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最強のおもちゃ箱  作者: 鷲野高山
1章 超絶強化のおもちゃ箱
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一話 少年の最期

 この世で、一番大切な物は何か。

 そう問われたら、小守(こもり)精一郎(せいいちろう)は迷わずこう即答するだろう。


 ――それは「おもちゃ」である、と。


 おもちゃ、という単語だけではその種類は多岐に渡るが、ここで彼の言うおもちゃとは、つまるところ人形、ぬいぐるみなどのそれだ。

 では、なぜおもちゃなのか。それには、精一郎の人物像が大きく関係している。


 気弱、口下手、コミュ障。


 それが、彼の性格。率直に言えば、精一郎は人と面と向かって対話するのが苦手であったのだ。というより、極度の緊張でろくにできなかった。

 それは実の両親ですら例外ではなく、思うように会話することができない。そんな精一郎であるから、共に遊ぶ友達などできるはずもなく、所謂ぼっちであった。


 そんな精一郎であったが、しかし唯一、幼い頃から心を開き、緊張することなく話すことができたものがある。

 それが――人形やぬいぐるみといった、彼のおもちゃ達。

 無論、おもちゃが言葉を紡ぐことはない。ただ単に、精一郎が話しかけるだけの一方的なもの。しかし返事がなくとも、それで精一郎にとっては充分だった。言うなれば、おもちゃが彼の友達だったのである。


 故に、精一郎はおもちゃを大事に、愛している。いや、依存しているといっても過言ではない。


 ――お人形遊び。

 これが小さい頃なら、まあそれで通用するだろう。

 事実、彼の両親は、昔は微笑ましい目で幼い精一郎を見ていた。


 しかし、今の精一郎の年齢は、十代の中頃に差し掛かったところ。学年としては中学二年生。

 そんな年にもなって、友達の一人もなく、家でおもちゃに話しかけている。そんな息子を、微笑ましい目でなど見れようはずがない。


 幾度となく、両親は息子に言った。そんなことは卒業して、学校の友達と遊びなさい、と。

 しかし、気弱で滅多に反抗しない息子も、この時ばかりは声を精一杯荒げて両親に反抗したのだ。絶対に嫌だ、と。


 それほど、彼の生活からもはやおもちゃという存在は切り離せなくなっていたのである。


 そんな毎日を過ごしていた精一郎だったが。ある日、とうとう心に決めた母親は行動に出る。

 彼の大切なおもちゃ達を、残らずゴミに出したのだ。精一郎が寝ている隙に、彼の部屋に入って。

 よく言えば、息子の将来を思っての母親の行動。恨まれても、やらねば息子のためにならない、という親心。しかし精一郎にとっては、それは悪意でしかなかった。


 気付かぬ内に手を出してしまえば、気弱で消極的な息子は諦めざるをえない。そう母親は高を括っていたのだが。

 しかし、そんな彼の母親の予想を上回るほど、精一郎のおもちゃへの執着は強かった。


 朝起きて、大切なもの(おもちゃ)が一つとして無いのをすぐに気が付いた精一郎は呆然とした。けれどもすぐさま我に返り、部屋中を引っ掻き回して探し始める。

 その際に発生する物音で、母親が精一郎の部屋へ入ってきた。

 そして、まさに鬼気迫るような形相でおもちゃを見つけ出さんとしている精一郎に向けて、何でもないような口調で言ったのだ。


 ――おもちゃなら全部朝のゴミに出してしまった、と。


 聞いた瞬間、精一郎は家を飛び出していた。母親の制止する声を背に、駆け出した。

 外に出てみれば、どんよりとした雲が広がり、雨粒がざあざあと地を叩いている。

 それでも精一郎は躊躇なく踏み出した。探すのは、ゴミ収集車。ずぶ濡れになりながら、激しく降りしきる雨の中を必死で走った。


 そんな、雨の中を傘も差さずに走る彼を、道行く人々は皆不思議そうに見る。普段ならそれだけ(注目されるだけ)で緊張により顔が強張る精一郎であったが、この時ばかりはそれすら気にせず彼は足を止めなかった。


 自分が何処を走っているのか、ろくに分からない。無論、彼のおもちゃを乗せた車がどの道を進んでいるのかも分からない。でも、何かに突き動かされるように精一郎は走った。それしかできなかった。


 ……もし、このまま、二度と会えなかったら。


 つい、そう考えてしまう。瞬間、目の奥からじんわりと滲む、涙。

 一度そうなったら止まらず、次から次へと溢れ出る。更にはそれを上書きするような雨により、視界は既にぐちゃぐちゃだ。

 いや、そんなことはないんだ、と不安を打ち消すように精一郎はぶんぶんと頭を振った。


 ――彼が気付いた時には、前方にある信号が赤を灯していた。

 赤信号の道路を、渡っている。それを精一郎が視認、理解した、直後。


 すぐ側から、轟音のようなクラクション。光が、精一郎を照らす。

 キキーッ! とタイヤの滑る、甲高い急ブレーキの音。

 ビクリ、と身を震わせる時間すらなかった。

 精一郎の全身を尋常ではない衝撃が駆け抜け、跳ね飛ばされる。


 刹那の浮遊感。直後、ドサッ、と地に倒れ伏す。

 痛みよりも先に、暗く染まっていく視界。誰かの、悲鳴が響いた。


 糸が切れた人形のように、精一郎の四肢はピクリとも動きはしない。それでも、関係ないと言わんばかりに雨粒は精一郎の身体を叩き、冷たくする。

 その様はまるで、飽きられ、或いはボロくなり、打ち捨てられてしまったおもちゃのよう。


 ――死ぬ、のかな。


 己の身に起こったことを認識して、ぼんやりと精一郎は思った。頭は、不思議とそれを受け入れていた。

 近づいてくる複数の足音をバックに、やがて視界は黒い闇に包まれていく。

 完全な漆黒へと落ちる、その、間際。精一郎はふと思った。


 古くなったからと捨てることなく、昔から丁寧に、大切にしてきた宝物。

 願わくば、どうかおもちゃ達だけは――自分のように無惨な最期を迎えないでほしい、と。

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