63話 成長の兆し
早朝――
(ふむ、どうやら誰も足を踏み入れてはいない様子だな。これはご主人が喜ぶであろう)
森林エリアへと足を踏み入れたところで、タマはこのエリアにまだ人が入ったことがないようだと気づく。
森林エリアをグルリと回ってみた結果、草木が生い茂るばかりで、出入り口となりそうな場所は一箇所だけであった。
そして、その出入り口付近には人の足跡は確認できなかった。
それ即ち、このエリアにまだ人が入っていない証拠となる。
(それにこの気配……モンスターの放つ殺気だな。やはりここは迷宮なのだろう)
タマの野生の勘が、そのことを気づかせてくれる。
「ふんッ、雑魚どもの気配がするな」
「たしかにモンスターの気配を感じます。ステラちゃんが強いのは分かりますが、油断は禁物ですよ?」
元ドラゴンであったステラに、自然の中で育ったアリアも、森の中から漂うモンスターの気配に気づいたようだ。
ステラは興奮した様子で口元をニヤリと歪め、アリアはこれから起こるであろう戦闘に緊張しているのか、腕を摩っている。
「にゃあ〜」
「あんっ、タマったら……わたしを励ましてくれてるんですね?」
アリアの胸元から彼女の頬に頭をスリスリすることで、タマはアリアを元気づけようとする。
アリアはそんなタマの気遣いに、ふっと肩の力を抜くのだった。
「ぐぬぬぬ……アリアばかりズルいのだ!」
ステラはまたもや悔しげだ。
「ステラちゃん、今回はヴァルカンさんがいませんから、前以上に連携が必要になります」
「ふんッ、そんなに一緒に戦いたいのならアリアが我に合わせればいいのだ」
アリアからの忠告も、ステラは取りつく島もないといった様子だ。
自分よりもアリアが弱いことが判明してから、彼女に対して尊大な態度を取るようになってしまったのは、ここ数日が経過した今も変わらない。
(困りましたね……。せっかく手付かずの迷宮を攻略できるというのに、これでは早々に引き上げることになってしまうかもしれません……何かいい方法があればいいのですが――そうだ!)
なんとかステラに連携を取らせる方法が無いものかと悩んでいる途中で、アリアはとあるアイディアに閃く。
そのアイディアとは……。
「タマ? あなたは一人で好き勝手に暴れる女性よりも、みんなで協力して戦える女性の方が好きですよね?」
アリアがタマに向かって優しい笑みで語りかける。
その様子を見て、ステラが「……ッッ!?」と目を見開く。
(そ、そういうことか、ご主人……。我が輩をだしにステラに言うことを聞かせようという算段なのだな? うーむ、ステラの気持ちを利用するようで気が引けるが……ここは仕方あるまい)
アリアの言わんとしていることを読み取ったタマはそう判断すると――
「にゃ〜ん(もちろんだ、ご主人)!」
と可愛らしく鳴いて、コクコクと頷いてみせるのだった。
「ぐぬぬぬぬぬぬっ! き、気が変わったのだ! アリアと一緒に戦ってやるのだ! 我は協力して戦える女なのだっっ!」
効果はテキメンだった。
好き勝手に前へと歩き出していたステラが慌てた様子で戻ってくると、アリアを庇うように盾を構えるのだった。
「ふふっ……タマ、どうやらステラちゃんが協力して戦う気になってくれたようですっ! よかったですね?」
「に、にゃーん(ご主人、こんな強かな面もあったのだな……)」
タマは思うのだった。
「さて、まずは奥に進みましょう……と言いたいところですが、タマ、まずはあなたのバフを与えてくれますか? 能力の向上も目的ですが、ここは森林型の迷宮です。きっと状態異常を起こす虫型のモンスターも存在するでしょう」
(ほう……ご主人、そのことに気づいておったか、さすが日頃ヴァルカン嬢とモンスターや迷宮に関しての知識を磨いているだけのことはあるな)
タマは感心する。
今まで、アリアは自分の力を磨くことだけに注力してきた。
しかし、ヴァルカンとパーティを組んだことで、彼女からモンスターや迷宮に挑む際に、知識が物を言うことを学んでいた。
