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凝縮粒子


 八日目の朝。


 私は前日の実験記録を、最初から読み直した。


 白灰土。


 赤粘土。


 砕石。


 骨粉。


 赤紫果。


 黒光実。


 殻粉。


 強度、柔軟性、耐水性、耐火性。


 水路を直すために始めた比較試験は、用途ごとの配合を選べるところまで進んだ。


 だが、一つだけ、水路補修とは直接関係のない結果が残っている。


 黒光実を混ぜた試験片。


 加熱中には、大きな反応を示さなかった。


 表面へ銀色の筋と六角形模様が現れただけ。


 それが、火から外して冷え始めた時に青白く光った。


 約二秒。


 装置は微弱反応を検出したが、解析できなかった。


 熱を加えた時ではない。


 冷える過程でだけ起きた。


 材料の中へ黒光実を混ぜる。


 焼く。


 冷やす。


 その温度変化が、何かを引き起こした。


 試験片は平らだった。


 外へ逃げるものがあっても、留める構造ではない。


 ならば、同じ材料を容器の形にしたらどうなる。


 反応を内部へ集められるかもしれない。


 水路修復に必要な配合は、すでに目星がついている。


 今日は施設へ向かわない。


 昨日見つかった反応を、次へ進める。


 私は黒光実を少量混ぜた補修材を作り、小さな壺の形へ整え始めた。


 壺の成形には、前日に作った基準配合と同じ計量方法を使った。


 白灰土は竹節二杯。


 赤粘土は一杯。


 細かな砕石を一杯。


 黒光実の果肉は、材料全体の色がわずかに変わる程度。


 入れすぎない。


 黒光実そのものを多くすれば反応が強くなる、とは限らない。


 有機物が増えれば、焼成時に空洞ができ、壺が脆くなる可能性もある。


 前日の試験片で六角形模様が現れた最小量を基準にする。


 水も葉の窪み一杯ずつ。


 練った回数まで記録した。


 この壺で反応が起きても、二つ目を同じように作れなければ、再現できたことにはならない。




     *



 高さは十五センチほど。


 大きすぎれば、均一に焼けない。


 小さすぎれば、材料を入れた時の変化を観察しにくい。


 底は丸くしない。


 平板石の上へ安定して置けるよう、わずかに平らにする。


 胴は丸みを持たせる。


 角があれば、乾燥と加熱で応力が集中する。


 厚みは指先で一か所ずつ確かめ、できるだけ均一にする。


 口は胴より少し狭くした。


 内部で起きたものが外へ一度に逃げにくい形。


 ただし、完全に閉じる蓋はまだ付けない。


 中を観察できなくなる。


 最初の試作品で、密閉反応まで試すべきではない。


 成形後、すぐ火へ入れない。


 日陰で乾かす。


 表面だけが急に乾かないよう、風の弱い場所へ置く。


 数時間おきに向きを変える。


 底だけが湿ったまま残らないよう、細い枝を組んだ台へ載せる。


 完全に乾いたあと、焚き火の遠い位置から加熱する。


 最初から強い炎へ当てれば、内部の水分が急激に膨張して割れる。


 弱い熱。


 少し近づける。


 さらに待つ。


 壺全体の温度を、時間をかけて上げる。


 三十分。


 表面が銀灰色へ変わった。


 以前の試験片と同じ六角形模様が現れる。


 今回は一部だけではない。


 底。


 胴。


 口の縁。


 細かな六角形が、容器全体を覆っている。


 ひびはない。


 軽く叩く。


 コン。


 乾いた、硬い音。


 黒光実入りの小型壺。


 形としては完成した。


 だが、まだ何も入れていない。


 容器ができただけで、用途が証明されたわけではない。



     *



 最初の実験には、黒光実を一つ使う。


 壺をもう一度焚き火へ戻す。


 六角形模様が、かすかに見える温度まで加熱する。


 枝を火ばさみのように組み、壺を火から下ろす。


 直接手で持たない。


 周囲には消火用の湖水。


 装置と重要素材は離して置く。


 風上に立つ。


 黒光実を一つだけ、壺の中へ入れた。


 次に、壺の外側へ湖水を少量ずつかける。


 一度に冷やさない。


 急激な温度差で割れれば、反応物が周囲へ飛ぶ。


 一滴。


 少し待つ。


 さらに水。


 最初は何も起きなかった。


 数秒後。


 壺の表面にある六角形が、青白く光り始める。


 昨日の試験片より明るい。


 模様の一つだけではない。


 口元から底へ向かい、順番に点灯する。


 内部から、小さな音。


 カラン……。


 私は顔を近づけず、斜め上から壺の中を見る。


 黒光実は割れていない。


 透明なゼリーも出ていない。


 ただ、黒い殻の表面へ銀色の結晶が成長している。


