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出会いは最悪

 


 男の顔が近づいてくる。迷いもなく、真っすぐに。

 その視線に耐え切れず思わず目をつぶると、直後に唇に柔らかな感触。

 そして両手が私の頬を柔らかく包みんだかと思うと、さらに唇を押し付けてきて……


「いや……っ!」


 私は両手に渾身の力を込め男の体を突き飛ばし、一心不乱にその場から逃げ出した。







 ここはとある乙女ゲームの中。


 会社員として毎日平凡に生きていた私、五木(いつき) 芽衣(めい)

 しかしある日、横断歩道で信号待ちをしていたら横転してきたトラックに巻き込まれ死んでしまった。


 ちょうどその時待っている間にスマホでやっていたのが、このゲームだった。


 冴えない地味な町娘の主人公が、ある時この国の王子に気に入られ宮廷に入り、王子はもちろん他のイケメン達とも色々話を進めていって、最終的にそのうち一人と結婚する……というシナリオ。


 一度クリアしたけど、再度見落とした台詞を回収しようとゆっくり二週目をやり直していたところだった。


 ちなみに私の推しはレオナルド王子。この国の王子だ。

 とにかく顔が良い。声が良い。好き。




 ……だけだとさすがに説明不足なので、補足。


 鼻が高くてシャープな輪郭、サラサラの銀髪に淡い緑の二重が綺麗な目。細身でスタイルが良く、いかにも王子様という感じの穏やかな雰囲気のイケメン。

 優しい物腰で気配りやエスコートも上手くて。あまりに甘やかしてくるので、何かあるたびにとろんとろんに溶かされてしまう。

 その穏やかな声は、仕事で疲れた脳にじんわり沁みて……まさに癒し。しんどい毎日の活力となっていた。


 そして、それだけじゃなくてさらに……ストーリーが進むごとに明かされる、彼の複雑な生い立ちが……っと危ない、語り始めるとそれだけで日が暮れてしまうのでこの辺でストップ。危ない危ない。




 話を戻すと……私は事故で死んだはずだった。確かに私の人生はそこで終わったはずだった。

 でも、なぜか気づいたらそのゲームの中の世界にいた。それも前の記憶を持ったまま。

 まぁその記憶があったおかげで、ここがそのゲーム内だって分かったんだけど……




 この世界に来て、色々苦労もあった。


 電化製品一切無いし、パソコンもスマホも当然無い。


 料理しようにも調味料は塩胡椒か果汁くらいしか無くて。味噌汁飲みたくても味噌なんてここには無いし、ダシなんて概念すらない。


 人間関係もまた一から作り直しで。昔の世界ならではの、村社会のような空気に最初は辟易してばかりで。


 ホームシックならぬワールドシック?もひどかった。最初の数週間は度々昔を思い出しては泣いていた。


 けど、これら全ては生き甲斐があったから耐えられた。


 生きがい、それは……このゲームのメインでもあるイケメンとのイベント。

 王子はもちろん、イケメン達に囲まれて毎日過ごせる……そんな生活がこの後来るのを知っていた。そんなご褒美がやってくると知っていた。

 だから、今までどんなに大変でもなんとかやってこられた。




 そして、まさに明日。本来なら町で王子に出会うイベントが発生する日。


 ようやくゲーム本題の始まり。

 今までずっとプロローグだった。無事彼に気に入られればやっと次の章にストーリーが進んで、憧れの宮廷生活が始まる……


 ただの町娘としての地味な生活を脱して、いよいよそこから色々なイケメンキャラとの絡みも増え、宮廷での楽しい生活が始まる……

 そんな大事なイベントだから、絶対失敗したくなかった。


 服装は王子の好感度ポイントが上がりやすいもの……つまりなるべく彼の好みに合ったものを揃えたし、髪型も指定のものをセットできるように用意。


 二週しただけあって、準備は完璧だった。目標のポイントにはかなり余裕をもって到達できる。


 だから、落ち着いてその日を迎えられる……




 ……はずだった。


 事件はその晩に起こった。


 いよいよ明日。そう思うと妙に緊張して、眠れない。

 やばい。目の下に濃いクマつけたまま王子に会うなんてそんな勇気はない。


 ゲームなら一瞬で次のシーンに行けたのに……このままポーンと飛んで明日になってほしいくらい。

 ホットミルクを飲んだりわざと難しい話の本を読んだりしたけど、どうにも目が冴えてしょうがなくて。


 さんざんあれこれ試したり悩んだりしたけど、どうにもならず……結局私は最終手段に出た。


 向かったのは近くの大衆酒場。この地域は城周辺と違い治安が悪く、ましてや夜の酒場なんてガラの悪い男達の溜まり場。

 できればあまり一人で行きたくなかったけど、そうも言ってられなくて。


 しかし、これが全ての始まりだった。




 暗くてほこりっぽい店内。蜘蛛の巣が所々へばり付いた長いカウンターと、その周りに乱雑に置かれた足の傾いた椅子数脚。


 酔っぱらって楽しそうに手を叩き大声でげらげら笑う男達。姿を見ずともその下品な声だけでなんとなく察しが付く。

 彼らから一番離れた場所を選んだはずなのに鼓膜が今にも破れそうで。

 くしゃみなんてされたらアウトだな、とかなんとか思いながら端の方で静かに飲んでいた。




 まぁ、でも。今回だけだし……あまり居心地のいい場所じゃないけど、ちょっと飲むだけだから。さっさと出よう。


 そう思いながら一番軽そうなのを適当に頼んで飲んでいると、隣に座った見知らぬ男に話しかけられてしまった。ゴロツキのような雰囲気の小汚い男。


 そういう場所だしある程度想定はしてたけど、正直気分は最悪。ただただ恐怖と気持ち悪さがあるだけだった。


 だからといって無下にする訳にもいかず、適当に愛想笑いしながら当たり障りのない世間話をしていたら、急に彼がぎこちなく褒め始めて。

 なんか変な雰囲気になったなって思ってたら……いきなりキスされていた。


 「美人だ」とか「その服似合ってる」とか、慣れないながら無理矢理言葉を捻り出して褒めている感じはあった。

 その時点で適当にあしらえばよかったんだけど……ただ酔って適当に喋ってるだけだと思って、軽く見ていた。


 まさかこうなるなんて微塵も思ってもいなかった。


 別に元々知り合いだったという訳でもない。全くの初対面。

 話もただ普通にとりとめもないお喋りをしていただけだったはず……話の内容はあんまり覚えていないけど……たしか、そう。


 もちろん、私が絶世の美女という訳でもない。

 もしそうだったら町の男達が放っておかないはず。でも私が話しかけられるのはいつも道案内か仕事関係くらい……つまり、そういう事。

 自分で言っててちょっと凹むけど。


 そんなもんだから、何がどうしてこうなったのか全然分からない。本当に全く。



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