらえないなら本当に父親への教育を検討しよう。貴族を恐れているような発言をするのに、正面から喧嘩を売るような行動も取る。よく分からない人への対応は一苦労だ。まだ不服な様子を見せているが、娘を家に軟禁でもしたいのだろうか。俺も貴族だと言ってみたい気分を堪え、父親の言い分を聞く。
「娘を外に出したくないというのはそんなにもおかしいのか。仕事の合間に会い、癒やされ、また仕事に戻るというのは親の特権だろう。こんなに美少女ならいつ誘拐されたっておかしくない。心配にもなる。」
誘拐されるかどうかと可愛さは関係ない。俺だって子どもの頃は誘拐されそうになったことがある。子どもに癒やされるのは良いが、そのために子どもの行動を制限し過ぎては成長を阻害する。自分がずっと養えるわけでもなく、子どもは人形でもない。将来のことを考えるなら他の人との交流も経験し、外の世界を知っていく必要がある。何よりこうして行動的な子が閉じ込められては元気がなくなってしまうだろう。
考え込んでいる。少し外に出ただけで誘拐と騒がないならそれで良い。今後の交流は家族で相談してもらおう。また何かあれば呼ぶように伝え、彼らの家を離れる。アンブラ伯爵親子も一緒だ。
「貴族というだけでこうも警戒されるものなのだな。不安を与えている。屋敷に閉じこもっていては分からん、か。フラール殿、きっかけを与えてくれて感謝する。」
彼らも交流する気になってくれたようだ。慣れない交流で混乱を招く可能性もあるため、よく平民と交流している子爵家を紹介する。彼らなら上手く平民との交流の仕方を伝授してくれることだろう。
一つ解決への道筋が見えたところで巡回に戻る。あの親子のことは近隣住民も把握していたようで、お疲れ様と声を掛けてもらえた。一仕事終えた気分を引き締め、もう一頑張りだ。平和な王都といえど小さな喧嘩や揉め事は発生する。そう町の人々と挨拶しつつ観察しながら歩いていると、酒場の前で喧嘩している人がいた。この酒場は険しい地形の動植物を狩る依頼を斡旋しており、それを請け負う冒険者と呼ばれる者には荒くれ者も多い。基本は酒場従業員が収めてくれるが、毎回上手く鎮められるとは限らない。急ぎ駆け寄り仲裁に入る。
「邪魔すんじゃねえ!」
「可愛いお嬢さん、君みたいな子が口を挟むと碌な事にならないよ。」
小柄で童顔なせいか、よく舐められる。お嬢さんという揶揄にももう慣れた。一人で行動しているわけがないことも頭に血の上っている彼らは忘れているらしい。俺が気を引いている間に回り込んだ後輩フェロンドが特に暴れている方を取り押さえた。一体何で揉めていたのだろう。
「俺の依頼を横取りしやがった!」
「早い者勝ちが基本だ。難癖付けてんじゃねえ。」
昼前から新たな依頼を受けるつもりだったらしい。こうして喧嘩している間に次の依頼を探したほうが良い物は見つかるだろう。喧嘩するにしても町の外に出るなり一般市民の迷惑にならない場所にしてほしい。そこでなら冒険者同士の揉め事に騎士は基本介入しない。彼らもそんなことは分かっており、少し怒りで我を失っていただけなのか、冷静になればもう矛を収めてくれた。
巡回を続けよう。ここから見回りながら帰還すれば俺達の巡回任務は終了だ。途中の食堂で昼食にしよう。これは許可を取っており、何かあった時に迅速な対応ができるとして店からは歓迎されている行動だ。今日は何を食べよう。もう昼間は暑い季節になった。冷製パスタでも食べようか。
「簡単に済ませようとするから小さいままなんじゃないですか、先輩。」
まだ二年目なのにもう何年も勤めているような風格の後輩にも揶揄されるほど親しくなった。俺のほうが後輩に見られることには未だ納得していない。去年から教えたのは俺だというのに、どこで間違ったのだろう。栄養を考えて食事は取っている。量は胃の大きさが違うだけだ。そんな反論をしつつ食事を続ける。
「はい、フラールくんにサービス。好きだろう?彼と分けな。」
店の主人がくれるのは食後のデザート。今日は軽い食べ応えの焼き菓子だ。試作品のことも多いが、今日の物は以前も食べたことのある物で、安心して食べられる。試作品でも不味いことはないが、見た目からは想像のつかない味で驚かされたことがあるのだ。
「本当に美味しそうに食べますよね。それが入るならしっかり食事取ったほうが良いと思いますけど。」
騎士として十分な筋力と体力は維持している。日々鍛錬も行っている。これは毎日頑張っている自分へのご褒美だ。こうして頂いた日には午後のお菓子を控えている。夜食にお菓子は食べていない。そんなことを言う奴には一口も分けてあげないと言っても、別に要らないと堪えた様子がない。彼はあまり菓子に興味がない人だ。味に拘らない人だということはこの一年で把握している。嗜好品でしかない菓子は食べる意味も見出だせないのだろう。おかげで彼が女の子に貰った菓子も俺に食べさせてくれている。隠れて貰うことを覚えたのはつい最近だ。令嬢を敵に回すべきではない。




