聖誕祭の奇跡(前編)
雪の舞い散る中、行き交う人々の顔はにこやかに、朝早くから鳴り響く教会の鐘に見守られながら、貧しい中でも、もみの木を飾って今日の日を祝っている。
強い一陣の風にもめげずキャアキャアと子供達は楽しそうに雪遊びに励み、どんよりと曇った空も明るく輝いていた。
バサッバサッバサッ
枝に積もる雪を落として、大きな黒い鳥が村のはずれの高い木の枝に留まる。
その鳥はほんのり輝き緩やかに人の姿へと変貌すると、暗く輝きを放つような美貌を持った、一人の少年へと変わった。
柔らかくカールした肩までの艶やかな黒髪が風に舞い、寒さにクスッと笑って黒曜石のように輝く黒い瞳を村へと向ける。
雪のように白い肌は、今日ばかりは雪の白さに溶け込んでしまいそうだ。
薄い黒衣でも寒さに凍える様子もなく、春の暖かさに包まれたように彼の頬もほんのりと色づいている。
彼の名はホーリー。
人々から恐れられる、北の森の黒い魔女の一人息子だ。
「聖誕祭か……」
つぶやき、グレーの空を見る。
聖歌隊の練習する歌が、明日の夜の本番に向けてまだ聞こえている。
古いオルガンは所々音が切れて、思わずまたクスリと笑いが漏れた。
貧しい村には、オルガンを修理する金もままならないのだろう。
「歌だけで十分であろうに。子供達もご苦労なことだ。」
そう言う自分も、見た目は10歳前後。
しかしその大人びた表情からは、本当の年はわからない。
最近は気が向いたとき、この枝から村の様子を見るのが楽しみの一つだ。
普通なら聞こえない声も、彼の耳には囁き声さえ届く。
しばらく眺めていた彼が、ふと一人の少女に目を留めた。
少女はホーリーと変わらぬ背丈で、長い金の髪を後ろでお下げにして可愛らしい。
楽しそうな子供達をよそに、その青い瞳を凝らしながら、村の入り口から森に続く道をずっと立ちつくして見ている。
寒そうに破れたショールを首に巻き付け、手袋も無しにあかぎれが目立つ手を懸命に擦っていた。
「ふうん」
ホーリーがポンと枝から飛び降りると、鳥になって少女の方へと飛んで行く。
そして少女の背後に降り立ち、そうっと彼女の様子を後ろから眺めていた。
じっと、彼女は待ち続けている。
それは、毎日この場所で。
雪の日も風の日も。
どこかせっぱ詰まった様子は、時々涙ぐむときがあるとホーリーは知っていた。
この少女に気が付いたのは、すでに3日も前からだろうか。
じっと見ていた彼女が大きな溜息をついて、空を見てはまた溜息をついてくるりと踵を返す。
そしてホーリーに気が付き、キャッと思わず一歩下がった。
「ああびっくりした、あなた村の子じゃないわね?だあれ?」
少女は暗い顔を怪訝な顔に変えて、ホーリーを覗き込む。
「毎日ここで、誰を待っている?」
「え?やだあ、見てたんだ。あんたよその子?どこかの家に、遊びに来てるの?」
「おやおや、返事どころか質問が返ったか。」
クスクスとホーリーが笑いながら首を振る。
すると少女も顔を上げ、ケラケラと笑いだした。
「やだあ!あんた、なんて綺麗な男の子だろう。あはははは!それにその薄い服、あたいよりきっと家にお金がないんだね。
ほら、あたいはこのくらい何ともないから、あんたに貸したげる。」
ホーリーの薄着に、笑って少女が首に巻いたショールをはずして渡し、ブルブル震える手を脇に挟んで小さくなる。
ショールを受け取ったホーリーは、彼女のぬくもりにうっとりと頬ずりし、そしてスッと彼女の首に巻いてあげた。
「あれ?気にしないでいいのに。」
「私は寒さとは縁がない。しかしお前のぬくもりは、まるで母上のようで心地よかった。
気に入ったぞ。」
「ふうん、あんたって、もーーっと寒い国のお人なんだね。」
にっこり微笑む少女の頬が、赤く上気して愛らしい。
