アリス八歳
小学二年生の有栖アリスは毎日毎日『○ィズニーの』不思議の国のアリスの格好をしている以外、ごく普通の子供だった。
「最初から間違ってるんだケド」
「私が喋ってんだから、話の腰を折らないでよ」
だが、家には父がいなかった。
離婚している訳ではない。父親の仕事が忙しすぎて、別居状態だったのだ。父親はキャリアの警察官で、当時、新しい組織の立ち上げのために奔走していた。その組織こそ、今、有栖が所属する霊能課が属する『霊能犯罪対策部』だった。この組織を立ち上げたのが有栖の父だ。
そして、幼稚園、小学校と大きくなるアリスを一人で育てていた母は、溜まったストレスから精神に不調をきたし始めた。
やがて新興宗教という名の『霊能犯罪』に巻き込まれてしまう。
「えっ? お父様が『霊能犯罪対策部』を作ってる時に? お母様が『霊能犯罪』に巻き込まれるなんて、変な話なんだケド」
「父は家庭のことなんて顧みる人じゃなかったのよ。国家の方が大事なんだから」
母は宗教施設に行き、宗教団体から悪霊を付けられて帰ってくるようになり、奇行が始まった。
奇行を直そうと、除霊しようと、さらに宗教施設に通い、多額の寄付をすると司祭が悪霊を祓う。
しばらく平穏な日々が続くと、また同じことが起こる。
心が不安定な人間の弱みに漬け込んで、金を搾り取る典型的な降霊犯罪だった。
「家の貯蓄を超えてお金を注ぎ込んで、家も失った。それに気づいて、父は家の口座に振り込まなくなった。そんな中で、ようやく母は気づいた。これは宗教じゃない。降霊犯罪、除霊詐欺だと」
「じゃあ、問題は解決なんだケド」
「いいえ、父には言わなかった。ただ、もっと心が病んでしまった」
「……」
多分、宗教組織側も母が気づいていることを察して、最後に大金を得るため、強い霊をつけた。
それが、取り憑いた者の願いに敏感な、金属の槍を使う悪霊。
「あれ? それ、さっき秘書の中島さんに憑いてたんだケド」
「私が除霊した悪霊よ。いるはずない……」
「いやいや、この時代からアリスちゃんが連れてきたやつなんだケド」
そういうことか、それならあり得るわけだ。有栖は考えた。そもそも母に憑いていた訳だし、子供の頃なら、私の周囲にその悪霊がいてもおかしくない。
「金属の悪霊は、母の願いを知ってしまった」
「……聞きたくないんだケド」
橋口はその先の言葉を察していた。
「母は死にたがっていた。私を育てるのに疲れ、多くの金を、家を失ったことに疲れていた」
橋口は有栖の顔を見るのが辛くなって、目を閉じた。
「金属の悪霊を祓うために、宗教団体が要求してきたのは私だった」
橋口は耳を押さえて、否定するように首を横に振った。
母はもう自らが死ぬしかないと考えた。何度も何度も悪霊にそれを願った。金属の悪霊は、取り憑いた者の願いを叶えた。
「母と私は、廃屋に忍び込んで勝手に暮らしていたんだけど、ある朝、母は首を吊って死んでいた」
その時まだ七歳だったアリスには、母の遺体をどうしていいか、誰に相談すればいいのか、そういうことが分からなかった。
母がいなくなって一番問題だったのは、食べることだったそうだ。
橋口は震えた。
「母に限って言えば、死んだ母の霊がいて、それ見えていたから、私にとって死んだという意識が薄かったのかもしれないわ。死んだ母と私は、導かれるように永江除霊事務所に着いた」
「永江所長とあった有栖刑事のお母さんは、霊体だったってことになるんだケド」
確かにそれなら突然消えたというのも納得はできる。だが、永江所長が、霊体であることをすぐに見抜けなかったのだろうか。それとも見抜いていたが、話の中でそれを言わなかっただけなのか。
橋口はさまざまなことに思いを巡らす。
「あれ? それじゃ、まだお母さんのお葬式とか、今、この日も遺体はそのままってことになるんだケド」
有栖は頷く。
「多分、今は廃屋にあるままだと思う」
気を失っていると思っていた麗子の目から、涙がこぼれた。
橋口はそれに気づいて言う。
「麗子、気が付いたんだケド?」
反応がない。全く別のことでシンクロしたのだろうか。
有栖は話を続けた。
「後で永江所長が父に連絡を取ってくれて、母の遺体も見つけてくれた」
そう言うと有栖は立ち上がった。
ずぶ濡れの服の裾を持ち上げて、搾ると勢いよく水が垂れる。
「先に戻ってるわね。それと、あなた達を巻き込んでしまってごめんなさい」
「永江除霊事務所に行くには、この時代のお金がなければ戻れないんだケド」
有栖はその場でただ手を振った。
するとその体がホログラムのように透け始めた。
「有栖刑事! ちょっと待って! 有栖刑事が消えていくんだケド」
「消えるんじゃないよ。時間を戻るだけ。後、一つ、伝えておくことがあるはずなんだけど。八歳の記憶だから、うまく思い出せない……」




