71.茜色の夕日
修学旅行二日目の朝がやってきた。
今日は、USJを班ごとに計画を立てての自由行動だ。
午前十時から午後八時まで、園内で遊ぶ事が出来る。
ただ、それだけではない。
集合時間に間に合うように班員同士で声を掛け合う事。トラブルが起きた際に助け合う事。一人行動で全体に影響が出る事等の協調性を学ぶ機会でもある──。
栞にはそう書かれているが、俺の苦手分野だ。 とりあえず、軋轢だけは生まないように、ペシミズムとシニカルな物言いは封印しておこう。
エントランス付近で最初に広がるのは、特徴的な大きな地球儀があるエリアだ。
有名な撮影スポットであり、皆ここで記念撮影していた。
その先には入場ゲートがあり、そこを潜って園内に入る。
入ってすぐのところには『ハリウッド・エリア』と呼ばれるアメリカ西海岸の古き良き街並みを再現した通りが続く。
両脇にはカラフルな建物が立ち並び、テーマパークらしい活気と高揚感に満ち溢れていた。
BGMとして、様々な映画のテーマ曲やポップな音楽が流れていて、気分を盛り上げる。
ちなみに、このエントランス付近では、人気キャラクターとのグリーティングが行われている。
運が良ければ、ミニオンやセサミストリート、スヌーピーやハローキティ等のサンリオキャラクターと会うことが出来るそうだ。
ここから先は、様々なアトラクションを巡って回るだけ。
班ごとにどこに回るかをの計画を事前に立てているので、それに従って各班が動き出す。
先ず俺達の班が向かったのは、スーパーニンテンドーワールドだ。
ここの乗り物系アトラクションは三つ。
その内の一つマリオカートに乗る事になった。
このアトラクションは、ゲームマリオカートをリアルで体験出来るという趣旨のもの。
VRのゴーグルを装着し、クッパの仲間達に甲羅を投げてコインをゲットし、クッパに勝つのが目的となる。
ARやプロジェクションマッピング、空間演出
等のパークならではの最新技術で、あのコースが、あのキャラクターが目の前に現れる、みたいな触れ込みだった。
マリオカートの舞台は、大魔王クッパが潜むクッパ城。
一歩足を踏み入れると、真っ赤な大階段と巨大なクッパ城がお目見え。
重厚感溢れる造りで、雰囲気は抜群だ。
そして、その城内で待っているのがp-ライドアトラクション。
定員は四名で、二名✕二列なので、先ずは、前に俺と怜愛が、後ろに朝倉と白鳥で挑戦する事に。
コースを走行するカートに乗り込んでヘッドバンドとARゴーグルを装着。
ゲームのようにレースの順位を競うのではなく
獲得するコインの数で競う。
コインは、甲羅を敵に命中させたり、画面に現れる指示に従ってハンドルを切る(このカートのスピードは調整出来ない)事で手に入る。
カートが出発すると、直後に、試し打ち出来るタイミングがあるので、そこで甲羅を投げる練習をした。
続いてハンドル操作の練習。
ここでARゴーグルの画面に表示される指示に従い、ドリフトを決める。
スタートラインに付いたら、「ブー、ブー、ポーン」の合図でいよいよスタート。
ここでもコインをゲット出来るチャンスがある。
レーススタートのカウントダウン時に、タイミングよくハンドルに付いているボタン押せば、スタートダッシュをする事が出来るのだ。
俺は事前にネットの攻略サイトで予習していたので、それらの操作を難なく熟す事が出来て、怜愛に感心されていたが、朝倉は、「え? え?」と戸惑うばかりで要領を得なかった。
そして、カートは進んでいき、次々と敵に遭遇する事に。
砂漠地帯で出現するサボテンのキャラクターサンボの頭をピンポイントで射抜いて、高得点をゲット。
「きゃあ、蒼介君すごーい!」
怜愛が自らも操作しながら、隣に座る俺のアクションに感嘆の声を上げる。
「何やってんの、大翔ー」
後ろでは、白鳥の叱責の言葉が。
水中ステージで出現する巨大フィッシュボーンは、身体が大きいので連射して倒す。
「蒼介君、上手!」
「大翔、ださー」
