第66話 網の向こう側
警察庁の会議室には、朝から複数の捜査資料が持ち込まれていた。壁際の大型画面には、東京都内の地図ではなく、会社名と個人名を結ぶ線が表示されている。線の色は、確認済みの取引、当事者の証言、まだ裏づけの取れていない接触を区別するためのものだった。
黒崎慎吾は、その図の中央に置かれた劉健明の名前を眺めていた。
劉が任意の事情聴取に応じた翌日から、捜査員たちは関係企業への照会と資料の照合を続けている。本人の説明だけでは曖昧だった金銭の動きも、銀行記録や契約書類を重ねることで、少しずつ輪郭を持ち始めていた。
ただし、輪郭が見えることと、犯罪を立証できることは別だった。
「新しく確認できた部分から頼む」
黒崎の言葉に、向かいの捜査員が資料を開いた。
「劉が使用していた事務所の賃料について、管理会社から契約関係の書類を受領しました。借り主は国内の法人ですが、実際の使用者として劉の名前が届け出られています。賃料は法人名義の口座から支払われていました」
「その法人の事業実態は?」
「登記上は翻訳と海外企業向けの市場調査です。実際に少数の取引は確認できています。ただ、劉の活動費とみられる支出については、通常の業務との対応関係が不明です」
別の捜査員が画面の一角を拡大した。
法人の口座に入金していた取引先のうち、一社が海外の調査会社だった。送金の名目は市場動向の調査委託料。金額だけを見れば、民間企業の情報収集業務として不自然とは言い切れない。
しかし、その入金日と劉が国内の技術交流会に参加した時期には、無視できない重なりがあった。
「送金元が中国にあるというだけでは、政府機関との関係は証明できません」
報告した捜査員は、自らそう付け加えた。
黒崎はうなずいた。
「そのとおりだ。海外から金を受け取ること自体は違法じゃない。問題は、何を依頼され、どんな手段で何を取得したかだ」
画面に新たな資料が表示された。
保守企業の社員が、社内の業務端末から印刷した設備保守記録。その印刷履歴と、劉が社員と会った日の記録は、すでに一致している。今回新たに判明したのは、社員が印刷する前に受け取っていた連絡の内容だった。
「本人が保存していたメッセージの一部を任意提出しました。最初の連絡者は劉ではありません」
「別の接触者か」
「はい。技術交流会で知り合ったと名乗る人物です。保守設備の一般的な運用について意見を聞きたいという話から始まり、途中で担当部署や保守記録の所在を尋ねるようになっています」
捜査員が文章の一節を読み上げた。
「『公開資料だけでは判断できないため、実際の保守周期が分かるものを確認したい』。その後、社員が社内規程上の問題を指摘すると、『正式な提供でなくても、内容が分かればよい』という返信がありました」
黒崎は資料に目を落とした。
そこには、依頼する側が非公開資料の存在を意識していたと解釈できる文言が残っていた。もっとも、それだけで相手の身元や、具体的な犯罪の成立が確定するわけではない。
「送信者の特定は?」
「使用された連絡先の契約情報などを確認中です。現時点で本人確認はできていません。ただ、社員が保存していた交流会の写真に、連絡者と思われる人物が写っています」
「劉と一緒にいたのか」
「同じ会場にいました。二人が会話している映像もありますが、そこで何を話したかは分かりません」
黒崎は写真を拡大させた。
スーツ姿の男性が、会場の片隅で劉と向き合っている。手には資料の入った封筒があり、二人ともごく自然な表情をしていた。
これだけなら、どこの展示会でも見かける光景だ。
それでも、別々の企業に接触した人物が同じ場でつながっていた事実は、調査の方向を変えるだけの意味を持っていた。
「この人物が劉に指示したと決めつけるな。まずは身元と接触経緯を確認する。それから、企業側の資料がどの範囲まで渡ったのか、もう一度整理してくれ」
「承知しました」
黒崎は資料を閉じず、別の報告書に手を伸ばした。
そこには、保守企業の社内調査で新たに見つかった記録がまとめられていた。
