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⑦人形への誓い【最終話】


「奥様、もうすぐリヒト様が到着するようです。」

「わかったわ、アカネ。…リヒトと最後に会ったのは、何年ぶりかしら。」

「…10年ぶりかと思います。」

「そう。そんなに時が立ったのね…」


私、コハクは今日、十年振りに息子と会う。

私のメイド兼秘書のアカネは、心配そうに私をみる。


「そんなに心配しないで。

少し考え事をしているだけだから。」


私は、もしこの場にプイがいたら『リヒトに伝えることが大事なんだよ』『コハク、困ったらアタシの話をしたらいいんだよ!』と言うだろうかと考えていた。


私は、プイがしゃべらなくなった後のことを思い出していた。




ロップイヤー人形のプイがしゃべらなくなった後、私はお母様達とともにしばらく幽閉という名の保護を王室から受けた。


ルワーノ・デュモッセ元伯爵は牢獄行きとなり、王の従兄の父とともに、その後刑場の露と消えた。


デュモッセ家は爵位と領地を王国へ返還し、一族の人間の多くが信頼を失い路頭に迷った。


そのためお母様とお兄様は、幽閉が終わった後、没落した一族の支援をした。


お母様は自身の資産を投げ打って孤児院を作り、お兄様は自身の商会に、職を失った一族を受け入れた。


ユーリはというと、田舎に追放処分、ハヅキと夫婦になった。


ユーリは、知らなかったとはいえ、ルワーノ元伯爵の不正浪費の多くがユーリの母とユーリだったため、一族や国民にかなり批判の対象となったそうだ。


そんな中でもハヅキとともに懸命に生き、子どもを育て上げたのは並々ならぬ根性だったとは思う。


私がユーリの様子を見に訪れた際、「コハク姉様は万が一なにかあっても、使用人として働けるので問題ありませんね!」と言われた時は少し癪に障ったけど。「余計なお世話よ」と言い返してやったが。



私はというと、出版したレシピ本の印税を、お母様が経営する孤児院へと寄付することくらいしかできることが無かった。


プイがしゃべらなくなった以来、精神的ショックが大きく、何も手がつかない状態が続いたからだ。


その上私やお母様、お兄様、ユーリを恨む一族の方々も多く、暗殺されそうになったのは一度や二度じゃなかった。


その度にイズモや陰陽師の人達が守ってくれたが、私はさらに疲労困憊し、何かをする気力を失ってしまった。


そんな私だったが、ある時ふと、思ったのだ。


プイだったら、今の私を見てなんて言うのだろうか?

プイだったら、どう行動するのか?


そう思った瞬間、私は止まっていたレシピ本第二弾の執筆を再開し、王室から依頼されていた食文化の確立に尽力した。


その後は「プイの冒険」という童話を出版した。


プイのことを、忘れたくなかったのだ。

そして、多くの人にプイの存在を知ってほしかったのだ。

時には一緒に怒ってくれる、時には一緒に笑ってくれる、あの可愛らしい存在を。

懐かしさで、笑みがこぼれる。


「奥様。どうかなさいましたか。」


アカネがまた私を心配してくれた。


私を小さい頃からずっと守っていてくれたイズモは高齢のため、私の結婚後、護衛が孫のアカネに代わった。


今は、アカネが私のメイド兼秘書の仕事をしてくれている。



「昔のことを思い出していたの。プイはもしかしたら、私が作りあげた私の分身だったんじゃないかって。」


私は目を細め、何度も考えた持論をアカネに話す。


「でも、それでもいいの。結局は私が私自身を認めればよかった、それだけだったんだから。」


私の話したことを茶化したりせず、アカネはゆっくりと返す。


「奥様は、本当にロップイヤー人形のプイが好きなんですね。本にするくらいですものね。」


「ふふ。リヒトにも…ルチェにも…プイで思いついたおとぎ話を、たくさん話したわ。」


失ってしまった愛娘の記憶が蘇る。

あの子は体が弱く、子どものまま死んでしまった。


「リヒトは…きっと私を許さないでしょう。」


決して息子をないがしろにしたつもりはなかった。

けれど、どうしても病弱な娘のルチェにつきっきりになってしまい、一緒にいる時間が減ってしまった時があった。


リヒトと私は、デュモッセ一族からの悪意ある噂ーーー「コハクはリヒトを愛していない」「コハクはルチェを毒殺するつもりだ」にさらされていたところ…愛娘のルチェが死んでしまったのだ。


その日から、私を見るリヒトの目が怖くなった。


昔、見たことがある目。

怒りに満ちた目。

かつて父が私に向けた目に、似ていたからだ。


ある日私はリヒトに、そんな目で私を見ないで、と言ってしまったことがある。


私は後になってそんな言葉よくなかったと思い、謝ろうと何度もリヒトに手紙を送った。


けれどもその頃のリヒトは寄宿舎学校に通っていて、手紙の返事はおろか長期休暇にもティッセ家には帰ってこなかった。


完全なる愛息の拒否。

もしかして自分は、リヒトに父と同じことをしていたのではないか…恐ろしくなり何度も謝罪の手紙を送ったり、リヒトが爵位を授かった時は家に来るよう連絡したが、返事はなかった。

