65話 好奇心旺盛な妖精たち
「ぴくしーにどらいあど? なんだそいつらは、美味いのか?」
「ステラちゃん、彼女たちは食べ物ではありません。妖精族と呼ばれる森や森林型の迷宮に住む種族のことです。わたしも資料でしか見たことはありませんが……」
ステラが不思議そうな顔で疑問を漏らすと、アリアが説明する。
そんなアリアの顔はどこか嬉しそうだ。
アリアの言った通り、リリとフェリ……ピクシーとドライアドは妖精族と呼ばれる存在だ。
滅多に人の前に現れることはなく、姿を見つけてもすぐに逃げられてしまうことがほとんどだ。
だが、一度目の前に姿を現せば、その者に富を与えるという言い伝えがある。
「あははっ、それにしても面白い生き物ねアンタ」
「ちっちゃくてモフモフで可愛いです〜」
アリアがステラに妖精族について説明していると、リリとフェリがタマに興味津々といった様子で近寄ってくる。
フェリがタマに手を伸ばし、その小さな体を抱き上げる。
そんなタマの背中に、リリが「わーい!」と言いながら背中に飛びつきモフモフし始める。
「に、にゃ〜?」
急にじゃれついてくる二人の妖精族に、タマはどうしていいか分からず戸惑った声を出す。
「えっと……リリちゃんにフェリちゃんでしたっけ? その子の名前はタマといいます。わたしはアリア、隣の彼女はステラちゃんです。茂みの中からわたしたちのことを窺っていたようですが、何か用ですか?」
「あはは、タマっていうんだ! 見た目だけじゃなくて名前まで可愛いのね!」
「アリアさんにステラさんですね。私たちがあなたたちの様子を窺ってたのはタマさん可愛くてお友達になりたかったのと……」
「アリアの鞄の中からいい匂いがするからよ! ねぇねぇ、私たちに少しくれない?」
タマをモフモフしながら、アリアの問いに、リリとフェリが代わる代わる答える。
「鞄の中からいい匂い……もしかしてこれですか?」
そう言って、アリアがバックパックの中から小さな容器を取り出し蓋を開ける。
すると、中から香る甘い匂いにリリとフェリは、にへらっとダラシない表情を浮かべる。
「ああっ! 食べたい食べたい!」
「なんていい匂いなんでしょう〜」
二人が夢中になる物の正体、それは保存食の果物の蜜漬けだ。
どうやら二人とも、この匂いに釣られて、アリアたちの跡をつけていたらしい。
「ふふっ、二人とも可愛いですっ。よかったらどうぞ」
「「やった〜〜っ!」」
アリアに蜜漬けの入った容器を差し出されると、リリとフェリの二人は勢いよく飛びつく。
フェリは手づかみではあるが、どこか上品な様子で蜜漬けを口に運ぶ。
リリは小さな体で蜜漬けの欠けらを持ち上げ、ムシャムシャと食らいつく。
二人して小さなほっぺをいっぱいに膨らませてモキュモキュと味わう姿はなんとも愛らしい。
「ぷはぁっ! フェリ、やっぱり人間の食べ物は美味しいわね!」
「そうですね〜、人の作った食べ物なんていつ振りでしょうか〜」
あっと言う間に蜜漬けを平らげたところで、リリとフェリがそんな会話を交わす。
その会話内容にアリアは……。
「リリちゃんにフェリちゃん、もしかしてわたしたち以外の人間にも会ったことがあるのですか? この迷宮は生まれたばかりですし、わたしたち以外の人族は踏み入れていないはずなのですが……」
と、疑問を投げかける。
「生まれたばかり? っていうことは……」
「もしかしてこの場所はまた転生したのかしら〜?」
アリアの疑問に対し、リリとフェリが顔を見合わせながらそんなことを言う。
「迷宮が転生……もしかして、ここは〝転生型の迷宮〟なのですか?」
迷宮にはいくつかある。
