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彼女と刑事の除霊事件簿 時間跳躍編  作者: ゆずさくら


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第二の刺客、後編

 麗子が一階から二階にいく踊り場で休んでいると、橋口が階段を降りてきた。

「かんな、どうしたの?」

「金田のやつ、外に逃げたんだケド」

 橋口は麗子を置き去りにして、勢いよく階段を下りていく。

「あのクソ外道は許さないんだケド」

「ハハ……」

 と麗子は笑った。

 金田はそもそも麗子達と同じ除霊事務所に所属する除霊士だ。

 ただ、この時代にタイムリープした際、或いはタイムリープの直前に悪霊に取り憑かれたのだ。その悪霊の能力で、草や木を操っている。

 既に遭遇した鈴木一雄の方は、土をジェルのようにゆるくする術を使っていた。永江事務所からこの時代にタイムリープしたのは四人いる。

 除霊士の鈴木(すずき)一雄(かずお)、同じく除霊士の金田金田(かねだ)章司(しょうじ)三井(みつい)(かえで)、そして最後は事務の中島(なかじま)メアリーだった。

 鈴木と金田がどちらも悪霊に取り憑かれていることを考えると、後の二人もおそらく同じ状態だろう。

 麗子と橋口はこの四人、そしてこの禍の中心人物である『有栖アリス』を捉えて元の時代に戻ることが使命だ。有栖を何の目的でこの時代に跳躍(リープ)させたのかは不明だが、この時代にいてはいけない者を居続けさせるとやがてタイムパラドックスを引き起こし、世界が危険に晒される。

「草を私に巻きつけてきた時、何してきたか、予想してみて。なんだケド」

「私にもやってきたから、同じことじゃないの?」

「えっ、じゃ、麗子も胸をいじられたの? さっきは麗子の口に枝突っ込んできたり、やっぱり最っ低のヤツなんだケド」

 橋口は目の高さで拳を握り込んだ。

「私は能力で、胸から相手の霊力を奪ってやったから逃げれたんだケド」

「かんなのその力、かなり強力だったね」

「草木とは相性がいいのかもしれないんだケド」

 確かに、一瞬であの大木の霊気を吸い上げ、枯らしてしまったのだ。ただ単に力が強いだけではなく、相手との相性がいいことも考えられる。麗子は自分の力が戻らない今、橋口に頼るしかない。

「私は鈴木に放った霊弾で力を使ってしまって、まだ戻りそうにない」

「じゃ、私は先に外にいくから、ゆっくり追いかけてくればいいんだケド」

「ありがとう」

 麗子が言うと、橋口は階段を駆け下りながら、手を上げた。

 麗子もゆっくりと階段を下り始める。

 廃ビルを出て、左右を見渡すと橋口が砕いてしまった木とは反対側にあった木の方に橋口を見つけた。

 周囲の草が迫ってくるのか、橋口は鞭を水平に振り回している。

 麗子が近づいていくと、ビルの傍に生えている大きな木が動き出した。

「えっ?」

 見ていると、土を割って根っこが上がってくる。その木の根は、カニの足のように動き出し、完全に木が地面の上に飛び出した。根の高さが加わって、木はさらに大きく聳え立っている。