 以前、濃縮粒子を実へ直接入れた時の銀色殻とは違う。


 あの時は殻全体が開き、内部のゼリーと繊維が消えた。


 今回は黒光実の形が残っている。


 銀色の結晶は、殻から壺の内側へ向かって伸びていた。


 何かを放出しているのか。


 壺から何かを吸収しているのか。


 方向だけでは判断できない。


 腰の銀色装置が反応する。


《UNKNOWN THERMAL REACTION》


《ENERGY TRANSFER:0.7%》


 未知の熱反応。


 エネルギー移動、〇・七パーセント。


 移動元と移動先は表示されない。


 黒光実から壺へ。


 壺から黒光実へ。


 周囲の熱から両方へ。


 どれも可能性として残る。


 私は反応を長く続けなかった。


 黒光実を枝で取り出す。


 壺を自然に冷ます。


 黒光実も別の石の上へ置き、変化を観察する。


 爆発。


 霧。


 追加の発光。


 どれもない。


 完全に冷えた壺を叩く。


 コン……。


 焼成直後よりも澄んだ音。


 内側には、薄い銀色の膜ができていた。


 布でこすっても剥がれない。


 表面へ付着した粉ではない。


 壺そのものが変質している。


 黒光実を入れ、加熱状態から冷却したことで、容器の内側へ新しい層が作られた。


 私は記録する。


 黒光実。


 黒光実入り容器。


 加熱。


 外側からの冷却。


 エネルギー移動〇・七パーセント。


 銀色膜の生成。


 急冷そのものが原因とは限らない。


 重要なのは温度が下がる過程かもしれない。



     *



 次に試すものは、川の粒子水だった。


 黒光実だけで〇・七パーセント。


 青白い粒子を多く含む水なら、より大きな反応が起きる可能性がある。


 ただし飲用ではない。


 実験専用。


 安全な湖水や雨水とは容器を分ける。


 私は竹製の筒を持ち、川へ向かった。


 以前、深場で粒子濃度が高かった場所。


 水面ではなく、少し深い層から採る。


 青白い粒子が、昼間でも見えるほど含まれている。


 底へ完全には沈まず、水中を漂っている。


 容器を閉じる。


 外側へ付いた川水を、別の布で拭く。


 飲料用の水筒とは接触させない。


 βへ戻る。


 壺を再び加熱する。


 前回より均一に温める。


 底だけが高温にならないよう、火との距離と向きを変える。


 六角形模様が淡く浮かぶ。


 前回と同じ開始状態。


 火から下ろす。


 今度は黒光実を入れない。


 粒子を多く含む川水だけを、少量ずつ注ぐ。


 ジュッ……。


 小さな音。


 だが、高温の容器へ水を入れた時に予想するほど蒸気は出なかった。


 水は激しく沸騰しない。


 一瞬だけ、壺の中が青白く光る。


 外側の六角形模様が次々に点灯した。


 一つ。


 隣。


 さらに次。


 まるで回路の中を信号が進むように、光が六角形から六角形へ移る。


 光は最後に壺の底へ集まった。


 一点へ収束する。


 装置が長く振動した。


《UNKNOWN MATERIAL》


《PARTICLE DENSITY:87%》


《ENERGY CONVERSION:3.9%》


 粒子密度八七パーセント。


 エネルギー変換、三・九パーセント。


 前回の〇・七パーセントより大きい。


 黒光実を入れた実験では、エネルギー移動。


 今回はエネルギー変換。


 装置が別の現象として認識している。


 数秒後、光は消えた。


 水は壺の中に残っている。


 完全には蒸発していない。


 底には、青白い結晶が数粒沈んでいた。


 川水を入れた時には存在しなかったもの。


 細い枝の先ですくう。


 結晶は冷たい。


 壺の外へ出した瞬間、輪郭が崩れ始めた。


 液体になるのではない。


 光が薄れ、物質そのものが空気へ溶けるように小さくなる。


 三十秒ほどで消えた。


 布にも水滴にも残らない。


 壺の中では存在できる。


 外では安定しない。


 この容器そのものが、粒子を一時的に結晶化させる反応場になっている可能性がある。


 壺の内側を確認する。


 前回できた銀色膜が厚くなっている。


 膜の中にも、ごく小さな六角形模様が並び始めていた。


 実験を重ねるたび、壺自身が変化している。


 同じ容器を繰り返し使えば、反応効率も変わるかもしれない。


 だから今後は、何回目の使用かも記録する必要がある。



     *



 黒光実だけ。


 粒子水だけ。


 どちらも反応した。


 だが、反応しない材料を確かめなければ、何が必要条件なのか分からない。


 私は壺を毎回同じ程度まで加熱し、入れるものだけを変えることにした。