問題の社員は、劉と会った日の翌朝、社内の共有フォルダーへアクセスしていた。閲覧したのは設備の交換部品に関する一覧で、業務上の担当範囲から外れている。ただし、印刷や外部送信を示す記録は残っていない。
社員は、劉から部品の調達先について追加の質問を受けたため確認したが、回答はしていないと説明していた。
黒崎は、そこに赤い線を引いた。
「社員の説明が正しいなら、相手は保守記録を入手した後、調達経路に関心を移している。何を知ろうとしていたのか、質問の順番を時系列に並べよう」
「設備の内部設計ではなく、周辺の運用情報から調べていた可能性があります」
「可能性としてはある。ただし、目的はまだ一つに絞れない。競合企業の調査かもしれないし、別の狙いがあるのかもしれない」
黒崎は、画面の端にある未確認の線を見た。
捜査の初期には、劉という一人の人物が中心にいた。今はその周囲に、複数の企業、資金の提供者、連絡を取り持った人物が浮かび上がっている。
それらが一つの組織的な活動を示すのか、それとも独立した取引が偶然重なっただけなのか。
答えを出すには、まだ足りないものがあった。
その日の午後、状況は思いがけない方向から動いた。
劉が接触していた企業とは別の機械部品メーカーから、警察へ相談が寄せられたのである。
相談したのは同社の管理職だった。社員の一人が、海外向け技術調査を名乗る人物から、未公表の取引先情報を求められていたという。
社員は資料を渡していなかった。しかし、断った後も連絡が続いたため、上司に相談していた。
提出されたメッセージには、保守企業の社員が受け取ったものと似た表現があった。
公開されている仕様だけでは十分な評価ができない。実際の納入先と使用環境を確認したい。正式な資料が難しければ、口頭でも構わない。
黒崎は、二つの文章を並べて読んだ。
「同じ文面ではないな」
「はい。ただ、依頼の進め方が似ています。最初は公開情報について質問し、途中から非公開の業務情報に踏み込んでいます」
「連絡してきた人物は?」
「写真の男性と一致する可能性が高いです。相談者が交流会で名刺を交換しており、名刺に記載された氏名と所属も確認できました」
捜査員が一枚の名刺の写しを置いた。
そこには、海外市場調査を扱う会社の日本担当という肩書と、林浩然という名前が記されていた。
ただし、その肩書が実態を正確に示しているかどうかは分からない。
「本人への接触は慎重に進めたいと思います」
「その前に、企業側が保存している連絡記録を確保しよう。任意提出で得られるものと、法的な手続きが必要なものを分けて整理する。林本人の所在も確認してくれ」
「劉との関係については?」
「それも調べる。ただ、二人が知り合いだという事実だけで共謀とは言えない。役割を分担していたことを示す資料が必要だ」
黒崎は椅子の背にもたれた。
日本の企業が持つ情報に、国外から関心が向けられること自体は珍しくない。海外企業との商談、共同研究、設備の導入相談。その多くは正当な経済活動だ。
だからこそ、警察が調べるべきなのは相手の国籍や肩書ではなく、具体的な行為だった。
その境界を曖昧にすれば、捜査は容易に道を踏み外す。
黒崎は、林への連絡を急がせる代わりに、記録の保全を優先するよう指示した。
ところが夕方になって、劉の側に動きがあった。
劉が弁護士を通じ、警察へ連絡してきたのである。
本人は、先日の事情聴取で説明しなかった点について、追加で話したいことがあるという。ただし、弁護士の同席を希望していた。
「応じるのか」
部下の問いに、黒崎は即答した。
「もちろんだ。任意の話だ。弁護士が同席することに問題はない」
その日のうちに日程が調整され、翌朝、劉は再び警察の施設を訪れた。
今回は前回と違い、最初から弁護士が隣に座っていた。
劉の顔色はよくなかった。眠れていないのか、目の下には薄い影があり、机の上に置いた手を何度も組み替えている。
黒崎は別室で状況を把握し、実際の聴取は担当捜査員に任せた。
「追加で説明したいことがあると伺いました」
捜査員が切り出すと、劉は弁護士に一度目を向けた。
「私が頼まれていた仕事についてです」
「お話しできる範囲で結構です」