「かんな!」

 向かってくる草の数が多く、橋口は全てを処理しきれないようだった。

 土の上に飛び出した木は、ゆっくりと橋口に迫っている。

「かんな、危ない!」

「見えてんだケド」

 見えているけど、処理仕切れない、と言うことか。

 麗子はその場から、大きな木に向かって人差し指で狙いをつけた。

 霊弾が撃てれば……

 気持ちを集中するが、指先に集まる霊力が少なすぎて、射出できない。

『全く、学習しねぇな』

 キツネの声が心に響いた。

「だって、私自身の霊力が戻ってないんだから……」

『お前の霊力と、俺の霊力は別だぜ』

「えっ?」

『霊弾は使えなくとも、あいつの手助けぐらいできる』

「じゃあ、さっそく、奴らを燃やしちゃおう」

『狐火だな。よし』

 全身が青白いオーラで包まれると、麗子は内なる力に突き動かされ、正面に向かって腕を伸ばした。

 少し前に出した右手を、後ろから支えるように左手を重ねた。

 右の手のひらのあたりに、青白い霊光が灯ると、光が激しく揺れた。

 霊光はそのまま青白い炎となり、勢いよく飛び出した。

 麗子は自分の体の主権を取り戻すと、叫ぶ。

「かんな、一旦下がって! 草は『狐火』で焼き切る」

 ヒトダマのように飛んだ狐火が草に火をつける。

 着いた火は、次々に連なる草に飛び火していく。

 一瞬の後、空き地の草が一斉に赤く燃えていた。

『や、やめろぉ……』

 燃え盛る草むらの中で、金田が立ち上がった。

 根をカニの足のように動かす大木が、金田の元に駆け寄ると、枝を手のように伸ばして掬い上げる。

「あの木には『狐火』が効かないんだケド」

「……」

『そんなはずないんだが』

 キツネはそういうが、実際、狐火の炎の中を慌てる感じもなく、ゆったり動いている。

「まあ、大丈夫なんだけど、あの木一本ぐらいなら、さっきと同じやり方で私が枯らしてしまうんだケド」

 振り上げた鞭を、勢いよく振り下ろす。

 高速の風切り音がすると、橋口の一本鞭が動く大木の枝を捉えた。

「えっ?」

 枝の一つに巻きついた。そう思った瞬間に、枝葉が木から分離する。巻きつく先を失った鞭は、力なく地面に落ちた。

「!」

 木はカニのような根を使って、鞭を蹴り返した。

 鞭の先端が、橋口の顔を目掛けて飛んでくる。

 橋口は避けるでもなく、鞭の手元を動かして鞭の軌道を変えて回避した。

「こしゃくな真似するんだケド」

 橋口はまた鞭を繰り出す。

 同じような手順を経て、大木は鞭を蹴り返してきた。

「フン。枝をどこまで落とし続けられるか勝負してみるんだケド」

 鞭を繰り出し、狙ったあたりの枝が落ち、鞭が勢いを失うとカニ足のような根が蹴り返す。

 そんな事を何度か繰り返すと、枝葉が減ってきた。

 もう、木の幹に掴まっている金田の姿がはっきり見える。

「さあ、もう枝を狙わずに本体を直接狙ってもいけるんだケド」

 金田は幹にしがみついたままニヤリと笑う。

『残念だな。枝はまた生えてくるんだが』

 新しい葉が、枝が、落ちたあたりから伸び始め、金田の姿を隠すように茂った。

「ムカつく! ムッツリスケベ野郎は、ほんとムカつくんだケド!」

 枝葉が、すっと下がって金田の顔が見える。

『触られるのは君たちに隙があるからだよ』

「そんなの男の勝手な言い分なんだケド」

「強引に枝を伸ばして触ってきたくせに!」

 橋口が麗子を振り返った。

 金田に悟られないように小声で言う。

「(麗子。私から霊力を補充して、霊弾を撃てるようにして欲しいんだケド)」

「(どういう意味)」

「(つまり私の胸に触れってことなんだケド)」

 単純に橋口の胸に触ったら『何をしているのか』と金田(やつ)に勘繰られてしまう。

「危ない!」

 そう言って麗子は橋口の背中から手を回して抱きかかえた。

「!」

