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聖誕祭の奇跡(後編)

「はあ、はあ、はあ……」


寒さも忘れて、フェイシーが冷たい雪の中を駆けてゆく。

村はずれの道をめざし、溢れる涙を拭いもせず、冷気にさらされ顔や手がピリピリと痛い。


「お父さん、お父さん……」


あの大きな大きなお父さんが死ぬわけ無い!どうして簡単に諦めるの?

信じられない、信じたくない、違う違う!

きっとお父さんは帰ってくる。

今まで約束を破った事なんて無かった。


「お父さん、お父さーん!あっ!」


トッと、雪に足を取られてボスッと転んだ。

冷たい雪がキシキシと鳴って、心の底からフェイシーの身体を冷たく凍えさせる。


「ううっ、うっ、うっ……うああああ……」


雪を握りしめ、突っ伏したまま泣き叫ぶ。

寒さを忘れて泣いて泣いて、泣き疲れて身体が冷え切って行く。


そしてその背には、大きな鎌を持ったデスが降り立った。

今か今かと待ちこがれるように鎌をフェイシーの首元に当て、その時を待つその手が一瞬ポッと燃え上がる。


「ひっ!な、なんだ?」


慌てて下がり、バタバタと火を払う。

しかしなかなか火は消えず、次第に身体中に広がってゆく。


「わ、わ、わあああああ!!熱い、熱い、助けてくれ!」


鎌を放り出し、転げ回るデスが空を仰ぐと、宙にポツンとホーリーがクスクス笑って見下ろしている。


「面白き事よ、血肉のないお前も熱さを感じるのか?」


クスクスと微笑む顔は、天使のように清楚で悪魔のように美しい。

ホーリーが手を伸ばすと、デスの大鎌が浮き上がりデスの首を切り落とした。


「ひゃあっ!」


切られたドクロが転がり、カタカタと骨を鳴らしながらその身体が燃え尽きてゆく。


「モンスターよ、ハウレスの炎はいかが?」


「この、魔女の息子め……」


残ったドクロの首にポッカリ空いた2つの目が、表情もなく睨み付ける。


「ホホ……何と往生際の悪いモンスターよ。ホーリーが自ら手を下して差し上げよう。」


ホーリーが地上に降り立って大鎌を手に取り、大きく振りかぶる。

首の無いデスの身体は燃える胸から肋骨を折り、ホーリーに向かって投げた。

ピュンピュンと舞うその骨は、難なくホーリーの小さな身体を突き抜ける。

しかしホーリーはケラケラと笑って、穴だらけの身体も次の瞬間には何事もなかったかのように痕跡が消える。

その様子は、まるで実体がないようにあっけらかんとして、まったくダメージを感じていないようだ。

為す術もなく、デスが胸の骨から忌々しげに手を離す。骨の手でギュッと雪を硬く握り、思い切り雪玉を投げた。


「く、くそっ、この人間もどきめ!鎌よ!私の大鎌よ!」


雪玉は投げた瞬間蒸発し、鎌はホーリーの手の中で微かに震える。

だが、決してホーリーの小さな手から離れようとも、その刃を向けようともしない。

それは、2人の「格」の違いをまざまざとデスに見せつけた。

デスは頭が地に転がったまま、歯を鳴らしながら悔しそうに歯がみする。


「何故だ、何故この娘を助ける?」


突然の問いに、ホーリーがキュッと笑う。


「すべては神のご意志。今日は聖誕祭であろう?」


ハッと、デスが笑った。


「神など、最も遠いところにいるお前がか?」


「さあ、最も近いところにいるかも知れぬ。地獄で訪ねてみよ。」


ガシャンッ!

