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彼女と刑事の除霊事件簿 時間跳躍編  作者: ゆずさくら


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第一の刺客

 二人は大きい通りから『鈴木一雄』が逃げ込んだと思われる路地に曲がった。

 路地を進み、薄暗いビルの隙間を抜けると、大小様々なビルで囲まれた空き地に出た。

 空き地は広く、真ん中に解体途中のようなガラスが割れ、壁にヒビが入ったようなビルが立っている。

 そのボロビルの周囲には好き勝手に伸びてしまった木があった。

 空き地を囲む有刺鉄線(ばらせん)は、麗子達のいる側だけ一部切れていて、そこから出入りできる。

 麗子はそこを指さして言った。

「ここから入ったかな?」

「吹いてくる風からすると、入ったクサイんだケド」

 この空き地自体が除霊案件な気がする。

 悪霊が巣食っていて、壊すにこわせないビル。そんな雰囲気だ。麗子は鈴木一雄とぶつかった時に感じたことを思い出した。鈴木一雄は悪霊に取り憑かれている。と、なれば普通の除霊士じゃない。そもそも除霊する方法は除霊士により様々な手段があるのだが、悪霊の力を使うタイプは麗子の知る限りいない。もし使うとしても除霊の際、一時的に利用するくらいだろう。

 だとすれが、この世界に飛ばされる前後のタイミングで取り憑かれたのだ。

「かんな、あの鈴木さんだけど……」

「みなまで言わずとも理解してるんだケド」

「確かに無警戒のまま、四人も五人もタイムリープするわけないわよね。向こうで隙を突かれて悪霊に取り憑かれたか、悪霊にハメられてタイムリープしたとか。あるいは、私たちと同じように、床で気絶しているタイミングで悪霊に取り憑かれたんだわ。どっちにしろ、この世界にいるということは……」

「悪霊が憑いている。憑いているからには、祓わなければならないんだケド」

「そう言うことね」

 二人は互いの顔を見つめて頷いた。

 有刺鉄線に触れて怪我をしないように、二人は慎重に柵を抜けた。

 麗子は空き地に生えている草が、僅かだが反応したような気がした。

「?」

 橋口が言った。

「なんか、地面が動いたんだケド」

「地面が? 草の葉が動いたんじゃなくて?」

 橋口は首を横に振る。

「土が、なんていうか、緩くなったというか、そんな感じだったんだケド」

「土……」

 二人は周囲を見渡して、何かが潜んでいないか、霊感を研ぎ澄ませる。

 少しずつ、ビルに近づいていく。

「かんか感じるんだケド」

「うん。いるね。間違いない」

「……」

 橋口は制服の上着から『一本鞭』を取り出した。

 二人の見ている方向が、次第に一箇所に集約されていく。

 と同時に橋口は、ゆっくりと鞭を振り上げる。

「そこ!」

「わかってんだケド!」

 言うより早く、鞭が振り下ろされた。

 うなりを上げながら伸びていく鞭。

 それは編み込んでいる一本一本に呪文が記され、強い霊力を持った鞭だった。

 伸び切った先端が、大きな打撃音を立てた。

「手応えあり! 仕留めたんだケド!」

 鞭の先端が届いたあたりの土が、爆発したように爆ぜた。

「……」

 爆発した後、動きも、音も、そして声もしない。

 草の背が高くて、鈴木さんが倒れているとした場合、もっと近づかないと見えない。

 麗子は少し慎重になった。

 確かに鞭が叩いたあたりに、気配(けはい)はあった。

「まさか殺しちゃった?」

 だが、そもそも気配はあったが姿が見えなかった。

「そんな訳ないんだケド」

 確かに何度も当たったならともかく、鞭の一撃で死ぬと言うことはないだろう。そもそも気配だけで姿が見えないと言うのはどういうことなのか。それがわからないまま、攻撃して気配を消されてしまい、麗子達は進むことも、引くこともできない状況に陥っていた。

「爆発したところに近づいてみる……」

 麗子が言うと、橋口はうなずく。

 近づくと爆破した周囲の様子が分かってくる。

 そこらじゅうに生えている雑草が爆発した周辺は綺麗に無くなっていた。ただ、燃えて黒くなっているわけではなく、雑草が跡形も無くなっている。まるで土を入れ替えたようだ。

