115話 兎耳族の勇者
「えっと……あなたは……」
「私の名は〝シエル・セルシウス〟といいます」
「……ッ!?」
彼女――シエルの名を聞いた途端、アリアは目を見開く。
シエル・セルシウス――
その名は、先の魔神の黄昏で活躍した、勇者の一人の名だったのだ。
(まさかこのような大物まで出てくるとは、いよいよもって、危なげな話になってきたな……)
未来人の次はこの時代の勇者の一人の登場……いったいどのような展開になるのか、アリアの胸の中で行方を見守る。
「その様子なら、私のことは知っているようですね。では、本題を単刀直入に言います。……私の住う国――ウルスクラ王国に――〝未来の世界から魔王が現れました〟。そこで……アリア、あなたたちにその討伐の協力を要請したいのです」
――アクアマリンの瞳を細めながら、女勇者シエルは……そう言いきった。
「未来の世界から魔王が現れた……ですか?」
(ここにきてまた未来の世界と言う単語、それに加え、魔王という単語まで出てきたか……ッ!)
あまりの展開に、一瞬目眩でも覚えそうになるアリアだったが、何とか冷静を保ち聞き返す。
タマもその瞳を鋭く細める。
「はい。正確には私の住う国で、新たな魔王の反応を感知した……と言った方が正確です」
アリアの言葉に頷きながら、話を進めるシエル。
ウルスクラ王国には、過去の魔神の黄昏で暴れ回った七大魔王の一柱が封印されているという。
そして、その魔王の封印状態を、とある魔道具で日々監視しているとのことだ。
「しかし数日前、封印されている魔王と同種の反応が突如現れたのです。つまり現在、封印されている魔王――〝ベルフェゴール〟の反応が二つ確認されているという状態にあるということです」
冷静な、それでいて真剣な表情でさらに話を進めるシエル。
そして魔王ベルフェゴールの反応が確認された直後、シエルのもとにマイが現れた。
マイは外部に一切漏らしていない魔王の情報を言い当て、新たに現れた反応は未来からきたベルフェゴールのものだと、シエルに情報をもたらしたという。
「普通であれば信じられない話ではありますが、彼女――マイの持つ力、そして彼女の言葉と今ある状況を照らし合わせれば、辻褄が合ってしまうのです」
そう言って、言葉を区切るシエル。
どうやらアリアたちの頭の中を整理させるための時間を与えてくれたようだ。
「一つ質問なのですが、どうして私たちにそのような依頼をしてきたのですか? その話が本当なら、相手は魔王です。もっと相応わしい依頼先があるのでは……」
もっともなことを言うアリア。
そんな彼女に対し――
「それはダメなの! このメンバーが〝パラドックス〟を最小限に抑えて、ベルフェゴールを倒すことができる最良のメンバーなの! アリーシャお母さまや他の人に未来の情報を与えると、因果律がメチャクチャになっちゃうの!」
――慌てた様子で、マイが答える。
またもや聞き慣れない単語が出てきたことで、アリアとタマはまたもやポカンとした表情を浮かべるが、それについてセドリックから説明が入る。
「アリアさん、それにみんな、今回、ベルフェゴールは何らかの方法で未来からやってきた。もし未来からきたベルフェゴールがこの時代で暴れ回れば、歴史はメチャクチャに変わってしまう、この辺はわかるよね?」
セドリックの質問に、アリアとタマはコクリと頷く。
ステラとリリ、フェリは……もはや理解を諦めたらしく、三人で指遊びを始めている。
まぁ、いいか……。とでも言いたげな表情で、セドリックが説明を再開する。
「それと同じように、この時代の人間がベルフェゴールを倒すために大々的に動けば、それはそれで本来の歴史がメチャクチャになってしまうんだ。マイちゃんは未来における特殊な計算方法を用いて、それが最小限に抑えられるメンバーを選んだんだ」
「そのメンバーというのが……」
(今ここにいる我が輩たち、ということなのか……)
セドリックの説明により、何とか理解を得たアリアとタマ。
二人の表情を見て、向かいの席でシエルが小さく頷く。
その横で――
「さすがセドリックおじさまなの! 説明ありがとうなの!」
――と、声を上げて彼の腕にマイが抱きつく。
「マ、マイちゃん……っ」
困ったような表情を浮かべて頭をかくセドリック。
知っての通り、セドリックは女性が苦手だ。
そしてそれは小さな女の子が相手でも変わらない。
それ以上に、自分の姪だと名乗る少女に、どう接していいかわからない様子だ。
だが……決して心の底から嫌がっているわけではないようだ、その困った表情の中には少々の笑顔も混じっている。
彼とマイが血の繋がった間柄だというのは、本当なのかもしれない――
「どうでしょう、アリア。この依頼……受けてはいただけないでしょうか?」
セドリックとマイのやり取りを横目に、シエルが改めて問いかけてくる。
「……わかりました。未来の世界のことなどは、イマイチ理解できませんでしたが、魔王が現れたというのであれば放ってはおけません。少しでもお力になれればと思います!」
シエルの瞳をまっすぐ見つめながら、アリアはしっかりと応える。
「にゃ〜ん(我が輩もご主人を守るため、力になるぞ)!」
可愛らしい声を上げながら、アリアを勇気づけるかのように、彼女の頬に頭を擦るタマ。
そんなタマに、アリアは――
「ふふ……っ、ありがとうございます、タマ……」
――そう言い、愛おしげに彼の頭を撫でる。