終盤のクッパ城で出現するクッパは的が大きく狙い易いので、上半身に持っている甲羅を集中投下する。
「わー、蒼介君、テクニカル!」
「大翔⋯⋯無様」
五分程の短いライドだったが、色んな場面が出てきて、その度に亀に当てていくので夢中になって楽しめた。
ゲットしたコイン数が百を超えると勝ちで、その数に応じて順位が決まる。
勿論、俺の圧勝だった。
──あ⋯⋯俺、朝倉の事フォローしないといけないんだった⋯⋯。
終わった後、その事を思い出し、心中で朝倉に謝罪した。
マリオカートを楽しんだ後は、事前にスマホで予約しておいたキノピオカフェでランチだ。
メニューや空間の造り込みが完全にマリオの世界観で、ご飯も美味しいのはポイントが高い。
俺はキノコ柄バンズのマリオ・バーガーを、怜愛は、ほうれん草カルボナーラのヨッシー・スパゲッティを食べていた。
後、壁面全てシアター形式になっていてピノキオキッチンでの物語が見れたりもした。
§
昼食後も、大人気のハリー・ポッターエリア等の幾つかのアトラクションを回り、そうして時間を忘れて没頭している内に、いつしか茜さす夕暮れ時になっていた。
「私と蒼介君は、これから別行動をとるよ。二人で乗りたいアトラクションがあるんだ」
怜愛がそんな事を他のメンバーに告げた。これは事前に打ち合わせていた事だ。
その言葉を聞いた来栖に、ギロリと睨まれる。まぁこうなるのは分かっていた。甘んじて受け入れるしかない。
「姫、俺達も二人になろうぜ。連れていきたいところがあるんだ」
後を追うように、朝倉が白鳥に誘い掛ける。
「えー、大翔と二人切りー。まぁどうしてもって言うなら、別にいいけどー」
白鳥は、渋々といった様子ながらもその申し出を承諾した。
「そういう事なら、涼、僕達も二人で行動しないかい? 素敵な場所にエスコートしてあげるよ」
鳴宮もそれに続く。
「えっ? 湊と私で?」
意外な声掛けだったらしく、涼葉が目を丸くする。
「ま、まぁ、いいわよ。断る理由もないし」
「ありがとう。という訳だから、理人は萌莉と遊んでいてくれ」
そうすすめられ、来栖は、苦々しげしながらも、班のリーダーとしてメンバー達の意思を無視する訳にもいかなかったのか、その言葉に小さく頷きを返した。
§
別行動を取る事にした俺と怜愛が今から乗るのは、ジュラシック・パーク・ザ・ライド。
シアターやVR等の立体映像のアトラクションは、低コストで、実際以上の世界観を表現出来るので、テーマパークでは重宝されているものの、所詮は映像──だったりする。
ジュラシック・パーク・ザ・ライドの恐竜は、映像ではなく、アニマトロニクス(ロボット)で再現された”本物”の恐竜だ。
最高速度も八十キロ超えで、かなりスリリングらしい。
水に濡れて風邪を引くなどしたら大変なので、事前にポンチョを購入しておいた。
現在の時刻は、午後七時過ぎ。
アトラクションの最後には、一瞬だが、夜景が望めるとの事。
ボートの定員は、約二十五人。
五人✕五列の黄色いボートに、濡れにくいとされる後方中央を選んで怜愛と並んで乗り込む。
そうして、いよいよ巨大な恐竜達を現代に蘇らせたジュラシックパーク内を進む急流すべりのリバーツアーに向かう。
ボートが進み、『JURASSIC PARK』のゲートが見えてくると、アナウンスが始まった。
「時間、それは悠久の流れ──その流れを遡り、この青い惑星が時を刻み始めて間もない頃、人類が未だ誕生していない時代へお連れしましょう。巨大な生物が地上をのし歩いていた時代、ようこそ、ジュラシックパークへ!」
そのアナウンスが終わると、ゲートが開き、『ようこそ、ジュラシックパークへ』のBGMが流れ始める。
ボートで水の上を進む。
周囲には熱帯の樹林が生い茂り、ボートに乗った瞬間から、その世界観に引き込まれ、一瞬ここが大阪だという事を忘れる。
まるで、本当にジャングルに迷い込んだかのような没入感。
期待に胸がときめく。
初めは、ステゴザウルス等の草食恐竜エリアだった。
その後も、穏やかな草食動物達の楽園が暫く続く。