そのおかげもあって、かつてはゴブリンとその変異種であるゴブリンメイジとの見分けがつかず窮地に陥ったアリアも、今では初めての迷宮を前にして、ここまで冷静な対処ができるようになっていた。
それだけではない。
どうやらアリアは、ヴァルカンの指揮能力も吸収していたようだ。
だからこそ、アクシデントが多かった今回の依頼も無事に達成することができたし、こうしてステラの手綱を取ることにも成功している。
アリアは戦闘力だけでなく、人間としても成長し始めているのだ。
その事実に、タマはなんだか自分の娘が成長してくのを感じ取るかのような、ほっこりした気分になるのだった。
「にゃん(ではいくぞ、《獅子王ノ加護》)ッ!」
タマが鳴く。
すると黄金色のオーラが、タマとアリア、それにステラを包み込む。
これで三人の能力は飛躍的に向上し、懸念していた状態異常を起こすモンスターからも守ることができる。
更に、この迷宮は木々が生い茂り外からの光が入ってきづらい。
視界が薄暗くとも、《獅子王ノ加護》には暗視効果があるので楽々進むことができるであろう。
『キキッ!』
『キキィィィッ!』
歩き始めて数分後、アリアたちの前に二体のジャイアントエイプが現れた。
「出たな猿どもめ! 我の剣で叩き斬って――じゃなくてっ、どこからでもかかってこいなのだっ!」
さっそく飛び出そうとしたステラではあったが、すぐにハッとした様子でその場に踏みとどまると、いつでも迎撃できるようにメガシールドを構える。
タマは(ほうっ……)と、少し感心する。
口ばかりで、いざとなれば飛び出していってしまうのではないかと懸念していたからだ。
しかし、ステラのタマに好かれたいという思いはそんな生半可なものではなかった。
ドラゴンの――強者としてのプライドを捨てても、アリアと共闘し、タマを振り向かせたかったのだ。
「タマ、まずはステラちゃんと私で、どの程度連携が組めるか試してみます! 隙を見て援護をお願いします!」
「にゃあ(了解だ、ご主人)!」
アリアの指示に、タマは鳴くことで応えると、彼女の胸の中からポヨンっ! と抜け出し地面へと着地する。
それと同時に、ジャイアントエイプがダッ! と駆け出し、迫り来る。
一体はステラ、もう一体はアリアへと――
「そう来るなら……えっと、こうなのだ!」
自分へと迫り来る一体へとステラはドラゴニュート形態へと変化し、メガシールドによるチャージアタックをお見舞いした。
後方へと勢いよく吹き飛ぶジャイアントエイプ。
その姿を見たもう一方のジャイアントエイプが驚愕し、一瞬だが動きを止める。
「ナイスですステラちゃん!」
その一瞬の隙を突いて、アリアは《アクセラレーション》を発動し、自身の動きを加速させる。
そして――ドスッッ!
ジャイアントエイプの懐に一気に飛び込むと、そのまま心臓めがけてナイフを突き刺した。
『ギィィィィィィ――ッ!』
断末魔の声を上げるジャイアントエイプ。
最期の力を振り絞り、アリアを絞め殺そうと両腕を動かそうとするが――
「にゃん(させるか)ッ!」
それを見切ったタマが、《触手召喚》を発動し、ジャイアントエイプの腕を拘束する。
抵抗虚しく、ジャイアントエイプはその場に崩れ落ちた。
「タ、タマ……! 触手をこっちにも頼むのだ!」
――任せろ、ステラ!
ステラの要請に、彼女には念話を送ることで応えるタマ。
今まさに立ち上がろうとした後方のジャイアントエイプの動きを触手で拘束する。
「終わりなのだぁぁぁッ!」
咆哮して駆け出すステラ、身動きを取れずにいるジャイアントエイプの頭に、グレートソードを叩き込むことで――勝敗は決した。
かなりぎこちない部分はあったものの、連携を組むといった意味では一応及第点と言える結果ではなかろうか。
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