「麗子! そこの近くにいるんだケド!」

 橋口の声が聞こえると同時に、麗子の周囲に土煙が立ちのぼる。

 雑草が麗子を中心にして円を書くように丸く消えていく。

 底が抜けた(・・・・・)ように足が土に潜る。

 バランスを失って立っているのがやっとだった。

「そうか! わかった! 地面の下よ」

「麗子、避けて、なんだケド!」

 橋口は再び鞭を振るった。

 正確にコントロールされた鞭の先が、麗子の足元に振り下ろされる。

「うわっ!」

 土が水が跳ねるように飛び散った。さっき爆発したと思っていたのは、これか、と麗子は思う。

 足元の土が激しく振動するせいで、麗子は足が踏ん張れなくなり、地面に手をついた。

「えっ?」

 手をついたところも、土は液体のようで手応えがない。立ち上がれない。どんどん深みにハマっていくだけだ。

「かんな、土がジェルみたいに緩くなってる!」

「麗子、そしたら鞭に掴まるんだケド」

 体勢を保つのが精一杯で、すぐ近くにある鞭を掴むことがなかなかできない。下手に動くと、余計に沈んでいってしまう。

「鞭を、少しこっち側に寄せてくれない?」

 橋口は、鞭を器用に手繰ると動きが伝わり、先端が動いて、麗子の手元にきた。

「ありが……」

 掴もうとした瞬間に鞭がスルリと動いていってしまう。

「何よ!」

 麗子は沈むのを少しでも抑えるために、橋口の方に振り返ることができない。

 橋口は言う。

「こっちに鈴木が来たっぽい。一旦逃げて、足場を探すから助けるのを待って欲しいんだケド」

 鈴木さんが移動したなら、この土が普通の硬さに戻っていいはずだ、麗子はそう思った。

「抜けない!」

 麗子の予想通り、鈴木が近くにいなくなると、ジェル状だった土は元に戻った。だが、既に地中深く手足がハマっているせいで、沈みはしないものの、硬い土を割って抜け出すことは出来なかった。

「とりあえず、手だけでも」

 強く手を引き、抜こうとすると、再び土けむりが上がった。

 同時に土がジェル状に戻ってしまう。

 手は抜け上体は起こせたが、麗子の足はより深く潜り、腰までが地面に入ってしまった。

 そうかと思うと、土が固まる。

 おそらく、地面の下を行ったり来たりしているのだ。

「いや…… かんな、助けて……」

 体がまっすぐになったおかげで、麗子は首を回して橋口を振り返った。

「かんな! 何してるの」

「足場を探してるんだケド」

 今、鈴木はこっちにいない。橋口の足元をジェル状に緩くして追い払っているのだ。

「ねぇ、そんなに遠くに行ったら鞭が届かないよ」

「近づくと、鈴木がくるんだケド」

 だめだ。橋口は期待できない。硬い土を壊す方法か、緩くなった時に上がる方法か、自分の出来る方法で抜け出さないといけない。麗子は必死に考える。

 抜け出す以外の方法として、この奇妙な霊力を使う鈴木を倒してしまえば、ジェル化が止まるだろう。その後、ゆっくりと抜け出る方法を考えればいい。それこそスコップを持ってきて掘ってもらえばいい。だが、土の中にいる鈴木をどうやって倒すかだ。霊弾をぶち込むにしても、どこにいるかわからないのに、当てずっぽうに撃っていたら霊力が無くなってしまう。

