タイムリープ
麗子と橋口は事務所の天井に開いた時空の穴に落ちた。
穴の中は、虹色の光が、螺子山のように螺旋を描いている、細いトンネルのようだった。
「待って、あれ床だ!」
「……このままだと、ぶつかるんだケド」
「この勢いでぶつかったら死んじゃう。霊力で床を……」
麗子は必死で落ちていく先に向かって念を込めた。橋口は麗子を抱きしめて、霊力を麗子に注ぎ込む。瞬間的に大量の霊力が必要になるからだ。
「お願い!」
二人は霊力で作った床に着地する。
さっきまでの速度が、停止に近づくための力が、ほんの一瞬に全身に襲いかかる。これ以上床が反発すると、体が耐えられない。
二人が耐えられないと思うと、霊力の床は割れて抜けた。
麗子は次の霊力の床を作り、またそこに着地する。
霊力で作った床が、二人の体にかかる力を、少しずつ減らし、落下のスピードを少しずつ削った。
何枚かの霊力の床を抜けると、落下速度は目に見えて落ちていた。
完全にソフトな着地とは行かなかったが、なんとか怪我なく床に降りることができた。
霊力の床で足を踏ん張った疲労で、二人は仰向けに寝転がっていた。
「どうなるんだろう」
虹色に光るトンネル状の空を見つめながら、麗子が言った。
何をすれば時間跳躍が終了するのかなんて、誰も知らない。麗子も答えを期待しているわけではない。けれど何か言って欲しかったのだ。
……が、橋口の反応がない。
「かんな? かんな!」
麗子は上体を起こして、橋口の体を揺さぶる。
「もう食べれないんだケド」
「……」
寝てる。寝てるだけだった。めちゃくちゃ焦るじゃないか、と麗子は思いながらも笑ってしまった。橋口には心配もさせられるが、ホッとさせられる。
ホッとすると同時に、麗子はスイッチが切れたように、仰向けに倒れた。
するとそのまま、意識が薄れていった。
目が覚めると、虹色の空も、寝ていた床もなくなっていた。
青い空に、雲が流れていた。
視野の端に、橋口の姿が見えた。
「かんな?」
「ここ、どこだろうね。ベンチがあったり遊具があるから、公園なんだろうケド」
先に立ち上がった橋口に手を引かれ、麗子も体を起こした。
「ほら、入口とかに『なんとか公園』って書いてあるじゃない」
二人は公園の中を歩き、公園の入り口に向かった。
「M公園…… ってどこ?」
「私も知らないんだケド」
「とりあえず字が読める国に出てこれてよかったね」
なるべく前向きに事態を捉えようとしたが、答えはなかった。
「……」
「それより、どうしよう。この時代、どこに永江事務所があるか知らないよ」
橋口は腕を組んで考えている。
「大体、今何年なんだろう。Tヒルズあるのかな?」
「そんなのは簡単、スマフォって基地局から時間をもらうから、スマフォを見れば良いんだケド」
その言葉で二人は、ハッと思い出したようにスマフォを取り出す。
だが、どちらのスマフォも圏外であることがわかるだけだった。
「今が何年かにもよるけど、まだスマフォのサービス始まってないんじゃない」
橋口は震え始めた。
「それやばいんだケド」
声がめちゃくちゃ震えている。
「何、どうしたの?」
「麗子にはわからない? 私たち、自分の居場所も、時間もわからないんだケド」
寒気を感じているかのように、橋口は自分自身の体を抱きしめている。
さっきからその話をしていたのに……
「確かに、この時間、あってるかわからないよね。でも、幸い天気がいいから日中だというのはわかるよ」
「そこから始めるの? 麗子は人類の歴史を初めから辿るつもり?」
「そんな、さっき公園の名前が確認出来たように、言葉は通じるんだから、聞けばいいのよ聞けば」
「……」
確かに、ほとんどの情報入手の方法を『スマフォ』に頼っていた私たちは、スマフォが圏外だとどう対応していいのか分からず、軽いパニックになっていた。だが、ここが外国ならともかく同じ言葉が通じるところであればなんとかなるだろう。何十キロも離れていたらどうするか、という問題は残るが。
麗子は通りを歩いているスーツの男性を呼び止めた。
「あの、すみません。ここはどこですか?」
「……」
スーツの男性は、電柱を指さした。
麗子は慌てて、電柱を見るが、県とか市のレベルが省略されていてよくわからなかった。
「T都でしょうか?」
麗子の言葉にスーツの男性は首をかしげ、腕時計を見た。何かを考えているようだった。
「学生だよね? 今、授業中だよね? もしかして、君たち家出少女か何か?」
二人は学校帰りに除霊事務所に寄り、そのまま時間跳躍した訳で、制服姿だった。
橋口が割って入ってきた。
「学校に行ったら開校記念日で休みだったから、ブラブラ歩いてる内に道に迷ったんだケド」
「嘘つけ。だったら尚更、ここがT都か、K川県かぐらいわかるよな」
イラついた麗子は、手のひらをスーツの男性に向けて念じた。
「いいから質問に答えなさい」
麗子はスーツの男に対して命令を入れたのだ。
男の目から、光が消えた。
「ここはT都?」
スーツの男から目の光が消え、虚ろな表情になる。
「はい」
「今は西暦何年何月何日」
「二千二年十月三十一日」
「よろしい、このまま真っ直ぐ十歩歩くと、このことは忘れて仕事に戻る」
そう言って麗子は手を叩く。
スーツの男は再びスイッチが入ったように真っ直ぐ歩き出した。
「駅の行き方も聞けばよかったんだケド」
「ムカつくから別の人に聞きましょ」
麗子達は、通りを歩く女性に道を尋ね、駅に向かった。




