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最強のおもちゃ箱  作者: 鷲野高山
1章 超絶強化のおもちゃ箱
9/10

九話 おもちゃ箱の大魔王様

 先程までは、澄み渡るような蒼が広がり、雲一つとしてなかった空。

 それがどうしたことか、今は雷鳴に続いて激しい雨粒が降り注ぎ、窓を、地を叩いている。

 まさに、青天の霹靂。一面、曇天の空。


 だが、精一郎にそれを気にする余裕はなかった。


(……何か、来る!?)


 大気が震え、空間がうねる、とでも形容すればいいのか。まるでとんでもない何かが、この場に現れようとしているかのような。

 特別な力も持たない精一郎であるが、そんな彼でも確かに感じ取れるほどの、異変。

 当然のごとくビビった精一郎は、思わず助けを求めるかのように、すぐ側にいるメイの顔を見るが。

 彼女は何も言わず、もはや見慣れてしまった無表情。だが、今はそれがすごく頼もしい。


 ……しかし、どこか不快さを露わにしているような気が――?


 平常運転のメイに、少々の冷静さを取り戻すと共に、寒気を感じる精一郎。


 その、刹那。

 どこからともなく現れた漆黒の闇が、精一郎の眼前より噴き出した。

 手を伸ばしたら、地獄に引きずり込まれてしまいそうな、深い黒。

 ただただそれを見ることしかできない精一郎をよそに、やがてその漆黒の闇は大きな人型となり。


「ガハハッ、ようやく我輩の出番だな! この時を待ちわびたぞっ!」


 それより現れた偉丈夫が闇と同色のマントを翻し、高らかに声を上げた。

 ……が。


「セーイチロウには私が着いておりますので、問題ありません。還って、どうぞ」

「なにぃ!?」


 それよりほぼノータイムに繰り出される、歓迎とは正反対のメイの冷たい言葉。

 豪快に笑っていた偉丈夫は、目を剥き、メイに詰め寄る。


「こともあろうに、この大魔王たる我輩を無碍にするかっ! その不敬、他の者であったらただちに打ち首であったぞ、メイよ!」


 唖然とする精一郎の前で、自らを大魔王と称した偉丈夫の言葉は続く。


「だいたい、貴様ならまだしも、何故一番最初に出たのがディノか!? あの程度の魔狼、我輩ならば指の一本も使わずに消滅させられたというに!」


 その言葉に、メイはあからさまに――むしろ見せつけるかのように溜め息を吐いた。


「貴方が出たら大混乱でしょう、この馬鹿魔王。かといって、赤ずきんちゃん並にか弱い私では狼に食べられてしまいます。ならば今の状態ですと、ディノが出るのは必然です」

「ハッ、冗談も大概にせい! 貴様がか弱いなど、どの口がいうか!?」

「……さて、セーイチロウが困っていますね。出てきてしまったならしかたない、さっさと挨拶でもして還りなさい、馬鹿魔王」


 流れもへったくれもなく、あからさまに話題を逸らすメイ。

 ……そのような拙い話術に、果たして引っかかる者はいるのだろうか?


「おおっ、そうであったっ」


 ……いた。もっとも、引っかかったのかは定かではないが。

 弾むような声と共に、精一郎へと振り返る偉丈夫。


 その姿は、二重の意味で非常に見覚えのあるものだった。


 一つは、つい先ほどその絵を見せられたがため。

 そしてもう一つは、何年と共に時を過ごしたがため。


 身に纏うは、頑強な漆黒の甲冑。その上より、これまた白の付け入る隙などないほどに深い闇を思わせる色のマントを羽織り。

 威厳を象徴するかのような豊かな白き髭、見る者を凍りつかせる真紅の双眸。

 その青白い肌は、人に非ず。


「大魔王、ファルハーン……」


 名を、大魔王ファルハーン。元の世界では、そこそこ有名であった児童書に登場する最恐最悪のラスボス。 

 それがどういうわけか、この世界では本物の魔王として君臨しているらしいが――しかし、彼もまた、確かに精一郎のおもちゃ。


「おう、おう、セーイチロウ。ようやっと、お主と言葉を交わせる時が来たな! あちらでは動くことこそできなんだが、お主の声は、確かに我輩に――いや、我輩達に届いておったぞ!」


 見る者に恐怖を与える真紅の双眸は、しかし精一郎に対しては嬉しげに細められており。

 つかつかと精一郎の前まで歩み寄っては、感慨深そうに見下している。


「さあさあ、ご主人様に対する挨拶は終わりました。とっとと還りなさい、馬鹿魔王」

「貴様、本当に我輩に容赦がないのう……。セーイチロウ、お主もそうは思わぬか?」

「え!? え、えっと……」


 確かに、ファルハーンへのメイの言動は辛辣。何が彼女をそこまで駆り立てるのか、或いは元来それが彼女の他の者への対応なのか。

 ……よくよく考えれば、精一郎にもそれは若干向けられている気がする。棘があるというか、なんというか。

 ゆえに、うん、と思わず頷いてしまいそうになる精一郎であったが。


(……ヒィッ!?)


