80話 慌てる虎耳娘と新たな試練
「……というわけです。リリちゃん、フェリちゃん、絶対に二人がハイピクシーとハイドライアドであることは内緒ですよ?」
朝の騒動から少し――
家のリビングで、アリアがリリとフェリに向かって事の重大さを説明する。
二人はアリアに言われて、ようやくことの重大さを理解したようだ。
リリもフェリも、良からぬことを考える人間に狙われた場合のことを想像して、顔面蒼白になっている。
「少し苦しいけど、庭の周りの木は夜中のうちに植えたってことにすれば良いにゃん。ここが住宅密集地じゃなくて良かったにゃん……」
とりあず人目につかなかったこと、そして庭に何本もの木が生えたことに対する言い訳を用意し、ヴァルカンもホッと息を吐く。
「まさか、こんな水にどんな傷でも治す力があるなんて驚きなのだ……」
ステラはテーブルの上に並べられた何本ものポーションの小瓶を眺めている。
せっかく湧いた生命の泉だ。
利用しない手はない。
アリアたちは空のポーションの小瓶に、生命の泉――エリクサーを入れて持ち歩くようにしたのだ。
これがあれば、どんな傷や毒を負うことがあっても、すぐに戦線復帰が可能である。
そのうえ、一口飲めばマナもMAXまで回復可能なのだ。
ちなみに、アリアはリリたちに迷宮で暮らしていた頃は世界樹や生命の泉を作り出したことはあったのかと聞いて見たところ……。
「そういえば、わざわざ作ったことはなかったわね」
「そもそも、迷宮には木々が生い茂っていたので自分たちで用意する必要はなかったのです〜!」
という答えが返ってきた。
どうやら、世界樹も生命の泉も、作ったのは今回が初めてのようである。
作れることは分かっていたが、必要なかったということだ。
「あと少し経ったら、庭を掘り起こしてみるにゃ。伝説の通りであれば、希少な鉱石が発掘できるはずにゃん」
「もし鉱石を手に入れることができたら、ヴァルカンさんに装備を作ってもらえますね♪」
「アリアちゃん……。まぁ、できる範囲でいい装備を作るにゃん。けど、私が鍛冶できるのはオリハルコンまでにゃ」
「そうですよね、それ以上の鉱石を加工できるのは、今は〝アーティファクトスミス〟だけだって言いますもんね――って、ヴァルカンさん? 顔色が悪いですが大丈夫ですか……?」
「な、何でもないにゃん……!」
アリアがアーティファクトスミスという単語を出した瞬間、ヴァルカンの顔色が目に見て悪くなった。
アリアは心配した様子を見せるが、ヴァルカンは、クワッ! と目を見開きながら何でもないと言い張る。
アリアは若干引いた様子で「そ、そうですか……」と引き下がるのだった。
……ところで、アリアが口にした〝アーティファクトスミス〟という単語だが、この世界にはそう呼ばれる鍛冶士が数人ほど存在する。
通常の鍛冶士では加工することが出来ない、ミスリルやアダマンタイト、それにヴィブラウムなどの特殊な力を持った鉱石を装備に加工する鍛冶スキルを持った鍛冶士の総称だ
そんな力を持つ彼らであるからして、その全てが国家に管理されている。
自分の意思で鍛冶をすることは許されず、国家の命令でのみ、その力を振るうことが許されるのだ。
(この慌てぶり……。まさかヴァルカン嬢……いや、そんなことはありえんか)
ヴァルカンの反応を見て、タマは(もしや……)などと考えるのだが、そんなことはありえないと、自分の考えに内心苦笑するのだった。
「アリア、そんなことより我はお腹が減ったのだ! 朝ごはんをまだ食べてないのだ!」
「あ、そうでしたね、ステラちゃん。まずは朝ごはんにしましょう。ヴァルカンさんも食べていきますよね?」
「にゃ〜! せっかくだし、ごちそうになるにゃん!」