 橋口はびっくりしたように手足を縮こめる。

 背の低い橋口は制服を着ていると太って見えるが、実際はしっかりくびれもあってスタイルがいい。つまり見掛けよりずっと軽かった。

 橋口の胸は、他の霊力を奪ったり、霊力を分け与えたりすることが出来た。麗子が走り回りながら、橋口の二つの胸から霊力を回復していく。

 十分に霊力を受け取ると、橋口を下ろした。

『逃げ回っても無駄だぞ』

「もう逃げ回るのはやめるわ。狐火、金田(やつ)を囲みなさい!」

 狐火がヒトダマのように宙を飛び、大木の周りを囲んだ。

 カニ足のような根を少し狭め、枝葉も、少し萎縮した。

 それを見て麗子は言った。

「かんな、鞭打って!」

「狐火が邪魔なんだケド」

「大丈夫」

 橋口は、言われるがまま鞭を打つ。

 先端が伸びていくと、その先にある『狐火』が避けた。

 先端が絡まりそうな枝葉が、幹から切り離され、落ちる。

 だが『狐火』で縮こまっている分、切り離される枝葉の量が多くなっている。

「なるほど、なんだケド」  

「もう一回!」

 橋口は大きく振りかぶって鞭を振るう。

 伸びていく先端を避けようとして、まとまった枝葉が切り落とされた。

 伸び茂った葉が落ちて体が晒された金田は、言った。

『ええい。狐火如き、怖がる必要はない』

 金田は大木に命じて、手のように葉を伸ばし『狐火』を挟んで潰す。

 青白い炎が一つ、消えた。

「えっ? マジ?」

『そんなはずはない。相手は植物だ。かなり無理をしているはずだ』

 麗子の心の中でキツネが言う。

 確かに大木は挟み込んだ枝葉を離そうとしない。

 見ていると、微かに黒い煙が上がってきた。

「かんな、あそこを狙って」

「わかったんだケド!」

 鞭を避けるため、挟んでいる枝葉が落ちた。

 地面に落ちると、枝葉はすぐに赤く燃え始めた。

 その赤い炎の中から『狐火』のひとつが浮き上がってきた。

「いける!」

 麗子は狐火を回しながら、半径を絞っていくように命じた。

 大木の周囲をグルグルと回りながら、中心の幹に向かって近づいていく。

 その間にも橋口の鞭が、隙間を縫うように放たれ、根は折れ、枝葉切り離された。

『かくなる上は、奥義を出すしかないか』

 大木の幹にしがみつきながら、金田が言った。

 麗子は右手の人差し指を下に向けて伸ばし、準備をする。

『消火の白雨!』

 空は晴れているのに、大木を中心として、突然強い雨が降り始めた。

「うわっ!」

 雨は麗子達の方へも降ってきた。

 あっというまに全身がびしょ濡れになる。

 顔に打ちつける雨で、前が見えない。

 雨に打たれて『狐火』が小さくなっていく。

 ただの雨では消えない。この雨には霊力があるのだ。

 麗子は自分自身の中にいるキツネに言う。

「ダメじゃない」

『これは霊力の差じゃない。霊力の性質の違いだ』

 大木を囲んでいた『狐火』は、全て消えてしまった。

「同じことよ」

『霊力の性質を理解しないと、今後、痛い目にあうぞ』

 そう言い残すと、キツネは意識の奥底へ消えていった。 

「……」

 雨が降っている場所には、再び様々な草が生えてくる。

 生えてくるだけでなく、季節外れの花が咲き乱れ、実をつけた。

 植物達にとって、時間が、季節が、一年が、早く進んでいるようだった。

 大木も一回り、いや、二回り大きくなる。

 雨は取り憑いている悪霊の力だけではないな、と麗子は思った。さっきの鈴木の時と違って、この植物の悪霊は金田自身の霊力を引き出して使っている。金田は除霊事務所で現役で活躍している除霊士だ。その力を引き出しているなら、簡単には除霊できない。

 霊力は減っても、人の体から霊力がなくなることはない。なくなるということは、生気を失った時、つまり死んだ時だ。雨を降らせるために引き出し続ければ…… 金田の命が危ない。