振り下ろされたホーリーの鎌に砕かれ、ドクロはサラサラと砂になって風に舞い、消えた。

雪が降り始め、教会の鐘が鳴る。

やがて遠くから子供達の賛美歌の声が澄んだ空気の中で響き、ホーリーは空を仰いで左手を高く空に掲げた。


「神よ、偉大なる神よ。

これがお前の意志というのならば、私は私の方法で娘を救ってみせよう。

この娘の暖かさ、ただそれだけを気に入った。

我が名はホーリー、北の黒い魔女グラナダの息子。」


それに応えるように、遠雷が鳴り響く。

寒さに気が遠くなってゆくフェイシーが、うつろな目を開けてうつ伏せたまま顔を上げた。


「ホーリー……」


美しいその少年が、手を差しのばすとフェイシーの身体がフワリと浮かぶ。

そしてその身体は、ゆっくりとホーリーの手に抱きかかえられた。


「ホーリー、これは…夢?」


「娘よ、父親に会いたいか?」


「会いたい、会いたいよ。

死んだなんて、信じない、信じられないよ……」


涙を流す彼女に、ホーリーが美しく微笑む。

そして2人の体が柔らかな風に巻き上げられると、ホーリーの瞳が青く輝いた。


「偉大なる伯爵ビフロン、この娘フェイシー・ラングールを生み出せし父の肉体をここへ誘え。

その父の名はダミアス・ラングール。

肉体はいまだ滅びることなく地の底に眠りにつき、黄泉への旅立ちは仮初めの物なり。」


ゴゴゴゴ…………


地響きが辺りにとどろき、ビシッと地割れが走る。

思わず恐怖にかられホーリーにしがみつくフェイシーの前に、地の底から父親の姿が現れた。

しかしその姿は炭で汚れ、顔色も定かでないのにだらりとした表情は、死の色が濃い。


「お父……さん……?」


フェイシーが、信じられない面もちで父親に手を伸ばす。

ホーリーが引き留めるようにその腰を抱いて、父親に向かって左手をかかげた。


「地獄の扉は閉じられた。

そは死にあらず、黄泉への歩みは仮初めの物なり。

歩みを反転せし魂は、罪多きその光りを取り戻し、人の世へと歩み出す。

汝、地獄の侯爵サミジーナよ、ダミアス・ラングールの魂をここへ呼び、この不浄なる肉体に戻せ。

我が名は…………」



「待たれよっ!」



呪文が弾かれた。

バシンと父親のむくろが光り、地に落ちて転がった。

ホーリーの瞳から青い輝きが消え、漆黒の色に戻ってゆく。

ゆっくりと顔を上げると、白装束の少年が空から現れた。


「待たれよ、魔術師殿。それは自然の摂理に反している。

たとえあなたのような長けた術師であろうと、反魂の術は禁忌でありましょう。」


ホーリーは答えず、手を引く。


「お父さん、お父さん……

ああ、あああ……あああああ………」


フェイシーはよろよろと父親にすがりつき、その冷たさにすべてを察して泣いた。

ホーリーはじっと白い少年と見つめ合い、そして冷たく微笑みを漏らすと胸に手を当て片足を引いていつものように丁寧に頭を下げた。


「これはこれは天使ヴァチューズ殿、初めてお会いいたしまする。

今宵は聖誕祭、お忙しいところをおいで下さり、まことに……」


「そのようなことはどうでも良い。

魔術師殿、死人を生き返らせるとは禁忌であろう。

しかもデスを葬り、定められし命を長らえるなどもってのほか。

このような事柄を、神が許されると思うてか?」


天使は見下ろすように、ホーリーを見下した。


「ホホ……ホホホホホホアハハハハハ……」


ホーリーが、天使を前にして澄んだ声で笑いはじめる。

天使はムッとした表情でフェイシーに手を向けると、フェイシーはスッと父にすがったまま眠りについた。


「何がおかしいのか!魔女の息子の分際で、過ぎた術は命を縮めようぞ。」


「過ぎた術とはこれいかに。我を『息子の分際』とのたもうたな。

汝、ミカエルが下僕、力天使ヴァチューズよ。」


ホホッと笑いながら、ホーリーがその場をクルリと踊ってみせる。


「おのれ、天使を愚弄するか?」


ヴァチューズが手を天に掲げると、その手にキラキラと大振りの剣が現れる。

美しく銀に輝くその剣を、天使はまるで重さがないように軽々と一振りすると、刃をホーリーに真っ直ぐ向けた。