 各実験の間には、壺の中を湖水で洗った。


 前の材料が残れば、次の反応へ影響する。


 洗ったあとは自然乾燥させ、同じ程度まで再加熱する。


 壺そのものが実験ごとに変化しているため、完全に同じ条件とは言えない。


 そのためノートには、材料だけでなく使用回数も記した。


 一回目。


 黒光実。


 二回目。


 粒子水。


 三回目以降。


 比較材料。


 反応が強くなったとしても、入れたものの違いなのか、壺が変質したためなのかを分けて考える必要がある。


 今回は、厳密な結論を出すためではない。


 明確に反応するものと、しないものを大きく分ける予備試験だった。



 実験番号を付ける。


 結果が出なかったものも、同じように記録する。


 第一。


 草。


 乾燥した葉を少量。


 壺の中で炭化する。


 特別な光なし。


 装置反応なし。


 第二。


 透明魚の骨粉。


 壺の内側が少し白くなる。


 エネルギー反応なし。


 第三。


 川辺の砂。


 一部がガラス状の粒へ変わる。


 熱による通常の変化の範囲かもしれない。


 装置反応なし。


 第四。


 赤粘土。


 焼き締まる。


 硬い小片になる。


 特別な変化なし。


 第五。


 白灰土。


 含まれていた水分と反応して固まる。


 装置反応なし。


 第六。


 赤紫果。


 甘い香り。


 果肉は縮み、少量の樹脂状物質が残る。


 微弱な変化はあるが、エネルギー表示は出ない。


 ここまでで、壺へ何を入れても反応するわけではないことが確認できた。


 熱だけでもない。


 有機物ならよいわけでもない。


 骨や粘土、白灰土は反応しない。


 黒光実と粒子水には、別の共通性がある。



     *



 第七の実験。


 粒子水と黒光実を同時に入れる。


 これまでで最も危険な組み合わせ。


 濃縮粒子を黒光実へ直接入れた時には、光の柱が立ち、銀色殻が生成された。


 今回は壺の内部。


 何かが発生しても外へ広がりにくい。


 その一方で、圧力が溜まる可能性がある。


 蓋はすぐ使える位置へ置く。


 消火用の湖水。


 退避位置。


 風向き。


 装置は三メートル離す。


 壺を加熱する。


 六角形模様が浮かぶ。


 火から下ろす。


 粒子水を少量入れる。


 続けて黒光実を一つ。


 水面が青く光った。


 黒光実の銀色模様も光る。


 二つの光は別々に存在していた。


 数秒後、境目がなくなる。


 水の青白い光が黒光実へ入り、黒光実の銀色が水へ広がる。


 コツ……。


 黒光実の殻へ、小さな穴が開いた。


 ゼリーは出ない。


 代わりに、銀色の霧が細く立ち上る。


 私はすぐ壺へ蓋をした。


 顔を近づけない。


 霧を吸わない。


 蓋の隙間から噴き出すほどの圧力はない。


 装置の表示が変わった。


《UNKNOWN REACTION》


《BIO-ACTIVE:12%》


 生体活性反応、一二パーセント。


 これまでにない分類。


 壺が十分に冷えるまで開けない。


 周囲の温度。


 音。


 振動。


 異常なし。


 冷却後、風上から蓋を少しずらす。


 霧は残っていない。


 黒光実も、そのままの形では存在しなかった。


 殻。


 ゼリー。


 繊維。


 すべてが消えている。


 壺の底には、小さな銀色の球が一粒だけ残っていた。


 直径は約五ミリ。


 枝の先で転がす。


 軽い。


 冷たい。


 壺から出しても消えない。


 先ほどの青白い結晶とは違う。


 時間を置く。


 三十秒。


 一分。


 形を保っている。


 装置を近づける。


《CONDENSED PARTICLE》


《STABLE:98%》


 凝縮粒子。


 安定状態、九八パーセント。


 初めて、粒子を水や粉ではなく、安定した一つの物体として得た。


 銀色の球を得たあとも、すぐ荷物へ入れなかった。


 平板石の中央へ置き、周囲を空ける。


 一分。


 二分。


 五分。


 温度の変化。


 光。


 振動。


 大きさ。


 どれも目立って変わらない。


 湖水を一滴だけ近くへ落とす。


 球へ直接触れない距離。


 反応なし。


 金属容器を近づける。


 反応なし。


 黒光実を数センチまで近づける。


 球の中心が、ごく短く青く見えた気がした。


 再現しない。


 錯覚の可能性もある。


 記録には「一度だけ発光の疑い」とだけ残す。


 意味を決めない。


 装置の安定状態九八パーセントという表示も、時間とともに変わらない。