「日本の企業が使っている設備の情報を集めてほしいと言われました。最初は公開されている資料を探す仕事だと思っていました」
劉はそこで言葉を止め、水を一口飲んだ。
「でも、途中から、公開されていない記録も必要だと言われました。設備の故障や部品交換の記録です。私は、それが会社の外へ出してはいけないものだと分かっていました」
捜査員は筆記を続けた。
「依頼したのは誰ですか」
「林浩然です」
別室で報告を聞いていた黒崎の視線が上がった。
ようやく、二つの調査経路が一つの名前でつながった。
しかし、劉の話はそこで終わらなかった。
「林は、自分も別の人から頼まれていると言っていました。私には、その人の名前を教えませんでした」
「その人物と直接会ったことは?」
「ありません」
「林さんから、どのような指示を受けましたか」
「会社の人と会うときは、技術的な相談だと説明するように言われました。資料を手に入れられれば、追加の報酬が出るとも聞きました」
弁護士が、ここで発言した。
「依頼内容の認識と、実際に行った行為は区別して確認してください。本人は、資料の取得方法について事実関係を整理するために来ています」
「承知しています」
捜査員は劉に向き直った。
「撮影した記録について、誰かに送ったことはありますか」
劉はしばらく黙っていた。
「林に見せました」
「どのような方法で?」
「私の端末の画面です。写真を見せて、内容を説明しました」
「データを送信したことは?」
「送ったものもあります」
劉は弁護士に確認し、具体的な送信時期と使用した連絡手段を説明した。
捜査員は、その説明をすぐに事実と決めつけなかった。端末の通信履歴や受信側の記録と照合する必要がある。劉が記憶違いをしている可能性も、説明していない送信が存在する可能性も残っていた。
「なぜ、今になって話そうと思ったのですか」
劉は俯いた。
「林から、もう連絡するなと言われました。仕事が終わったのかと思いました。でも、その後も知らない番号から電話がありました。出ると切れました」
「その電話が林さんや依頼元からだと分かっていますか」
「分かりません」
劉は両手を握り合わせた。
「私は、何をしていたんでしょうか」
捜査員は、その問いに答えなかった。
劉がしたことの法的な評価は、本人の後悔だけで決まるものではない。証拠を集め、適用される法律と照らし合わせなければならない。
聴取の終盤、劉は弁護士と相談したうえで、自分が保管している業務関連のメッセージと写真の一部を任意提出する意思を示した。端末そのものの取扱いについては、提出範囲と記録の保全方法を確認してから判断することになった。
劉はその日も逮捕されず、弁護士とともに帰った。
黒崎は、担当捜査員から報告を受けると、まず林の所在確認を指示した。
「劉の供述だけでは足りない。裏づけを取る。林が資料を受け取ったことを示す記録があれば、話は進む」
「任意で接触しますか」
「所在が確認できれば、まずはその方向だ。ただし、証拠を隠す具体的な動きが見つかった場合は、速やかに報告してくれ」
黒崎は、続けて法務担当との協議を求めた。
企業秘密に関する法律が適用されるかどうかは、対象情報の性質と管理状況、取得方法、使用目的などによって変わる。会社の内部資料を撮影したからといって、すべてが同じ犯罪になるわけではない。
今回の保守記録が法律上の営業秘密に当たるか。社員や外部の人物が、その秘密性をどこまで認識していたか。金銭の授受や情報の提供が、どのような目的で行われたのか。
確認すべき点は多かった。
それでも、前日までとは違う。
劉と林の関係について、本人の具体的な供述が得られた。複数の企業への接触を示す資料もある。捜査は、単なる不審な交流から、個々の行為を検証できる段階へ進みつつあった。
その夜、黒崎のもとへ、林の所在に関する連絡が入った。
林が滞在していた宿泊施設を退去したという。予定されていた滞在期間より早い出発だったが、それ自体に違法性はない。
ただし、宿泊施設に届け出ていた連絡先には、すでにつながらなくなっていた。
黒崎は電話を置き、窓の外を見た。