ホーリーが巻いてくれたショールは、何故か身体中を春のように暖めてくれる。
「あれ?さっきより、うんとあったかいや。何故だろう。」
「お前が優しいからであろう。」
「やあだあ!えっと、名前なんて言うの?あたいの名はフェイシーだよ。」
「お前に相応しき、美しい名よ。私の名はホーリー。」
「ホーリー?あはは、お隣の子が持ってる絵本に、ホーリーってカラスが出てくるよ。」
「カラス?ホーリーって鳴くのか?」
「違うよ、カラスはカアッて鳴くじゃないか。ホーリーって名前のカラス。」
「ホーーリーーー」
ホーリーが、おどけて高い声で鳴いてみせる。
少女はますます楽しそうに笑うと、傾きかけた日にアッと驚いた。
「大変だ!帰らないと怒られちゃう。ホーリーも帰りなよ、お母さんが待ってるんでしょ。」
「私はまだ、問いの答えを聞いておらぬ。」
「えっ、なんだったっけ?」
「何を待っているのかと。」
「ああ、お父さんだよ、お父さん。出稼ぎからね、帰ってくるんだ。」
「そうか。」
「ただ、それだけさ!じゃあね、ホーリー。」
バイバイと手を振って、フェイシーが村の中へ向かって走り出す。
ホーリーはそれを見送りながら、彼女が見えなくなるとまた鳥になって空へ羽ばたいた。
少女の後を追い、村の中心を抜けて雪の積もった畑を通り過ぎ、そして村でも一番貧しい小さな家へ。
少女は帰り着くと急いで井戸から水を汲み、重そうな桶を引きずるようにして家へと入って行く。
ホーリーは庭にある朽ち果てた木に留まり、じっと中の様子を窺った。
窓から見えるのは、母親と弟らしい乳児。
母親は弟に手が離せないのか、彼女が釜戸に火をおこし、そして食事の支度をはじめた。
あれは……?
ホーリーが、家の屋根にいる黒い影に気が付いて飛んで行く。
うっすらと揺らめくその影は、この時期に最も不釣り合いな姿。
黒いマントを羽織った骸骨が、ホーリーに気が付きおもむろに振り向く。
ホーリーは空中に浮いたまま人の姿に変わり、影に向かって丁寧に頭を下げた。
「これはこれはお久しゅうござりまする、デス様。」
「チッ、何とも運の悪い。お前に見つかるとは、やはり今日はげんの悪い日よ。」
「ホホッ!げんが悪いなど、デス様に何と似つかわしくないお言葉。
このホーリー、決してお邪魔など致しませぬゆえ。」
「当たり前だ、お前に私を遮る事などできようはずもない。消えるがよい、目障りだ。」
「おやおや、それはこちらのセリフであろう、たかがモンスターの分際で。」
キラリとホーリーの瞳がほの青く輝く。
「おのれ……」
デスはビクリと立ち上がり、大鎌をマントから取り出すとブンッと振って構えた。
「ホーリーと戦うのか?身の程知らずのモンスターよ。
死を運ぶお前に、お前自身の死をくれてやろうか?我からの聖誕祭の贈り物に。」
ホホホッとホーリーが甲高く笑い声を上げる。
「この……たかが魔女の息子が。見くびるか、このデス様を。」
スッと、ホーリーが手を返す。
その手の平にポッと、青白く燃える炎が生まれいでた。
「この炎は偉大なる公爵、ハウレスの炎。たかがモンスター1匹、簡単に滅ぼすであろう。」
「きっ貴様……邪魔をせぬと言うたではないかっ!」
ホーリーが溜息をつく。空を仰いで、残念そうに返した。
「いかにも、そうでありたいと心から願っております。今宵は、星もなく良い夜でございましょうに。」
デスが、口惜しそうに大鎌を下ろして身を引く。
「お前が邪魔をしようと、娘の魂は必ず連れてゆく。それは定められし運命よ。」
デスは言葉を投げ捨てながら、フワリとマントをなびかせ足下から消えて行った。
「消えゆくのは、娘の命か……儚いものよ。」
ホーリーがつぶやき、鳥になって羽ばたく。
すっかり闇に包まれた中、家の中からはぼんやりと薄暗いランプの炎が揺らめいて見える。
