89話 決意と剣聖
「まぁ、ヴァルカンからの説明はこんなところね、それじゃあ本題に移りましょう」
アリアが落ち着いたタイミングを見て、ベルゼビュートが切り出す。
驚きの連続で疲れ気味のアリアだが、すぐに意識を集中する。
リリとフェリ、それにステラは話が退屈になってきてしまったのか指遊びなどを始めているが……それはさておく。
「単刀直入に言うと、〝四魔族〟が復活するわ」
「「…………ッ!?」」
ここまでの会話の中で、アリアとタマに一番の衝撃が走る。
その隣で、ヴァルカンは「んにゃあ……」と暗い声を漏らす。
四魔族――それはかつてのベルゼビュートを含めた七大魔王それぞれに仕えた強大な力を持つ魔族のことだ。
いずれも大魔導士やジュリウスを含む勇者たちによって討滅、あるいは封印されたのだが……。
「私は他の七大魔王や四魔族の存在を感じ取ることができるわ。一柱を除いて、まだどこに復活するのかまではわからないけど……四魔族どもが復活すれば、間違いなく自分が仕えていた魔王を蘇らせるために動き出すはずだわ」
そこまで言って、ベルゼビュートは悔しげな表情をする。
大魔導士に手を貸し、やっと手に入れた平和な世界。
それが四魔族の復活によって、壊されようとしている――
その事実が悔しくて堪らないといった様子だ。
「まさか、その四魔族の討伐にわたしたちを……?」
「そのまさかだ、アリア。悔しいが、今の帝国に四魔族に対応できる戦力はいない。俺の後輩の勇者二人は異世界――地球に里帰りしてるから連絡は取れない、……頼みのセドリックも、今復活場所がわかっている四魔族のもとに向かっているからな」
「セ、セドリック様……最近都市にいないと思っていたらそんなことをなさっていたのですか……いえ、それよりもわたしたちなんかで四魔族の相手が務まるのでしょうか……」
ジュリウス皇子の言葉に、不安そうに再び問うアリア。
いくらAランクになったとはいえ、相手は魔王の側近である四魔族だ。
歯が立たずに終わるのは目に見えている。
そしてさらに問う、たとえ他の勇者や英雄であるセドリック様がいなくても、大魔導士様やジュリウス殿下がいるではないですか、と――
「残念だが、大魔導士――舞夜は〝難しい事情〟でとある場所から動けない状態にある……。そして肝心の俺だが……魔神の黄昏で無理をしすぎちまってな、勇者としての力が衰えている。今の俺一人では四魔族の相手は正直厳しい」
――そんな答えが、悔しげな表情とともに返ってきた。
(勇者皇子ジュリウス……大魔導士殿とともに最後まで魔神の黄昏を戦い抜いた英傑中の英傑と聞いていたが、まさかそのような状態になっていたとは……)
ジュリウス皇子の話を聞き、いかに魔神の黄昏が熾烈な大戦だったのかを思い知る。
勇者であっても、その力を衰えさせるまでに体を酷使しなければならないほど、魔神どもは強大だったのだと。
「アリア、お前たちには俺とチームを組んで四魔族に挑んでもらいたいと思っている。だが、もちろん今のままでは力不足だ。そこでお前たちを鍛えるのと――」
「んにゃあ、私がアリアちゃんたちのアーティファクトを作るってことでよろしいですにゃ? ジュリウス殿下」
「その通りだ、ヴァルカン。お前の作るアーティファクトがあれば、そして俺と〝あいつ〟がアリアたちを鍛えて一緒に立ち向かえば、四魔族にも対抗できるだろう」
ヴァルカンの問いに頷くジュリウス皇子。
二人のやり取りを見て、タマもアリアも理解する。
ヴァルカンが隠していたアーティファクトスミスという地位を明るみにしたのはこのためだったのだと。
そして皇帝がわざわざ自分たちを呼び出した本当の理由を。
「そういうことでしたら、わたしでよければ喜んで力をお貸しします!」
(ご主人……!)