「この剣は、ミカエル様に賜りし破魔の剣。お前など触れただけでただの子供になろう。」


ホーリーは目を輝かせてクルリと舞って、楽しくてたまらない様子でポンッと天使の懐に入り顔を覗き込んだ。

天使が驚いて思わず怯んだ。


「ホホ、何と楽しき余興よ。

破魔だと?破魔の剣で我の力を封じるというのか?面白い。ならば、触れてみるがよい。」


スッと指を立て、天使の鼻先から指をツッと剣の刃に持って行く。

「くっ」何故か、急に恐怖心がわき起こり、天使がたじろぐ。


触れさせてはいけないと、心の底で声がする。


「見よ、我が指、触れてしまおうぞ?クククク……」


「やめよ……」


しかし、ホーリーは目を見開き不気味な微笑みを浮かべ、指を引かない。

そしてとうとう刃に触れた。

ドッと、何か大きな力が指先から流れ込み、ホーリーの身体が一瞬輝く。


「ああ………」


うっとりと、ホーリーがその衝撃に酔いしれながら、刃に沿ってつうっと指を滑らせた。


「やめよ、やめよ……」


天使の身体は凍り付き、動かない。


「お前は一体何者……ただの人間ではないな……?」


刃にツッと、ホーリーの鮮やかに赤い血が流れる。

するとその剣は、火が消えるように輝きを失い、驚いた天使は思わずホーリーの身体を突き飛ばした。


「この、不浄の物!」


思い切り剣をホーリーへと振り下ろす。

バサッとホーリーの小さな身体に肩口から心臓まで剣が刺さった瞬間、剣は砂となってバッとフェイシー親子の身体に降り注いだ。


「ヒッ!まさか?!ミカエル様の!剣が!」


「ククク……ホホホアハハハハ!!!」


天使は手に残った剣の柄を握りしめ、ガクリとその場に膝を付く。

覚え高き大天使の力を受けて、それを上回るこの小さな魔女の息子に、愕然と見入っていた。


「お前は、一体何者か!」


「我はただの魔女の息子よ、それ以外の何者でも無し。

さらばだ、力天使ヴァチューズ。なかなか良い余興であった、また会おうぞ。」


「待て、勝ったと思うな!何度繰り返そうと、我は現れようぞっ!」


「それは良い、楽しみが増えたという物。

やれ、雪がまたひどく降ってきた。

寒かろう、天使殿。その娘は暖かいぞ、母上のように。」


フワリとホーリーの身体が宙に浮き、黒鳥となって羽ばたいて消える。

それは白い雪の中、艶やかに青く光る黒い羽を広げ、白鳥さえ圧倒するような美しさで舞っていった。


「ん……あ、なんだ?ここは、一体……」


むっくりと、死んでいた父親が起きあがる。


「まさか!」


天使が愕然と驚き、姿を消して様子を窺う。

父親は、何があったのか分からない様子で、胸元の娘を揺り動かした。


「フェイシー!一体、これはどう言うことだ?フェイシー!」


「え?…あ、あ、お父さんっ!お父さん!」


驚いたフェイシーが、涙で顔をクシャクシャにして父親と雪の中硬く抱き会う。

天使は震える手で、思わず口元を覆った。


「まさか、術は払ったはず。あの少年、私など足元にも及ばぬと言うのか?この、力天使が……」


親子は顔を見合わせ、教会の鐘に2人思わず手を合わせている。


「ああ、神よ、奇跡をありがとうございます。」


「お父さんを救っていただいて、神様、天使様ありがとうございます。」


教会に向かってひざまずく2人の姿を見ていると、後ろからホーリーの甲高い笑い声が聞こえてくるようだ。

ヴァチューズは視線をはずし、踵を返すとその場から飛び去って行った。


おごそかに礼拝が終わり、教会の鐘が鳴り響く。

幸せそうにその一夜を暖かな灯りの下で人々が日々を感謝して手を合わせ、神をたたえ歌を歌う。


ホーリーは一人、雪の舞い散る中を天高く舞うように飛び、雪とたわむれながら森の方角へと消えていった。


救うのは、必ずしも神とは限らない。

ホーリーは魔の力を借りますが、魔はその見返りを求めていません。

彼はまるで、友人に力を借りているような、そんな気さえします。

静かな良いお正月をお過ごし下さい。

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