アリスの能力
「おねぃさん、だから私、戦うよ」
「けど、危ないよ。アリスちゃん、避けられないでしょう?」
麗子の腕に抱えられながら、アリスは突然歌い始めた。
誰もが知っている童謡だ。
「どうして、こんな時に歌うの?」
「悪霊には『お歌』が効くのよ」
いや、そんなこと聞いたことがない。確かに今日、学校にきた時に有栖刑事は朝礼で歌を歌おうとしていた。まさかそんなことと関係しているのか?
アリスはそのまま歌を続けて歌っていく。
アリスが『わんわん』、『にゃんにゃん』と歌っていると、漆黒の大男の槍が、その先にでる炎が短くなってきた。
さらに歌を続けていくと、アリスの声が二重に聞こえてきた。
さっきのパートの声もアリス、今付け加えたパートもアリス。歌っているのは一人。麗子には何が起こっているのかわからなかった。
声が二重になったせいなのか、悪霊の槍も炎もさらに短くなってしまった。
『うるさい! 歌をやめろ!』
大男は持っていた槍を消して、自らの耳を手で塞いだ。
麗子の埋まっていた足もアスファルトの上に戻っている。
土から根を抜き、動き始めた木々も、その場で元の植物に戻って倒れてしまった。
「ね?」
しかし、アリスの歌声が止まると、再び大男の手に槍が現れ、槍の先端からは炎が発せられた。
倒れていた植物も枝を腕のように使って、立ち上がった。
麗子は再びアリスを抱えたまま、大男から距離をとる。
「ちょっとやめて!」
アリスが突然、麗子の耳を左右に引っ張ったのだ。
「ねぇ、逃げたらダメよ。敵が苦しんでいる時に攻撃するのよ」
麗子は頷く。
言い終わると、アリスはまた歌い始める。
今度は初めから声が二重に聞こえる。二つのパートの音程を、同時に発声しているとしか思えない。
大男は身悶えしながら苦しみ始めた。
木々も動きが鈍くなり、まともに立っていられないようだ。
麗子はアリスの指示通り、攻撃に移る。
アリスを左手で抱えながら、右手の人差し指で狙いをつけた。
巨体ではあるが、悪霊は人の形をしている。狙うなら、頭か、胸だ。
麗子の視線に気づいたのか、アリスは歌いながら頷いた。
指先に周囲からも含めた霊力が集まって、光り始める。
放った霊弾は、アスファルトでのたうち回る大男の胸を貫いた。
固まったように体の動きが止まる。頭、胴、手足とそれぞれが、別々の色の光を放った。
「?」
アリスが、麗子に強くしがみついてきた。
体が震えている。
麗子はアリスをしっかりと抱きしめ返した。
「大丈夫」
アリスは首を横に振った。
大男の体は、それぞれの色を保ちながら強く光ると、端から消えていく。
三メートルの体が全て消えてしまうまで、そう時間は掛からなかった。
「ほら、勝った。いなくなったよ」
麗子の言葉に、アリスは恐る恐る振り返る。
そっと下ろすと、大男がいたあたりに歩き出した。
アリスはアスファルトの様子や周囲の木々など、見回している。
麗子はふと思った。本当に除霊できたのだろうか。いや、待て、今除霊したら有栖刑事が『除霊した』と恨む悪霊がいなくなる。つまり、この世界の未来で、この事件が起こらなくなる。
私たちは、なにか大変な思い違いをしていたのではないか?
麗子はふと、駐車場を振り返った。
水の悪霊が作り出した大量の水で、車両が横転したり、ぶつかって変形したりしている。誰かが警察を呼んだらしく、パトカーがやってきている。
この事件も含め、世界が崩壊するようなパラドックスではないにしても、歴史が大きく変わっていた場合、私たちは自分達の時代に戻った瞬間に消えてしまうかもしれない。
『トリックオアトリート』
「?」
聞き覚えのない声。
麗子はゆっくりと周囲を確認する。
アリスの後ろ姿。
ゆっくり振り返る。瞳に光がない。まさか……
アリスの口元が邪悪に微笑む。
『お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ』
声はアリスの方からやってくる。しかし、声はさっきのアリスのものではない。
「えっ? えっ? どうしたのアリスちゃん」
アリスに取り憑いた? 霊弾で霊体は消え去ったが、完全に昇天していないとしたら。周囲を彷徨う悪霊は、再び憑く対象を見つけてしまったのだろうか。
「有栖刑事が、橋口に言っていたこと……」
さっきの悪霊は、悪徳宗教団体に利用されていた。人に取り憑いて、除霊され、また強制的に取り憑いて、また除霊…… そんなことを繰り返しているうちに、除霊の耐性を獲得したのかもしれない。
『何もないなら、いたずらってことで』