四魔族は強大だろう。今までの敵との戦いなど比べ物にならないほど危険な戦いになることは必至だ。
だが、命を救ってくれた〝剣聖〟のような正義の武人を目指すアリアに、断るという選択肢はなかった。
やはり自分が主人にすると決めた少女は高潔であった。
その事実を再確認し、タマは改めて彼女についていくことを心に誓う。
「アリアちゃんがそう言うなら……わかったにゃ。私も再びアーティファクトスミスとして、そして激獣姫として力を振るうことにするにゃん!」
できることなら、このまま町の鍛冶屋として、一介の冒険者として気ままな生活を送っていたかった。
だが、仲間であるアリアが戦う意志を見せたのだ。
戦友として、自分も力を貸すことをヴァルカンも誓う。
「ふふっ……正義感の強い子たちね」
「あぁ、感謝するアリア。ヴァルカンもまたよろしく頼む」
ベルゼビュートは小さく笑い、ジュリウス皇子は真剣な面持ちで礼を口にする。
その様子を見て、皇帝も玉座で満足げに頷くのだった。
「それじゃあ、ジュリウス殿下。さっそく材料の用意と、皇城の地下にある工房を使わせてほしいですにゃん!」
「もちろんだ、ヴァルカン。既に用意はしてある、昔のように好きに使ってくれ」
「了解にゃ、まずは武器の鍛冶から着手するにゃん!」
ジュリウス皇子と会話を交わし、皇帝に深く一礼するとヴァルカンは謁見の間を後にする。
アリアたちのアーティファクトを作るため、この城の地下にあるという工房に向かうようだ。
「さっそくだが……アリア、それにステラ。お前たちに稽古をつける。まずステラだが、お前はタンク兼アタッカーだと聞いている。よって、俺が稽古をつけよう」
「ジ、ジュリウス殿下自ら稽古を……!? すごいことですよ、ステラちゃん!」
「強いヤツと戦えて嬉しいのだ! です!」
ジュリウス皇子――勇者から直接稽古をつけてもらえるという事実に興奮するアリア。
ステラも野生の勘で、ジュリウス皇子が圧倒的強者だということを理解していたようだ。
不慣れな敬語を使いつつも、獰猛な笑みを浮かべている。
「ねぇ、アリア。もちろん私たちも一緒に戦うわよ!」
「そうです〜! 命を救ってもらった恩を返すのです〜!」
リリとフェリが名乗りを上げる。
さすがに危険すぎるので、アリアは止めようとするのが……二人の表情はこれまでになく真剣だ。
そして理解する。これは覚悟を決めた者の瞳だと――
「そういうことなら、妖精たちには私が稽古をつけるわ。今は戦うことはやめてしまったけど、戦い方を教えるくらいなら……ね」
「「…………っ!?」」
幼い顔からは想像もできないほどの妖艶な笑みを浮かべながら、ベルゼビュートが言う。
リリもフェリも、彼女の雰囲気に、言い得ぬ何かを感じ取ったようだ。
二人とも声にならない声を小さく漏らす。
(ステラには勇者皇子が、リリとフェリには聖魔王が稽古を……とんでもない状況だな。となると、あとはご主人の相手だが……)
タマがそう思ったタイミングで、ジュリウス皇子が再び口を開く。
「アリア、お前にはとっておきの稽古相手がいる。引き受けてもらえるかは微妙だが……まぁ、ついてこい」
そう言って、そのまま謁見の間の外に向けて歩き出す。
アリアたちは慌てて皇帝に一礼すると、ジュリウス皇子のあとについていくのだった。
◆
「す、すごい大きなお屋敷ですね……」
皇城から馬車で移動すること少し――
アリアたちは豪邸という言葉がピッタリの建物の前まで連れてこられた。
迷宮都市にも貴族の豪邸がいくつか存在するが、ここはそれとは比べものにならないほど広大な土地を有している。
ジュリウス皇子は屋敷の門を無言で開け、庭の中に入っていく。
ここは彼の所有している建物なのだろうか?
タマはそんなことを思ったのだが、どうやらそれは違ったようだ。
建物の扉の前までくると、重厚な扉をドアノッカーを使って数回ノックする。
待つこと少し、扉が開かれた。
そして、その先に立っていた人物を見て、アリアは「…………ッ!」と息を漏らし、硬直してしまった。
「あら、どうしたのですか、ジュリウス殿下?」
「すまないな、貴女に頼みたいことがある。話を聞いてもらえないだろうか」
「頼みごとですか……。まぁ、大体の予想はできますが……とりあえず話だけは聞きましょう」
扉の先にいた人物――腰まであるプラチナの髪と、アイスブルーの瞳を持ったメイド姿のエルフが、ため息を吐きながらジュリウス皇子に頷く。
アリアが絶世の美少女であれば、目の前の彼女は絶世の美女と呼ぶべき存在だろう。
それほどに美しく、神聖さを感じさせる存在なのだ。
「ア……〝アリーシャ〟……様…………っ?」
アリアが、やっとといった様子で言葉を紡いだ。
声は震え、目尻には涙が浮かんでいる。
(何!? アリーシャだと! それにこのご主人の様子、まさか彼女こそが……!)
アリアの胸に抱っこされたタマが、それを察する。
そう……目の前にいる美しきエルフ。彼女こそが、魔族の軍勢からエルフの里を守り、七大魔王の一柱を滅したと噂され、そして、幼いアリアを魔族の手から救った、剣聖――アリーシャ、その人だったのだ……。