兄のディンからは少しすれ違っているだけ、と助言を受けたが、気が気ではなかった。


自分が、父親のような振る舞いをした事が怖かった。


リヒトを見ているはずなのに、一瞬リヒトを通して、お父様を見ていた私。

それは、かつてお父様が私を通してレーナ叔母様を見ていたのと同じなのだ。


許されないことをしてしまった。


もう息子とは二度と会えないんじゃないか。

そう思っていた時、夫が紹介した縁談をリヒトは受け入れ、先日結婚が決まった。


もう一度勇気を出して、結婚前の両家顔合わせの前に会いたいとリヒトに手紙を送った。


そうしたらーーー承諾の返事が来たのだ。


改めて数十年ぶりの息子との対面に緊張していると、リヒトが到着したことをアカネが知らせてくれた。


私は、今はもう喋らないプイをぎゅっと抱きしめた。


「プイ…私、行ってくるわね。」


そしてプイを、部屋のプイ専用置き場に戻した。




「コハク・ティッセ夫人。

お久しぶりです。」


「…、お久しぶりです、リヒト・カーチェ・ティッセ子爵。」


親子とは思えない他人行儀の挨拶だった。

だが、それは仕方ないと理解している自分がいた。


「カーチェ子爵、この度はご婚約おめでとうございます。

また、ナギ様やヒィナ様と共同で起こした事業も、うまくいっていると聞きました。

あなたが自分で考え、歩いていることがわかって安心しました。」


ナギは兄ディンの娘、ヒィナは異母妹ユーリの娘だ。三人で仲良く仕事をしていると、兄から聞いていた。


「はい。ティッセ夫人。 」


リヒトは表情を変えずに返した。

生前父と会話していた時に感じた空気に少し似ていて、自分が動揺していることを感じた。


「それから…私は、あまりいい母親ではありませんでした。

あなたを辛い目に遭わせてしまった。

ごめんなさい。

私のことは、許さなくていいのです。

これからはカーチェ家を第一に、あなたの奥様を大切にしてください。」


私は深々と頭を下げた。

これでいい。

今日は、父とリヒトを重ねることではなく、一番伝えたいことを伝えようと決めていたのだ。

どんな罵倒も受け入れよう。

プイなら『コハク、一緒にリヒトの言葉を聞こう』と言ってくれる。


「…ティッセ夫人。顔を上げてください。私は、ずっとこわかったんです。


本当は、私より妹のルチェに生きてほしかったのではないか。ルチェをどうして救ってくれなかったのか。私の死を望んでいたんじゃないか。私のことが嫌いだったんじゃないか。」


想像していた罵声とは違う言葉に、思わず顔を上げる。


「あなたが幼い私に、そんな目で私をみないで、と言ったことは、今でも忘れられません。

何度謝られても、許すことはできない。」


怒りに満ちた顔をリヒトはするのだろうと思っていた。

でも、違った。


「けれど…大人になってから、あなたを取り巻いていた当時の状況や、ルチェの病気を直そうと奔走していたこと、そしてルワーノおじい様のことを調べて、あなたが苦しみながら私に接していたことに気づいたのです。」


リヒトの表情は、悲しみも苦しみも、全て受け入れ悟った顔だった。


「先ほどあなたが言った通り、私は自分で考え、生きていけます。

あなたはもう、私のことで心を痛めなくていいんです。」


自分はリヒトのことを何も分かっていなかったと理解したと同時に、慈しみに満ちた大人になっていた愛息に、涙がこぼれた。


「お母様。私を大切に育ててくれて、ありがとうございました。

子どもだったとはいえ、あなたを責めるようなことや行動をしてしまって…反省しております。

あなたも、私のことを許そうとしなくていいのです。」


もう涙が止まらなかった。

私はまた謝りそうになったが、別の言葉を口にした。


「ありがとう、リヒト。

あなたの幸せを、ずっと願っています。」


「はい。」



その後少し談笑した後、私はリヒトを見送った。


穏やかな気持ちだった。


私が悩んでやってきたことは、間違いだったかもしれない。

これから先やっていくことも、間違えるかもしれない。


「それでも…プイなら、きっとこういうわよね。」


『コハク、一緒にいこう』と。


「ええ、一緒にいきましょう。」


そうして、部屋に戻った私は、プイの冒険シリーズの新しい話をまた書く。


プイ専用置き場にあるプイを見つめて。


これで終わりとなります。

はじめてのシリーズで緊張しましたが、最後まで読んでくださりありがとうございました!

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