 ギロリ、とメイが眼光を鋭く光らせた。

 思わず悲鳴が上がりそうになるのを、なんとか口元を押さえて留める。

 それを見たファルハーンは、呆れたように溜め息を吐き。


「メイ、貴様、もちっと素直になったらどうか? 我輩も内から見ていたが、特に名乗りの時など――」

「はて、なんのことでしょう? あまりいい加減なことを言うと、大魔王であろうがなんだろうが、容赦はしませんよ?」

「……まったく、とんだ赤ずきんじゃわい」


 嘆息するファルハーン(大魔王)。出てきた時の威風堂々とした姿は、欠片もない。

 ……などと、そんな事を考えている場合ではなかった。


「えっ、あ、あの、どういうこと?」 


 正確には、何故あちらの世界ではただの創作にすぎない彼が、この世界では大魔王として君臨しているのか。そもそも大魔王とはなんなのか、というのが精一郎の聞きたいことであった。

 だが、精一郎は気が動転しすぎてそれしか口にできない。


 ただ、それでも眼前の二人には充分だったようだ。


「ああ、それはじゃな――」

「ここは、どの側(・・・)でもない私が説明したほうがいいでしょう、馬鹿魔王」


 ファルハーンがまず口を開き、メイがそれを遮る。


「まず言っておきますが、この世界は、かつてセーイチロウの読んだ馬鹿魔王の登場する物語の世界とは関係がありません。全くの別物ですので、その考えを持っているなら捨ててください」

「は、はあ……」

「結構。さて、この世界には、セーイチロウのような人間、そしてそれとは異なる魔族、更に森で遭遇した魔狼などのモンスターが存在しています。そして、その魔族の頂点に何故か君臨しているのが、この馬鹿魔王」


 メイの横で、ガハハ、とファルハーンが笑う。


「しかしながら、それぞれの仲は良好ではありません。こと、人間と魔族は敵対関係にあります。その確執は古く、そして長く。人間は魔族を討ち滅ぼして平和をもたらそうと、そして魔族は――なんでか知りませんが、人間を襲います。なんででしょうかね、馬鹿魔王?」


 説明の途中ながら、メイがファルハーンに問うた。

 笑うのを止めたファルハーンは、一転神妙な面持ちとなると。


「さてな。我輩もよく分からんが、心の底にあるなにかが、人間は害悪だと告げておるのだ。それに、魔族は確かに人間を襲うが、人間に襲われるのも事実。所謂、恨みの連鎖じゃな。よくある理由にしながらも、取り除くのは難しい」

「とのことです。どの側でもない私からすれば、どちらが悪いなどとは一概に言いきれません。日本という比較的平和な国に暮らしていたセーイチロウにはピンとこないかもしれませんが、これがこの世界の姿となります」

「…………」


 簡単な説明であったが、その内容に精一郎は一瞬押し黙る。

 しかし、重々しい口調ながらも。


「じゃあ……」


 か細い声で、弱々しく。


「じゃあ……ファルハーンにとって、僕は害悪ってこと?」


 人間とは敵対関係にある、魔族という種の頂点に君臨する大魔王。しかし、それは確かに精一郎のおもちゃであったのだ。

 愛し、宝に思っていた存在が、自身に牙を剥く。その、なんと悲しきことか。


「いや、いや、そんなことはない! 確かにお主は人間であるが、セーイチロウは特別だっ」


 だが、そんな精一郎の言葉を、ファルハーンは焦ったような顔で否定した。

 そして次の瞬間、ドン、と己の胸を叩き、言ったのだ。


「――この大魔王ファルハーンの名に誓って! 我が分身、本体共に、我が認めた唯一の主を守り、危害を与えぬことを約束する!!」


 その宣言に、精一郎は喜ぶよりも驚き、目を瞬く。

 否定してくれたのは、嬉しかった。だが、彼の言葉の中に虚を突かれたのも事実で。


「……分身?」

「おう、ここにいる我輩は、紛れもなく大魔王ファルハーンの本体である。しかし、我輩の城に我輩がいなくては問題が起こる。ゆえに、我輩は我輩の城に我輩の分身を残し、本体たる我輩はセーイチロウのおもちゃ箱の住人として存在しているわけだ」


 我輩我輩と少々喧しいが、それはそれとして。


「ちなみに、城にいるのが大魔王の分身と知っているのは極僅か。その中には、我が娘も含まれている」

「娘?」

「うむ。我が最愛の娘じゃ、それはもう、可愛いぞ?」


 ファルハーンの娘、などという存在は、かつての世界には存在していなかったはず。やはり、メイの言う通り完全な別世界。

 しかし魔王の娘とは一体どんな存在なのか。全く想像がつかず、精一郎は頭を捻る。

 そんな精一郎を前に、魔王は。


「先も言ったが、セーイチロウは特別だ。我が娘も、婚約者筆頭候補たるセーイチロウと会うのをとても楽しみにしておる。我輩も、セーイチロウが正式に息子となるのなら、これほど嬉しいことはない」


 精一郎にとってはとんでもないことを、事も無げに言ってのけた。

 その豊かな白髭を弄び、満足気に頷きながら。


「こんや……え?」


 耳を疑い、頭を捻ったまま固まる精一郎。


「――どうじゃ、セーイチロウ。我が娘と結婚せぬか?」


 瞬間。

 バチィン、と小気味の良い音が、部屋中に反響した。

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