 そこまで考えて、麗子は考えを元に戻した。まずこの状態をなんとかするしかない。土から出てしまえば、霊弾でも、橋口の鞭でも、やっつける方法はいくらでもある。

 鈴木側も、麗子を土から出さないし、絶対に地面から上に体を晒さないだろう。そこが奴のアキレス腱なのだから。

『ピンチだな、おい』

 という心の声が聞こえてくる。

『このままやられちまうなら、俺がお前に取り込まれた意味ってあんのかよ』

 キツネだ。麗子は思い出した。自然教室を行った滝の近くに地縛していたキツネの霊。麗子が除霊ではなく、自らに取り込むことを決断した初めての霊。

「何ができるの?」

『狐火…… じゃ役に立たなさそうだな。そこに潜ってる鈴木とか言うやつを、視覚化してやろうか』

「……」

『大したことない、と思ってるだろ。そっちの巨乳女にも見えるようになるぜ。それと、お前の霊力は使わないから安心しな』

 曖昧な把握状態だから橋口も逃げ回っていると言える。

「やって」

『霊視投影!』

 突然、ある一部の大地が、水のように透けて見えた。草木の根が見え、そこを黒い影がするすると動く。

 鈴木の周囲だけ、土がジェルのように変わるということがはっきり視覚化された。

「麗子、今、何したんだケド」

「ヤツの位置が見えるようにしたの。動きを予想して、先回りして!」

 橋口はこの空き地に置いてある廃材などを足場にして、上から鈴木の位置を追っている。

 鈴木の土をジェル状にする範囲は狭いので、大きな廃材は硬い土の間に橋を掛けたように振る舞う。鈴木は、大きなもの全体を、一度に土の中に引き摺り込むことができないようだった。

「こっち戻ってきた!」

 橋口は廃材から下りて、麗子を助けに走る。

 麗子は腰の上まで土に潜ると、鈴木は再び橋口を追い返すために地中を走る。

「だめだ、ちょっとずつ沈んでしまう」

 完全に沈んだら…… まず、水のような土が鼻や口に入り、最後は呼吸が出来なくなって死ぬのだろう。

「かんな、見えてるんだからなんか考えてよ!」

「うるさい! こっちだって必死に考えてんだケド!」

「見えてるところを鞭で打ってよ」

 橋口は鞭を振り上げて、勢いよく振り下ろす。

 音もそうなのだが、鞭がオーラを纏い、先端のスピードが今までより速い。

「やった?」

 ジェル状の土が、爆破したように飛び散る。

 ただ、見える黒い影の動きは全く変わらない。

「だめなんだケド」

「見えてるのになぜ当てられないのよ!」

「当たってんだケド! 土がショックを吸収しちゃうだけなんだケド」

 橋口は、鞭をしごきながら、巻き戻している。

「見えてるんでしょ!」

 ついに橋口がキレた。

「さっきから『見えてる見えてる』ってやかましいんだケド! そもそも鈴木のハゲアタマが見えたって、戦闘にはなんの影響もないんだけど」

『ハゲアタマ、ダト?』

「牛丼屋からずっと、あんたがハゲてんのは見えてるんだケド」

『コレハ、ハゲジャネェ!』

 鈴木はついに上体を地上に出して、自らの頭を指さした。

『コレハ、エー・ジー・エー、ダ』

 エー・ジー・エーとは男性型脱毛症の略だった。

 橋口に向かって主張する鈴木の胸を、霊光が貫いた。

『!』

 胸を貫かれた鈴木は、言葉もでないまま、ゆっくりと振り返る。

 その先には麗子がいた。

 人差し指をまっすぐ伸ばし、銃のように構えていた。

 霊光は、麗子の霊弾だった。

 鈴木の体を覆っていた、黒いオーラが消えていく。

 虹彩を曇らせている霊が消え去り、鈴木に目の輝きが戻る。しかし、直後に気を失い、瞼を閉じてしまった。

 土を柔らかくしていた能力が消えてしまい、腰から下は土に埋まっている。

 空き地と廃ビルに、静寂が戻った。

 麗子は言う。

「かんな、ナイスな(あお)りだった」

 橋口は突然の出来事に目を丸くしていた。

「べ、別に、いつもの通りなんだケド」

 振り上げている手のやり場に困って、頭を掻いた。

「私、土が固まって出れないから、スコップかなんか探してきて」

「わ、わかった。探してくるんだケド」

 橋口が道具のありそうな小屋の方へ歩いていった。

 麗子の中でキツネが言う。

『これ、最初から狙っていたのか』

「1パーセントぐらいね。だから、いつでも撃てるように準備はしてた」

『まったく、気が抜けないぜ。タヌキ女め』

 麗子は一人で小さく笑った。

「キツネのあなたから見ても、タヌキってそんなイメージなのね」




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