コース全体は比較的静かで、恐竜との遭遇や景観に没入出来る。
しかし、その途中で、パラサウロロフスにぶつかり立ち入り禁止区域だった肉食恐竜エリアに立ち入ってしまう。
そこでは、映画『ジュラシック・パーク』で最も獰猛だとされていたヴェロキラプトルが脱走するという事故が起こっていた。
非常事態となったジュラシック・パークにゲストの乗ったボートだけが取り残されてしまう。
「朝倉君と鳴宮君、明日の夜に、姫歌と涼葉に告白するんでしょ?」
緊張感で張り詰める中、怜愛が話し掛けてきた。
「ああ、そういうつもりでいるらしい」
「誰かを想うっていいよね。気持ちが強くなる」
「そうかもしれないな。俺にはよく分からない感情だけど」
理解出来ない事を伝える。
彼女が俺に向ける感情が、ただの友人に向けるそれとは違っているという事は、流石の俺でも気付いている。
けれど、大切な人からの手紙を読まずに保管しておく気持ちにも似て、それをはっきりと知る事に躊躇いがあるのだ。
知らないでいる方が、幸せな気持ちのままでいられると考えて。
そんな臆病な俺に対し、彼女は、その黒目がちなアーモンドアイで、その想いを伝播させようとするように、じっと俺の顔を見つめた。
「君は真摯で誠実だ。そして、痛みを知っているからこそ、人に優しく出来る」
怜愛は、慈しむような微笑みを浮かべている。
彼女は、いつもそうやって感情のラベリングをしてくれる。
そうされる事で、さらにそういう人間であろうという気持ちが高まる。
が、今ばかりは、その言葉には、逆接が続くのだろう──そんな予感がした。
ついと、いつかの悲しみが甦る。
「けれど、それは他者に対してだけ。自分にはちっともそうじゃなくて、蔑ろにしてばかり」
前にも似たような事を言われた覚えがある。
あれはいつだったか──。
確か、この修学旅行で課されるミッションについて話している時で、バックミュージックには、『青春日記』が駆けるように流れていた。
「君は、いつ自分の本当の気持ちを見つけられるの?」
ストレートに胸の奥を抉るような問いを投げ掛けられる。
その目から、一筋の光る雫が溢れ、その白皙の頬を伝った。
彼女の涙を見るのは、これが初めての事だった。
「そんな曖昧なものは、探そうとすらしていない。時間と労力の無駄だ」
にべもない言葉だ。
その涙を見ておきながら。不甲斐ない事に、俺にはこんな言い方しか出来ない。
「嘘だね。君はずっとそれを追い求めている。渇望していると言い換えてもいい」
「君は、それがどこにあるのか、知っているのか?」
「知っているよ。だって、その欠片の幾つかが、私のこの胸の中にしっかりとあるんだから」
そう告げると、涙を抑え込むように目蓋をぎゅっと閉じて、両手で愛おしそうに胸に両の掌を当てた。
ボートが、ゆっくりと坂道を上っていく。
「欠片? なんで、それが君の中に?」
彼女の胸中を暴くのは、難解な数式を解くのよりも困難だ。俺の手には余る。
「君から預かったからだよ。いつか二人で見た、二度と手が届かない彼方の過去にね」
その言葉を最後に、彼女は口を噤んだ。
やがて、ボートが頂点に達した。
突如、ティラノサウルスが登場し、鎌首をもたげながら雄叫びを上げつつ後ろから追い縋り、その巨大な口で食べられそうになる。
探検のクライマックス。
頂点に達したボートが、約二十五メートルの高さの滝から一気に落ちる。
その瞬間、ふわっと浮遊感を感じると共に、視界が開け、遠くに、茜色に染まる空が目に映った。
──『茜色の夕日眺めてたら少し思い出すものがありました。君がただ横で笑っていることやどうしようもない悲しいこと。君のその小さな目から大粒の涙が溢れてきたんだ。忘れることはできないな。そんなことを思っていたんだ』
急勾配を滑り落ちるスリルを感じるのも忘れて、その不意に脳裏にずらりと並び浮かんだフジファブリックの『茜色の夕日』のフレーズに、心を奪われて絆されてしまう。
そうしている内に、そのままの勢いでボートが水面に叩きつけられ、盛大に水飛沫を上げた。