都心の道路には、帰宅する人々の車が絶え間なく流れている。そのどこかに林がいるのか、すでに別の場所へ移動したのか、まだ分からない。
黒崎は、関係機関との適法な情報共有を進めるよう指示した。
逃亡を断定することも、相手を危険人物として扱うことも、今はできない。
だが、次の行動を待つだけでは済まなくなっていた。
翌朝、官邸では高瀬隆一首相と三浦誠司官房長官が、捜査状況について限定的な報告を受けていた。
黒崎が提出した資料には、劉の追加供述と複数企業への接触状況が整理されている。個々の証拠の詳細は捜査上の理由から必要な範囲に絞られていたが、事案の広がりは十分に伝わる内容だった。
「一人の社員から資料を受け取っただけの話ではなくなってきたな」
高瀬が言った。
「はい。複数の企業に対する情報収集が確認されつつあります。ただし、どこまでが適法な調査で、どこからが違法な取得に当たるかは、引き続き捜査が必要です」
三浦は報告書をめくった。
「林浩然という人物が、新たな中心になっているわけか」
「劉との関係は供述で明らかになりましたが、林が最終的な依頼者とは限りません。資金の出所についても、外国政府の関与を立証する資料はまだありません」
高瀬は、机上の書類を閉じた。
「中国政府との関係を憶測で公表することはできないな」
「はい。現段階で外交上の抗議を行う根拠にはなりません」
今回の事案で調べられているのは、深海資源設備の周辺機器に関する保守情報だった。日本が公表していない核心技術の設計図や、開発協力者の身元が外部に渡った事実は確認されていない。
それは、政府にとって重要な区別だった。
高瀬は、白石理沙がまとめた技術評価の要約に目を向けた。
「この情報から、設備を再現することはできるのか」
「白石さんの評価では、今回確認された範囲の資料だけで核心部分を再現することはできません。ただ、保守周期や交換部品の情報を組み合わせれば、運用上の特徴を推測する材料にはなり得ます」
「それなら、軽く扱うわけにもいかない」
「そのとおりです」
三浦は一呼吸置いて続けた。
「企業には、捜査への協力と並行して情報管理の見直しを求めています。ただ、通常の研究交流まで萎縮させないよう、通知の内容には配慮します」
高瀬はうなずいた。
新しい技術が世界に広がれば、知りたいと考える人間も増える。正当な研究者もいれば、商業上の利益を求める企業もいる。その中に、不正な手段を使おうとする者が混じる可能性は避けられない。
だからといって、海外との交流をすべて疑えば、日本自身が技術の発展を妨げることになる。
「捜査は警察の判断に任せよう。こちらから結論を急がせる必要はない」
「承知しました」
「それから、ボスたちには必要な範囲で状況を伝えてくれ。心配させるためではなく、こちらが何を把握し、何を把握していないかを正確に知らせるためだ」
三浦は頷き、連絡文の作成を引き受けた。
その頃、紬の自宅では、ボスが小さな机に向かって真剣な顔をしていた。
机の上にあるのは、組み立て途中の木製模型だった。細長い板と丸い支柱を組み合わせ、船の甲板に置く荷物用の昇降装置を作っている。
もちろん、本物の船に取り付けるには小さすぎる。ボスが気に入っている海賊船の模型に合わせたものだ。
「おい、紬。この部品、なんで二つ余ってんだ」
ボスが箱の中を覗き込んだ。
「……予備じゃない?」
「説明書には余るって書いてねえぞ」
紬は隣から説明書を覗いた。部品の図を見比べるうちに、組み立て済みの支柱の向きが逆になっていることに気づく。
「……ここ、反対かも」
「何?」
ボスは完成しかけた装置を持ち上げ、図と見比べた。
しばらくして、彼は何も言わずに支柱を外し始めた。
紬が笑いをこらえると、ボスが顔を上げた。
「言っとくが、これは失敗じゃねえ。構造を理解するための分解だ」
「……そっか」
「その顔、全然信じてねえだろ」
銀白色の髪を揺らしながら、アイリスが二人のそばに姿を現した。
「マスター、三浦官房長官から連絡が届いています。捜査の進展に関する報告です」
紬は手元の部品を置いた。
「……何か、分かったの?」