ホーリーは高く高く空へ舞い上がると、また降ってきた雪を楽しむように戯れながら、森の方へと飛んで消えた。
翌日、今日は聖誕祭。
朝は早くから人々はご馳走を作り、とびきりの服を着て祝いの声が聞こえる。
明るいうちから男達は酒を喰らい、小さな子供達は滅多に口に入らないケーキを、今か今かとオーブンの前で待ち続ける。
村は昨日よりも一層華やかさを増し、今日の本番に教会のまわりでは、白い服の子供達がそれぞれ聖歌の練習に余念がない。
フェイシーの家でも、母親がささやかなケーキを焼いていた。
「ああ、美味しそうな匂い。ねえ、ケイン。」
フェイシーが弟をあやしながら、オーブン代わりの鍋をウキウキしながら遠巻きに見る。
「さあ、焼けたかしら?」
母親が鍋を開けると、中のトレイに小さなケーキがこんもりと膨らんでいる。
フワッと甘い香りが漂って、キャアッとフェイシーが弟をギュッと抱きしめた。
「美味しそう!お父さんも早く帰ってくればいいのに!」
「え、ええ、そうね。」
母親が、ギクリとした顔で暗くうつむく。
フェイシーの父親は、遠く離れたところの炭坑で働いている。
大きな身体をいつも真っ黒にさせて、地下深く潜って手作業で炭を掘る仕事は、大変な重労働で危険だが賃金は高い。
最近の小麦の不作で借金がかさんでいるために、父親は思いきってその危険な仕事に出向いた。
しかし、その父親から先月、この聖誕祭には帰ってくると便りが来たのだ。
ところが、待っているのにまだ帰ってこない。
待ちきれず毎日村の入り口まで見に行くのだが、どうしたことだろう。
「フェイシー、あのね。」
「なあに?お母さん。」
「あのね………」
言い出しにくそうな母親に、どこかポッと不安が生まれる。
フェイシーは何か言いかけた母親を遮るように、そうだ!と大きな声を上げた。
「お母さん、あのね、昨日変わった子と会ったんだよ。
髪や瞳も真っ黒で、着ている服も真っ黒なのに、真っ白な肌して凄く綺麗な男の子なんだよ。
あんな綺麗な子、初めて見ちゃった。」
「黒装束なんて、何て縁起の悪い。」
「違う違う!ホーリーは、とても楽しい子だったよ。話し方は何だかお貴族様みたいだったけど。」
「貴族がこんな所にいる分けないでしょう。」
「そうだよねえ、あははは!今度会ったら、聞いてみようっと。」
母親は、怪訝な様子でフェイシーを見て大きく溜息をつき、それから言葉を切り出せなくなってしまった。
何を言いたかったのかは、フェイシーも何だか聞きたくない。
嫌な予感が走る。
しかし彼女がまた、村の入り口へと行く準備を始めると、母親は彼女の後ろから抱きしめてそれを止めた。
「フェイシー、もうお止め。お父さんは来ないよ。」
心なしか、母親の声が震えて抱きしめる手に力が入る。
「大丈夫、今日は聖誕祭ですもの帰ってくるわよ、お母さん。」
フェイシーが不安を振り切って、明るい声で返す。
「いいえ、お父さんは帰ってこない。もう行くのはおよし。」
「どうして?」聞きながら、怖いと思う。返事を聞きたくない。
「連絡があったのよ。炭鉱で事故があって、お父さんは行方不明だって……」
「………う………そ…………」
愕然として、言葉が出ない。
耳を塞いで、何度も首を振った。
「うそっ!!」
「どうしても……言い出せなくて……」
「うそばっかり!今日は、今日はきっと帰ってくるもん!」
「もう、無理なのよ。先週……岩が崩れて、お父さんは………」
「うそっ!」
コートも羽織らず、フェイシーが雪の中を飛びだして行く。
「フェイシーーッ!」
追いかける母親の後ろで、弟が泣き出す。
母親は弟に気を取られながら庭先まで出て、何度もフェイシーの名を呼んだ。
クリスマスにアップするのをすっかり忘れていました。
すでに古い作品ですが、お楽しみ頂ければ。