早朝の騒動で、朝食のことなどすっかり忘れていたアリアたち。
せっかくだからと、ヴァルカンも一緒に朝食をとることにする。
そんな時だった……。
コンコンコンッ――
玄関の方からノックオンが聞こえる。
まだ早い時間だというのに、いったい誰だろうか。
「おはよう、みんな。朝早くからごめんなさいねん?」
そんなセリフとともに現れたのはギルドの受付嬢、アーナルド・ホズィルズネッガーさんだった。
「何か起きたようですね、アナさん」
口調は普段通りだが、アーナルドが纏う雰囲気がいつもと違う……どこか緊迫したものに変わっていることに気づき、アリアは真剣な表情で問う。
「さすがアリアちゃん、鋭いわね……。実は、みんなにお願いがあって来たの。ギルドからの指名依頼よん」
「ギルドからの指名依頼にゃ? いったいどんな内容にゃん?」
「ヴァルカンちゃん、実は最近迷宮の様子がおかしいのよん。普段は現れないような強力なモンスターが一層目に現れるようになってねん。その頻度が日に日に上がってきて、何人かの死傷者が出ているの」
アーナルドが悲痛な表情で、状況を説明する。
迷宮での異変、モンスターが外に溢れ出てこないのを考えるに、氾濫が起きたわけではなさそうだ。
だが、迷宮へ冒険者を派遣しているギルドとしては、こうも冒険者を失ってしまっては大きな損失だ。
これ以上の被害が出る前に、高ランク冒険者であるアリアたちに強力なモンスターの駆逐、及び異常の原因の調査を頼みたいとのことだった。
「そういうことであれば見過ごすことはできません。依頼をお受けします」
「ありがとう、アリアちゃん! きっとそう言ってくれると思ってたわん!」
「仲間が行くなら、私もついてくにゃん!」
「何だか面白そうなのだ、我も行くのだ!」
依頼を受諾するというアリアの言葉に、アーナルドはパッと表情を輝かせ、ヴァルカンとステラも同行すると意気込む。
「私も行くわよ〜!」
「アリアさんたちのお役に立ちます〜!」
リリとフェリも同行すると名乗りを上げる――のだが……。
「リリちゃん、フェリちゃん、今回は危険です。二人が住んでいた迷宮以上に危険なモンスターがいるかもしれませんよ?」
……二人の身を案じて、アリアはそれを止めようとする。
「大丈夫よ、こう見えて私たちはけっこう強いのよ?」
「です〜! アリアさんたちの足手まといにはならないのです〜!」
心配するアリアをよそに、二人は何としてもついてこようとする。
まぁ、考えてもみれば、リリもフェリも長い間迷宮で暮らしていたのだ。
あの森林型の迷宮はそれなりに強力なモンスターも徘徊していた。
そんな中で余裕綽々といった様子で生き延びていたのだから、戦闘には自信を持っているのだろう。
(少々不安ではあるが、いざとなったら我が輩が守ってみせようぞ。我が輩はこのパーティの騎士なのだからな)
仲間の剣となり盾となる。
騎士とはそういうものだ。
タマはアリアの顔を見つめると、静かに……しかししっかりと頷いてみせる。
「ふふっ、タマがついていてくれれば怖いものなんてありませんね♡」
心強い自分の騎士、アリアは彼のことを愛おしげに抱きしめる。
(本当に……本当に立派になったわね、アリアちゃん。何だかとっても誇らしいわん)
この都市へ来た頃とは違い、今はAランク冒険者にまで登り詰め、自信に溢れる彼女の姿に、妹の面倒を見るように接してきたアーナルドは、どこか誇らしい気持ちになるのだった。
そうと決まれば話は早い。
アリアはアーナルドと正式な受注契約を交わす。
その後は簡単に朝食を済ませ、しっかりと装備を整え、必要な物資をタマの《収納》スキルの中に格納すると、皆を連れて迷宮へと向かうのだった。