 麗子は焦った。

「服が濡れて透けちゃうんだケド」

『す、透けてるって?』

 大木の生い茂った枝葉が全て傍に寄せられ、金田の体が晒された。

 金田は、必死に体を動かして、橋口の様子を見ようとする。

『見えないぞ、雨、雨を止めろ』 

 土砂降りの雨が、上がっていく。

『おい、腕で見え……』

 言いかけた時、霊光が金田を貫いた。霊弾だった。

 金田は目を見開いたまま、固まったように動かない。

 動いていた大木や、草からは黒い煙のようにオーラが立ち上る。体を借りていないと植物を動かせないのだろう。大木はそのまま動きを止めた。狂い咲いた草木も、生気を失って枯れていく。 

 橋口は霊弾を発射した方向に振り返ると、両手を絞るように合わせ、右の人差し指を真っ直ぐ突き出している麗子が立っている。

「……また私をダシにして美味しいところ持っていったんだケド」

 霊弾で再び霊力を使い切ってしまい、麗子は膝をついた。

「かんなが霊力を分けてくれなかったら、出来なかったよ。これはかんなのおかげ」

「今回は当然として、前回も私のおかげなんだケド」

「けどどうしよう、金田さん、木の上で気を失っている」

 二人はカニ足のように根を広げて立っている大木を見上げた。

 金田正面の枝葉だけ、開くように曲がっている。

「除霊士としては優秀かもしれないけど、基本、スケベ親父なんだケド」

 麗子は濡れたリストを慎重に開く。

「除霊士はあと一人。もう一人は事務のお姉さんだから、実質後一人」

 橋口は手招きする。

「そんなのさっきから何度も見てるから分かってる。それより今のうちに麗子に霊力を分けて置くんだケド」

 橋口は麗子の手を取って、胸に引き寄せた。

「かんなの霊力は大丈夫なの?」

「さっきの草木から吸い取って、収支はプラスなんだケド」

「便利な能力だなぁ」

 モバイルバッテリーみたいだ。麗子は思った。大きな胸にふさわしい『癒しの能力』なのだ。

 言いながら、胸の感触を確かめるように指を動かす。

 橋口が顔を赤らめた。

「ちょっと…… 真面目にやって欲しいんだケド」

「ご、ごめん」

 麗子は、橋口から霊力を受け取りながら、片手でリストを再確認した。

 残りの二人のうち、除霊士は三井(かえで)で、秘書兼事務員が中島メアリー。悪霊が取りついたら厄介なのは、やはり除霊士の三井の方だろう。金田がそうだったように、取り憑いた本人の霊力を引き出す可能性がある。リストのメモからすると、三井は事務所のエースだ。悪霊に乗っ取られないよう、本人が抵抗してくれればいいのだが。

「やっぱりこの廃ビルから感じるんだケド」

 橋口が見上げる。

 さっき金田がいたのが三階だったから、もっと上なのだろう。

「まとめてこられたら勝ち目はなかったね」

「しっ…… そんなの敵に聞かれたら、どうするんだケド」

「(こんな簡単なこと、とっくに思いついてるでしょ)」

「(これで残り二人が一緒に現れたら麗子のせいなんだケド)」

 麗子はふと思う。よく漫画や映画で、一人、一人が、それぞれのフロアで待ち構えていて、一段、一段、上がる度、強くなってくるという設定がある。どうしてそうなるんだろう。大ボスが最初から全力で叩き潰せばいいのに。それとも、本当に最初は雑魚だと思っていたのだろうか。雑魚だと思っているから、ボスも奥義は取っておいて、安易な攻撃から始めてしまう。最初から相手の能力を見極められないとしたら、致命的だ。

 もしこの廃ビルでも、同じ考えで配置されているなら、ボスの攻撃も、最初が一番優しいことになる。こちら側としては一番最初に最大戦力で攻撃すれば勝つはずだ。

「どうしたの麗子?」

「……いや、ちょっと厨二的なことを考えてた」

「さっさと行くんだケド」

 麗子は頷いた。




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