12.患者
俺たちは冒険者ギルドから出て、すぐさま【魔灰水病】の病人がいる場所へ向かった。
使われなくなった孤児院のようで、中に入るとシアンと出会う。
「すみませーん」
「アルム!? なんでここに!?」
「あ……シアンだ」
陰鬱とした室内に、シアンがなぜかいた。
なんでシアンがここに……? まさか、こんなところで出会うとは思ってもいなかった。
「それはこっちの台詞だよ!」
「俺はこれ、依頼を受けたんだ」
冒険者ギルドで受けた依頼書を見せる。
シアンが手に取る。
「これ、かなり前に募集してた奴なのに、アルム……君って奴は。これは、本格的にちゃんとお礼しないとね」
シアンが穏やかに笑う。
お礼って、俺は友達が元気になったなら十分だって言ってるのに……。
まぁでも、人を助けるのは悪い気分じゃない。
「アルムは【魔灰水病】が怖くないの?」
「怖い? あぁ……」
おそらく、この国でも【魔灰水病】は危険という認識で研究が進んでいないのだろう。
「【魔灰水病】は看病するくらいなら、うつらないよ」
「そ、そうなの……?」
シアンが信じられない、と言った様相を見せる。
「シアンこそ、どうしてここに?」
「誰もこの仕事をやりたがらないからだよ。まぁ……ここには【魔灰水病】になっちゃった子どももいるから」
シアンがそう言って視線を落とす。
子どものために、危険と言われている仕事をしているのか。
薬草を探している時も、シアンは傷だらけになって探していた。
そういう、他人のために頑張れる子なのかもしれない。
俺は近くに居た患者に目が入る。
「ゲホッゲホッ……」
「……っ、俺もそろそろか」
包帯で体を巻かれた病人はほぼ灰に成りかけている。容態から見るに、相当危険だ。
「じゃ、準備するから待ってて」
「じゅ、準備……?」
確か、ここは使われなくなった孤児院だ。そのせいで、外の庭は雑草がぼうぼうと生えている。
それで充分だろ、と思っていると、傍に居たアグニが懐からいくつかの束になった雑草を渡してくれる。
「温めておきました……」
「あ、温めておく必要は別に……い、いや。ありがとう、アグニ」
「はい!」
アグニはとにかく褒めて欲しいようで、お礼を言うと喜んでいる。
雑草を引っこ抜く手間が省けたのは良いことだ。
「シアン、今から見ることは他言無用でね」
「え……? 何をするの……?」
あまり俺の能力が広がるのは得策ではない。
雑草を取り、俺は唱える。
「【擬人化】」
手のひらサイズの雑草が現れる。
「あい~!」
その場にいたシアンがカルチャーショックを受けたように思う。
アグニも思う。
((か……可愛い……っ!!))
シアンが俺を押しのけ、覗き込むように見る。
見たいなら見たいと言えばいいのに……と思い、シアンに手渡す。
「おぉ……アルム、これ私に一体くれない?」
「え……別に良いけど……」
「本当!? ありがとう!」
ほ、欲しいって言う人いるんだ……。
アグニがムッとした表情でシアンを睨んでいた。まるで『私も欲しいけど、欲しいとは言えないのに……』と言ったような感じだ。
シアンが【擬人化】した雑草を頭の上に乗せたりしている。
「これ、森で噂されてる三体の精霊にそっくり! 私もアルムと会った時に治癒されたんだよね! まさか、アルムさんが三体の精霊を作った張本人だったりして」
「流石にないか」と、そう言ってシアンが後ろを振り向く。
視線の先にアルムが居る。
「【擬人化】」
「あい~!」
「【擬人化】」
「やい~!」
大量の小人たちを量産していた。
「……本人だった!?」
驚愕した様子のシアンたちに気付かず、黙々と【擬人化】していくアルムは、総勢数十体以上も作っていた。
雑草たちの名前を呼ぶと、合唱のように「「あい~!」」と響いた。
「す、凄い光景……可愛い……! アルム、これで何するの?」
「こうするんだ。行け! 雑草ズ!」
「あい!」
俺が指示を出すと雑草たちが一斉に走り回る。
そして、患者に飛びついた。
「あん……? なんだこれ……?」
「うわぁぁぁっ! 小さいのが! 小さい可愛いのが俺の身体に!」
「馬鹿! ちっこいの! お前まで【魔灰水病】に罹っちまうぞ!」
雑草が患者に飛びついたことを俺に知らせる。
すると、緑色に光り出す。
シアンが叫んだ。
「え!? 【魔灰水病】特有の灰色模様が消えてる……! 凄い……!」
徐々に既に灰になりかけていた人たちも、正常な肌色を取り戻しつつあった。
患者の一人が言う。
「お、おい……一体こりゃ、どうなって……」
「……ない、灰色模様がないよ! 僕の身体にあった模様が!」
「俺たちぁ、まだ、死なずに済むのか……?」
昔、マイクロ公爵家に居た時からも【魔灰水病】はあった。
不治の病だと言われていて、治る見込みはない。
だけど、俺はその病気に強い興味があった。
だから、マイクロ家のことをしながら時間の合間に研究したことがある。
アグニが言う。
「アルム様は、ここにいる者たちに魔力を分けているのだ」
シアンが首を傾げる。
「【魔灰水病】ってそもそも魔力器官に根付いた寄生虫みたいなものだよ。宿主の魔力を吸い上げ、魔力がなくなると人は灰になる」
研究が懐かしいな、と思い出す。
「だから、吸い上げる魔力を与えつつ、その人が回復できる量の魔力も与えればいいんだ」
「簡単に言うけど、それ相当な魔力量もないといけないし、普通の人には出来ないんじゃ……」
「もしかして、アルムって凄い人?」などとシアンが言う。
俺はだけど、と続けた。
「これだけじゃ【魔灰水病】は治癒できない。また再発する……完治する方法はまだ分からないんだ。ごめん」
「いやいや! 十分だよ! だって、これまで罹ったら治癒する方法すらなかったんだから! それだけでも……みんなにとっては希望だよ」
……マイクロ公爵家に居た時、俺は父上にこの可能性を示唆していた。
魔力を回復させれば、【魔灰水病】の進行を元に戻せる。
実際に父上は言う通りに動き、成功した。だが、その功績はフィムの物になった。
俺という落ちこぼれに、功績を与えたくなかったのだ。
それにフィムは長男だ。マイクロ公爵家を継がせるためにも、箔を付けたかったのだろう。
そのことを抗議したせいで、俺は【魔灰水病】に関われなくなってしまった。
それから研究は止まり、今ではその発見だけで終わってしまった。
「今度こそ、ちゃんと全部治す」




