第六章「設定」1
「なんだ...?これは...どういう...ことだ...?」
マスクを付けた白髪の青年が目を見開く。
白髪に前髪の左右一部が青く染まった青年。
彼の視線の先にはテレビが映っている。
テレビの画面には今年、日本で起こった強姦殺人事件、誘拐殺人事件、強盗殺人事件の数が映し出されていた。
その数はどれも777777件となっている。
「なんでだよっ!おかしーだろ!全部777777って、なんで、ぞろ目なんだよ...」
白髪の青年はテレビの前で頭を抱える。
そんな彼の背景が一転した。
暗闇が広がる。
彼の後ろにいつの間にか黒髪の青年が立っていた。
ボロボロのローブを身にまとった無表情な黒髪黒目の青年。
彼が口を開く。
「お前が誰かを憎むたびに、恨むたびに、この世界で人が死んでいく...」
歌うように死神のようなその青年は口ずさむ。
「お前が絶望するたびに、この世界で自殺者が増えていく...」
白髪の青年は呆然と、黒髪の青年を眺める。
「この世界はお前の思考を反映している」
「この世界はお前の意思を反映している」
白髪の青年、悟理達也は不食不飲になることに成功した。
彼は重度の潔癖症だった。
トイレの後には必ずシャワーを浴び体を清め、家に入れるものは電化製品だろうが全て水と除菌用洗剤で洗った。
外食はおろか、家で食べる物も限定されていた。
不食不飲になる決意をしたのは、トイレに行って排泄行為をするのが嫌だったからだ。
なにも口にしなければ排泄行為はしなくて済む。
なにより、人は食べなければ生きていけないという物質世界で根強く植え付けられた設定を解除することによって、他の設定も都合よく書き換えやすくなり、垢や老廃物も何も出なくなる、他人からも何も出なくなる、綺麗な世界になると信じていたからだ。
不食になるのは年単位かかった。
彼は潔癖がひどくなる前にベジタリアン食、フルータリアン食を実行しており、何も食べなくなるなら栄養価の低いものでも生きていける事を証明するかのように、途中から一日菓子一袋だけや、アイス一個だけの生活をするようになり、何日か不食不飲も行った。
バランス良く三食食事をしていた頃よりも体調が良くなり、疲れなくなり、傷の治りも早くなった事によって、彼の都合の悪い設定も解除されつつあると実感していた。
食べ物を買いに行こうとすると、決まって歩き道に犬のフンを配置され、悟理が苦手な生理的に受け付けない容姿の人間が周囲に現れた。
ひどい時には、明らかに彼の行く手を阻むように不衛生な人間がスーパーの食品売り場で寝っ転がっているという宇宙からの嫌がらせを受けた。
食べ物以外の物を買いに行くと、周りの客を含め全員清潔そうな女のみになっており、道も綺麗になっていた。
しかし世界が綺麗になると、その代わりにとでもいうように会う人間会う人間性格が悪くなっていた。
悟理の男にしては細く小柄な体型を嘲笑う太った女や、仕事の先で性格の良い人間が急に辞め、代わりに性格の悪い同僚や上司がやってきて悟理の悪口を言ったり、嫌味を言ってきたりした。
「なんで性格悪い奴が急に来たの?てか、向こうからやってきたくせに、いざ仕返ししたら俺だけ悪者扱いされるよな?」
家に帰りケータイを手に取り、アプリに入れたカードをシャッフルする。
このケータイも洗って部屋に持ち込んだものだ。
防水用ではなかったが、洗っても問題なく使用できた。
ケータイだけでなく充電器、パソコン、扇風機、テレビ、小型冷蔵庫など、除菌用の洗剤で思いっきり丸洗いしても壊れることなく順調に使えた。
そう、全て順調なはずだった。
シャッフルされたカードの停止ボタンを押す前に、部屋が暗転する。
「綺麗な世界になっても、性格のいい良い人間だけの世界になっても、お前は満足しないからだ」
背後から落ち着いた若い青年の声がかかる。
悟理は振り向く。
黒髪黒目の青年がそこに立っていた。
呼んでなくても、たまにこうやって姿を現す時がある。
彼は自分の事を天使と名乗った。
悟理は、全身真っ黒な彼を天使に見えないと言うと、便宜上そう名乗っただけで人間が言う天使も神も悪魔も同じようなものなので好きに呼んでかまわないと説明された。
分かっているのは、天使と名乗るこの青年が肉体を持たない意識体だという事。
「満足しないって、どういうことだよ」
悟理は水と埃をはじくタイプのジャージのズボンのポケットに手を突っ込み、黒髪の天使にそうたずねる。
「そのままの意味だ。自分の心に正直になれ、お前は創造神だ。どんなことでも実現可能だ遠慮せずどんな事が望みか言え」
天使の言葉に悟理はいぶかしむ。
創造神ってお前と同じもんってこと?
自分とは似つかないこの黒い天使から、まさかこんな言葉が出てくるとは思わなかった。
「あえて言うなら、他人と同じ空気吸ってんのが嫌だ。不食になれたんだから空気吸わなくても生きてけるようになりゃいいのに。それか俺の周りの人間全員、性格のいい美形にしてくんない?それならマスク外しても大丈夫かも。あと、虫も俺の家俺の行くところ一切出んなよ。間接的でも俺のものにも一切つくなよ」
何でもできると言われると、次から次へと望みが出てきた。
「あと、俺の悪口言った奴とか批判したことある奴、俺に悪意を向けたことあるやつ全員、拷問とかして苦しめて殺してくんない?そいつらだけ俺が作った抜け殻じゃなくて、俺と同じように魂ちゃんとあるようにして、そんで俺が安全な所から、そのゴミクズが苦しんで死ぬところ見せてよ。死んで終わりにすんなよ、また生き返らせて新たな苦痛味合わせてやれ、苦痛に耐性つけさせんなよ。俺の周りには都合のいい人間だけにしろ、俺の味方になる人間だけは虐殺されないようにしろ。ほら、早くやれよ、早くそういう世界にしろよ」
矢継ぎ早にまくしたて、悟理はふうと息をついた。
黒髪の天使は悟理をじっと見つめる。
「全部は無理だ」
「はぁ?!だってお前さっき何でも出来るっつったじゃん!」
思わず天使に詰め寄るが、彼の体を悟理の手がかすめる。
相手に肉体はない。
「それをやるとお前にストレスが一切なくなる。そうなると、危ない」
「どー言う意味だよ!」
「例えば汚れ一つないチリ一つない世界になったとする。そうなるとお前は、今現在綺麗だと設定しているものを新たに不潔なものだと判断するようになる」
天使の言葉に悟理は白髪を左右に振る。
「いや、ならない!絶対に!だから早くしろよクソ天使!」
「少し考えろ。お前はもっと悟る必要がある」
「なんでだよっ!おい!クソ天使!」
悟理の制止もむなしく、黒髪の天使はその場から消えていった。
室内に元の明かりが戻り、白髪の青年がその場に立ち尽くす。
「おいぃぃぃいいいいっ!」
納得のいく答えを得られないまま、勝手に退場され彼は頭を抱えた。




