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山頂を叩きつける雨は、夜の訪れとともに容赦のない氷の針へと変わっていた。
熱帯の山脈でありながら、標高二千メートルを超える夜間の気温は十度近くまで急降下していた。
濡れた軍衣を透過した冷気が、骨の奥までじわじわと凍りつかせていく。
まともなポンチョや天幕など、とっくの昔に枝に引っかけて切り裂かれていた。
火を焚こうにも、周囲にあるのは水を含んで重くなった湿ったシダの葉だけであり、煙を立てれば英軍の砲撃を招く。
濡れたシダの葉が放つ青臭い腐敗臭が、冷たい夜霧とともに肺を満たしていった。
岩の窪みに、誰が遺したものか不明な破れた軍靴の底が落ちているのが目に入った。
革は完全に湿気でふやけ、その縁から不気味な白いカビがびっしりと発生している。
この暗闇と極寒の中で、我々はただ生きていること自体に削り取られていた。
「中尉殿……第二歩哨の交代要員、服部上等兵が立ち上がりません」
伝令の震える声に、私は冷え切った腰の軍刀の鞘を硬い指先で叩いた。
陸軍省が定めた野戦警備規定によれば、夜間哨戒は「二時間交代」と厳格に定められている。
不寝番を怠ることは、全軍を死地に晒す暴挙に等しい。
「なにをやっている! 帝国軍人としての気概はどうした!」
私は泥の中に膝をつき、体を丸めて震えている若い兵卒の肩を激しく揺さぶった。
だが、服部上等兵の口から漏れるのは、歯をガチガチと鳴らす不快な音と、うわ言のような喘ぎ声だけだった。
発熱と低体温症が、彼の理性を完全に奪い去っている。
「起立せよ! 哨戒任務の拒否は抗命罪だぞ! 軍法会議にて処刑対象となる!」
私が軍刀の柄に手をかけ、怒号を浴びせようとしたその瞬間、ぬっと伸びてきた太い手に手首を強く掴まれた。
握り潰されそうなほどの握力。振り向くと、そこに立っていたのは宮崎少将だった。
「やめろ、矢崎」
「閣下! この兵は軍律を無視し、敵前での任務を放棄しようとしております! 厳罰に処さねば軍紀が保ちません!」
私が叫ぶと、少将は冷ややかな目で私を静かに見下ろした。
「陸軍省の野戦衛生規則を暗唱してみろ。清潔な乾燥した寝具と、十分な温食が前提の教科書だ」
宮崎少将は私の手を振り払うと、泥の中に自ら膝をついた。
「この雨の中で二時間立たせれば、明日の朝にはただの冷たい肉塊になる。お前はただの死体を歩哨に立たせるつもりか?」
「しかし……! 哨戒を怠れば敵の奇襲を――」
「監視は最前線に二人置けば足りる。全員、密集して体温を分け合って眠れ!」
少将はそう怒鳴ると、震える服部上等兵の体を力強く引き寄せ、自らのぬくもりで温めるようにその背中を固く抱きしめた。
五十を過ぎた将官の頑強な肉体が、寒さに倒れかけた一等兵を泥の中で包み込んでいる。
その背中は、確かに以前より一回り小さく、衰えを隠せないようにも見えた。
「規則を守って死ぬくらいなら、規則を破って生き延びろ。それが俺の部隊の軍律だ」
暗闇の中で放たれた宮崎少将の言葉が、私の頭の中で激しく反響した。
国が作った絶対であるはずの「規則」に従うことが、ここでは死を招く直接の引き金になるという自己矛盾。
陸軍士官学校で学び、私の人生の支柱であった「軍律」の絶対性に、泥まみれの音を立てて巨大な亀裂が入っていくのを、私はただ恐怖とともに見つめることしかできなかった。
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