 少なくとも、数分で消える先ほどの結晶とは別のものだった。



 必要だったもの。


 黒光実。


 粒子を含む川水。


 黒光実入りの特殊壺。


 熱。


 そして冷却。


 どれか一つでは、同じ結果にならなかった。


 草。


 骨。


 砂。


 粘土。


 白灰土。


 赤紫果。


 反応しなかった材料の記録があるからこそ、この四条件が必要だと見えてくる。


 黒光実は、単なる果実ではない。


 粒子を集め、変換し、安定した形へ凝縮する触媒なのかもしれない。


 特殊壺も、単なる耐熱容器ではない。


 反応を内部へ集め、一時的な結晶を保ち、エネルギー変換を起こす場。


 この二つが組み合わさることで、川に漂っていた青白い粒子が、持ち運べる球へ変わった。


 私は銀色の球を、保水繊維で包んだ小さな容器へ入れた。


 ほかの文明部品とは接触させない。


 装置へ近づけたままにもしておかない。


 安定度九八パーセント。


 残り二パーセントが何を意味するか分からない。


 安定しているという表示だけで、安全とは考えなかった。



     *



 ノートを閉じる前に、これまでの準備を確認する。


 水路補修材。


 白灰土、赤粘土、砕石。


 基本配合は接着と形状保持。


 赤紫果を加えれば、柔軟性と接着性が上がる。


 黒光実の殻粉を加えれば、耐水性と耐火性が上がる。


 骨粉は強度を高めるが、熱と衝撃で脆くなる。


 今回は使わない方がよい。


 古代施設。


 第3補助フィルターは三一パーセントで稼働中。


 蒼輝石は未設置。


 水路は亀裂と崩落。


 温室の銀脈根は危機的。


 四眼の民は、私が戻ることを理解した可能性が高い。


 新たに得たもの。


 特殊壺。


 凝縮粒子。


 それらが水路修復に必要かは分からない。


 必要のない可能性もある。


 それでも、現地で予想外の反応が起きた時に、手元の選択肢が一つ増える。


「これで、今できる準備は揃った」


 完全ではない。


 施設の素材と補修材が反応する可能性。


 水圧。


 乾燥時間。


 地下温室の湿度。


 未知の問題は残る。


 それでも、行ってから考えるのではなく、考えられることを先に試した。


 午後の実験は、そこで切り上げた。


 明日は修復作業になる。


 今日は食料、水、資材をそろえる。



     *



 湖畔前線基地βで透明魚を四匹釣った。


 二匹は夕食用。


 二匹は燻製にして携行食へ。


 魚の大きさを確認し、小さすぎる個体は逃がす。


 内臓を除き、骨と鱗は別に保存する。


 雨水を回収する。


 湖水も煮沸する。


 空洞竹水筒を二本、満水にした。


 一本は自分の飲料。


 もう一本は、温室の銀脈根へ使う可能性がある。


 前回のように、帰路の水まで使い切らない。


 修復用の荷物を一か所へまとめる。


 基本補修材。


 赤粘土。


 白灰土。


 板石。


 小石と砕石。


 木べら。


 竹べら。


 丈夫な蔓。


 黒光実の殻粉。


 赤紫果。


 特殊壺。


 凝縮粒子。


 常備装備。


 偽装防護服。


 竹骨弓。


 骨矢。


 竹槍。


 マルチツール。


 水筒二本。


 燻製魚。


 荷物を背負って数歩歩く。


 重すぎないか。


 左右へ偏っていないか。


 板石が身体へ当たらないか。


 凝縮粒子の容器が、白灰土や水と接触しないか。


 一つずつ直す。


 日が沈む。


 今日は、それ以上実験しなかった。


 新しい現象を見つけた直後ほど、次の実験を続けたくなる。


 だが明日の目的は研究ではない。


 水路を直すこと。


 疲労を残せば、配合や施工を誤る。


 私は荷物を何度も確認した。


 忘れ物はない。


 ノートの最後へ、一行だけ書く。


 ――明日は直しに行く。


 これまで書いてきたのは、調べる。


 試す。


 待つ。


 比較する。


 今度は違う。


 得た結果を使い、失われた機能を戻す。


 成功する保証はない。


 それでも、四眼の民へ伝えた「戻る」という意思を、ようやく行動へ変えられる。


 黒光実と粒子水から生まれた小さな銀色の球は、布の中で静かにしていた。


 明日、それが必要になるかどうかは分からない。


 ただ、私がこの星で積み重ねた実験のすべてが、同じ荷物の中に入っている。


 食料。


 水。


 道具。


 補修材。


 特殊壺。


 凝縮粒子。


 八日目の夜。


 遭難者として眠るのではない。


 壊れたものを直しに行く者として、私は目を閉じた。



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