迷宮都市の迷宮の様に、ずっと同じ場所でモンスターを生み出し続ける迷宮もあれば、場所を転移するもの、そしてなんらかの理由で迷宮としての役目を終え、迷宮内部の状況をリセットし生まれ変わるもの――アリアが言う転生型の迷宮とはそれのことだ。
「その通りよ! ねぇ人間――じゃなくてアリア、よかったらこの迷宮の中を案内してあげましょうか?」
「え!? いいのですか、リリちゃん?」
「もちろんです〜。美味しい食べ物ももらったし、タマちゃんとお友達にもなりたいですし、それに、アリアさんたちは悪い人間に見えませんから〜」
リリの突然の提案に食いつくアリア。それに対し、フェリがおっとりした様子で答える。
どうやらよっぽどタマのことが気になるようだ。
アリアに答えながら、リリとフェリはまたもやタマにモフモフし始める。
「ぐぬぅぅぅぅ! 我ですらまだ抱っこできていないというのに! 小さき者たちよ、タマから離れるのだ!」
「ひ〜っ! 怒ったかと思ったら変身した!?」
「まるでドラゴンみたいです〜ッッ!」
タマに好き放題じゃれつくリリとフェリの姿を見て、ステラは嫉妬心を爆発させてしまったようだ。
ドラゴニュート形態へと変身し、二人を追い払おうと躍起になる。
――ステラ、その辺にしておけ!
――ぐっ、タマ……。
リリとフェリが恐怖でガクガクと体を震え始めさせたところで、タマが念話で仲裁に入る。
タマに言われてはさすがのステラも大人しくならざるを得ない。
渋々といった様子で変身を解くのだった。
「もう、仕方ないですね。いいでしょう、ここでの攻略を終えてグラッドストーンに戻ったら、ステラちゃんにも一回だけタマを抱っこさせてあげますっ」
(ちょっ、ご主人! 何を勝手に……!?)
アリアの言葉にタマは驚愕し、可愛らしい瞳を目一杯に見開く。
「何!? 本当かアリア!」
「ステラちゃんが協力して戦えるようになったご褒美です。でも一回だけですよ?」
「やったなのだ! よし、ぴくしーにどらいあど! さっそく案内するのだ、それで早く戻るのだっ!」
タマの気持ちなどお構いなしに、アリアとステラは勝手に決めてしまう。
なんだかタマを餌にステラをコントロールするのに手慣れてきたアリアに、タマは (ご主人……)と、ため息を吐くのだった。
まぁ、それでも一回だけと制限を付けているのを聞くに、アリアが女としてのステラに警戒を解いていないのが窺い知れるが……。
「それじゃあ案内するわ! タマ、これが終わったら私たちと友達になりなさいよ?」
「タマちゃんをモフモフするの気持ちいいです〜」
タマと友達になるためだけに、アリアたちに恩を売ろうとするリリとフェリ。
妖精族の感覚とはよく分からないものだ。
だが、アリアにとっては棚から牡丹餅だ。
手付かずの迷宮を妖精族というナビゲーター付きで攻略できるのだから。
「それで、アリアたちはどんな物が目当てなのよ?」
「モンスターの毛皮ですか〜? それとも薬草ですか〜?」
「どれも魅力的ですが、まずはトレジャーボックスを手に入れたいところです。装飾された箱のようなものに見覚えはありませんか?」
目当てのものを聞いてくるリリとフェリに、アリアはトレジャーボックスを所望する。
手付かずの迷宮であれば、出会える可能性も低くはない――そう踏んだからだ。
「それだったらあったわよね、フェリ?」
「あったねリリちゃん〜。それじゃあ、まずはそこまで案内します〜」
思った通り、リリとフェリからそんな答えが返ってきた。
アリアは嬉しさのあまり、「やりましたっ!」とタマを持ち上げ、タマをむにゅん! と胸に抱きしめるのだった。




