148話 偽物の聖女
「喰らうのだ!」
「潰れるにゃん!」
混乱に陥った敵前衛部隊に、ステラがカラドボルグでチャージアタックを仕掛け、ヴァルカンがミョルニルで次々と敵を叩き飛ばしていく。
敵は混乱に陥っているとはいえ、電気を帯びた攻撃を躱しながらここまでの活躍っぷりを見せつけるのは、さすがと言うべきだろう。
ステラとヴァルカンの活躍に勇気づけられ、ホロ側の前衛部隊も戦意を取り戻し、果敢に攻撃を仕掛けていく。
このままいけば、ホロの里が勝利を収めるのは時間の問題……そう思われた時だった。
『《ボルテックイービルスルト》……ッ!』
戦場に、そんな声が響き渡った。
そして次の瞬間――
敵部隊後方から、禍々しい色の稲妻を帯びた、紫の魔剣が降り注いできた。
「《セルシウスプロテクション》……ッ!」
咄嗟に防御スキルを発動するシエル。
巨大な氷の盾がいくつも展開し、味方を守る。
しかし、敵の攻撃はそれ以上に広範囲だった。
庇いきれなかったホロの里側の前衛部隊は、その攻撃に曝され、三分の一が戦闘不能に追い込まれてしまった。
「ようやくお出ましなの……」
静かに、後方から最前線へと歩いてくるマイ。
その視線の先には――
『ウフフフゥ……雷精霊の力は素晴らしいわねぇ……』
――ウットリした表情で、自分の手の中にある禍々しい剣を見つめる女が一人。
赤銅の肌、緑の長髪、そして悪魔のような二本のツノ……七大魔王が一柱、ベルフェゴールだ。
だが、前と少し様子が違う。
その体から、バチバチ……ッ! と紫電を纏わりつかせている。
先ほどの言葉、そして今の状態を見るに、やはり雷精霊の力を自分のモノとすることに成功したようだ。
「おお……! 〝聖女〟様だ!」
「聖女様が前線に! これで勝てるぞ!」
エレボル族の戦士たちから、そんな声が次々と上がる。
「聖女……そういうことですか」
エレボル族の言葉を聞き、理解するシエル。
エレボル族は、雷精霊ボルトを信仰する一族。
ベルフェゴールは封印されていたボルトを何らかの方法で解き放ち、自分のモノとした。
ボルトの力を自在に操るベルフェゴールの存在は、エレボル族にとって、まさに聖女というわけだ……。
信仰の力を利用し、エレボル族を騙し、そして自分の軍として使う……。
その卑劣なやり方に、シエルは先ほど以上の怒りを覚える。
『聞きなさぁい、ホロの里の民たちよ! ワタシの目的はお前たちの持つサモンゲートよ。それをこちらに明け渡すなら、見逃してあげてもいいわぁ……!』
余裕の笑みを浮かべながら、そんなことを口にするベルフェゴール。
やはり、アリアたちの睨んだ通り、ベルフェゴールの目的はサモンゲートだったようだ。
「お前に渡すわけがないの! 《黒ノ魔槍》――ッ!」
ベルフェゴールに向け、マイが闇魔法スキルを放つ。
三つの漆黒の槍が、凄まじいスピードでベルフェゴールに襲いかかる。
対し、ベルフェゴールは口の端を吊り上げると、その場で手にした魔剣を一振り。
すると、ベルフェゴールの前に紫電が走り、マイの攻撃を掻き消してしまったではないか。
『無駄よぉ……お嬢ちゃん? この剣は、精霊ボルトをワタシの力で武器へと変換した精霊武器――〝精霊剣ボルティア〟というのぉ。上級スキルくらい無効化しちゃうのよぉ?』
さらに怪しい笑みを深めながら、挑発するようにマイへと語りかけるベルフェゴール。
その言葉を聞き、エレボル族の戦士たちが一気に沸き立つ。
「じゃあさ、スキル以外の攻撃だったらどうなんだい?」
そんな声とともに、セドリックが勢いよく飛び出した。
漆黒に染まった長剣を構え、ベルフェゴールへと急接近する。
『《ボルテックイービルスラッシュ》ッッ!』
とんでもない速度で接近するセドリックに対し、ベルフェゴールは紫電を帯びた禍々しい色の飛ぶ斬撃を、精霊剣ボルティアから放った。
斬撃を受け止めとようと長剣を振り上げるセドリック。
しかし、その刹那――
セドリックはその場でサイドステップして、避けるような動作をする。
紫電を纏う斬撃が、セドリックの長剣に吸い込まれる。
しかしその直後、セドリックの長剣とベルフェゴールの斬撃の間で、大爆発が起きたではないか。
「く……っ、とんでもないエネルギー量だね……」
サイドステップすることで、何とか爆発から逃れたセドリック。
斬撃が接触する瞬間、ベルフェゴールの放った攻撃の膨大なエネルギー量を見切り、闇魔力を纏った長剣でも吸収しきれないと判断、、吸収できる分だけを吸収。あとは回避することを選択したのだ。
このまま攻撃を仕掛けるのは危険――
そう判断したセドリックが、大きくバックステップし後退する。
『アハハハハァ――! それじゃあ今度はこっちの番よぉ……《ボルテックイービルスルト》ッッ!』
再び大量の魔剣を召喚し、ホロの里の戦士たちに向けて放つベルフェゴール。
「《セルシウスプロテクション》ッ!」
「《黒キ祓ウ者》っっ!」
ホロの里の戦士たちを守るため、シエルが氷の盾を、マイが漆黒の魔法陣のような形をした盾を展開する。それでも敵の攻撃を防ぎ切ることはできない。
ならばと、セドリックが先ほど吸収したエネルギーを放ち、何とかベルフェゴールの攻撃を防いでみせる。
しかし――
『ウフフフフゥ……もう一度行くわよぉ! 《ボルテックイービルスルト》ォォ――ッッ!』
攻撃が防がれるや否や、またもや同じスキルを発動するベルフェゴール。
間髪入れずの範囲攻撃……先ほどのように防ぎ切ることは不可能だ。
こうなれば、ある程度の犠牲を覚悟して、ベルフェゴールに全力の突撃攻撃を仕掛けるしかない!
そんな覚悟を決めたセドリックや他のパーティメンバー、そしてホロの里の戦士たちに、紫電を帯びた禍々しい魔剣が降り注ごうとする――