「はい。情報収集に関わった人物の関係が、以前より具体的になりました。ただし、依頼元の全容や外国政府との関係は、まだ確認されていません」
アイリスは、政府から共有を許された範囲の情報だけを画面に表示した。
劉が追加の説明をしたこと。林という別の人物が複数の企業へ接触していたこと。保守記録の一部が劉から林へ渡った可能性があり、警察が通信記録などを照合していること。
紬は説明を読み終え、少し考え込んだ。
「……資料、渡しちゃった人は?」
「企業側の社員についても、事実関係と法的責任の確認が続いています。本人の説明だけで結論を出しているわけではありません」
「……そうなんだ」
ボスは机の上から降り、紬の膝へ飛び乗った。
「悪いことした奴がいるなら、ちゃんと調べりゃいい。ただ、関係ねえ奴まで一緒くたにするなよって話だな」
「……うん」
紬はボスの背中を撫でた。
自分が作った技術は、すでに多くの人の仕事や暮らしに関わっている。誰かがその仕組みを知りたいと思うこと自体は、紬にも理解できた。
けれど、誰かの秘密を勝手に持ち出したり、お金を使って無理に聞き出したりするのは違う。
その区別は、難しい専門用語を知らなくても分かることだった。
「……ちゃんと、調べてほしいね」
「政府にはそのように伝えますか?」
「……うん。でも、急がなくていいって」
アイリスは頷いた。
「承知しました。マスターのご意向として、正確な事実確認を優先してほしい旨をお伝えします」
ボスは満足そうに頷き、それから机の上に置かれた模型へ目を戻した。
「よし。そっちは人間に任せるとして、俺には大事な仕事が残ってる」
「……組み立て?」
「違う。船の荷物を効率よく運ぶための研究だ」
「……それ、組み立てじゃない?」
「研究だって言ってんだろ」
紬が笑うと、ボスは少しだけ胸を張った。
アイリスは二人の様子を見守りながら、政府への返信を整えた。
同じ日の夕方、警察では林浩然に関する新たな報告が届いていた。
宿泊施設の記録と関係者から得られた情報を照合した結果、林が退去後に別の宿泊先へ移っていたことが確認されたのである。
国外へ出たことを示す情報は、現時点ではなかった。
黒崎は、その報告を受けても表情を変えなかった。
「所在が分かったなら、まず本人に連絡を取ろう。任意で説明を求める。応じるかどうかは相手の判断だ」
「拒否された場合は?」
「それだけで逮捕する理由にはならない。証拠と法的要件を確認して、次の判断をする」
捜査員が部屋を出た後、黒崎は机の上に広げられた資料をもう一度見直した。
劉の供述、企業側の記録、林が使っていた名刺、複数の接触先、資金の流れ。
別々だった情報は、確かに結びつき始めている。
そして、その結びつきの一部を裏づける新たな資料が、まもなく届いた。
劉が任意提出したメッセージの中に、林から送られた短い指示が残っていたのである。
そこには、保守記録の写真を受け取ったことへの謝意と、次に確認してほしい企業名が記されていた。
さらに、添付された一覧には、複数の企業の担当部署と、入手を希望する情報の種類が並んでいた。
黒崎は、その一覧を見つめた。
もはや、偶然知り合った社員に一度だけ質問したという説明では、全体を捉えきれない。
少なくとも、複数の企業から特定の情報を集めようとする計画が存在したことは、具体的な資料によって裏づけられ始めていた。
ただ、その計画を誰が立て、何のために進めていたのかは、まだ明らかではない。
「林への連絡は?」
黒崎が尋ねると、担当捜査員は電話の記録を確認した。
「先ほど、本人につながりました。事情を説明したところ、明日の午後なら話をすると答えています」
「場所は?」
「こちらの施設です。弁護士を同席させるかどうかも含めて、本人が検討するとのことです」
黒崎は短く頷いた。
劉が話し始めたことで、閉じかけていた調査の道が開いた。そして今度は、その先にいる人物が自ら警察と向き合う意思を示している。
しかし、黒崎が机に置いた新しい一覧には、林の名前よりさらに先へ伸びる線が一本だけ残されていた。
それは、まだ誰の名前にもつながっていなかった。




