5、魔女の息子
悪魔の手が、障気を残して魔法陣へ消える。
「おお!」
思わず身を引いた年老いた領主に、残った障気がゆらゆらと流れ着いた。
「ひっ!ひいっ!ぎゃああああ……」
奥方の横で領主の身体は、ブスブスと腐り落ち、アッと言う間に骨になって崩れ落ちた。
「あなた!あなたああ!」
「ひいいいぃぃぃ!」
逃げ出す2人がドアへ走る。
ガチャガチャと、どんなに開こうとしてもドアは開かない。
そこへホーリーが優雅に歩み寄り、楽しそうに声を上げた。
「アハハ!ククッ、ホホホ!ああ、何と楽しき夜!
女よ。」
領主の妻に、ホーリーが歩み寄る。
凍り付く妻に、くっと笑って吐き捨てるように告げた。
「愚か者め、そなた北の黒い魔女と名乗ったな?ホーリーは、お前の腹から産まれた覚えはないぞ!」
「ま、まさか!」
「母上を侮辱した罪、思い知るがよい。
美しき奥方よ、永遠の命が欲しければホーリーが与えよう。
老いさらばえ、朽ちる身体で永久に生きるがいい!」
ホーリーの漆黒の瞳が、ほの青く輝く。
その小さな手を一薙ぎすると、フワリと美しい奥方の身体を風が包み込む。
「あ、あ、あ、あ、うああああ……
た、たすけ……助けてえぇぇ……」
奥方の身体からは、立ちのぼる湯気のように生気が消えて行く。
声が急速にしわ枯れてゆき、身体が枯れ木のように張りを失い水分を失っていった。
骨に張り付くシワシワの皮からは肉がそげ落ち、ドレスの重みにも耐えられずに、その場にパサリと伏して倒れた。
「ひ、ひい!助けて!助けてくれえ!」
神父がガクリと腰を抜かし、尻餅を付いて四つん這いで這って逃げる。
「お待ちなさい、お前は苦しむことはない。」
ホーリーはトトッとステップを踏んで後を追い、神父の頭を撫でると優しく微笑んだ。
神父は声もなく、怯えて小さく頭を抱える。
「わ、私は、何もしていない。女子供を殺したのはこいつらだ!」
「おびえているのか、可哀想に。
わかっているとも、お前は領主が人の道を踏み外す手助けをしただけだ。
可哀想に、ああ……可哀想に。」
ブルブル震える彼の背を、つっと撫でてポンとホーリーが叩いた。
「な、なんだ?い、一体……」
神父が身体の異常に気付き、思わず顔を上げる。
腹が膨れてズボンが苦しい。上着がはち切れんばかりにパンパンになって行く。
慌てて服を解いてゆく神父に、ホーリーが楽しそうに笑って言った。
「ああ!なんと可哀想に!
愚かな神の使いよ、何人もの乙女を食ってきたお前なら、今度は食われる側に立て。
ブタとなって人々の食欲を満たし、悔い改めるがよい。」
「ひいっ、た助け、助け、たすブウ、ブブ、ブウ、ブウ、ブヒイ!キイ!キイ!」
丸々と太ったブタが一匹、あとには神父の服が散乱する。
ブタは混乱したかその場を走り回り、壁にぶつかって気を失った。
「人の身で、魔に触れるなら相応の覚悟もあろう?
ホーリーは魔であって魔ではない。しかし、魔の代弁者となろうぞ。
……さて、悪魔と交わったと知れては母上に叱られよう、泉の清水で身を清めて帰らねばなるまい。」
バルコニーへの窓を開け、雲間から美しく、月が輝く空を仰ぎホーリーは、自らもまた黒鳥に変わると闇の空へと飛び立った。
「助けて……助けて……」
テリアが泣きながら、空を仰ぐ。
バサッと羽音が頭上に響き、いつの間に現れたのか、大きな黒い鳥がテリアを見下ろしている。
「ホーーリーー!!」
手を差し伸べるテリアに、鳥はホーリーの姿へ変わり、宙に浮いたままテリアの元まで降りると、クスクスと笑って手を後ろ手に組んだままスッと下がる。
「ホーリー!助けて!助けてくれないの?」
「友人はどうした?」
「そんな!見ればわかるでしょう?余裕なんてあるわけないじゃない!」
「フフ……そうか、まあ良い。村へ帰り、皆と達者で暮らすがよい。」
テリアの身体がフッと浮かび、スルスルと地上に降ろされる。
「そんな!掴まって、村へ帰れるわけが……」
周りを見回すと、男や犬も皆眠っている。
テリアはドレスのスカート部分を拾い上げ、ギュッと握りしめると空に浮くホーリーを見上げた。
「村へ、帰れるの?本当に。」
「恐れることはない、館へ行って捕らえられた人々を開放するが良かろう。
事は良き方へ運ぶであろう。ホーリーも楽しかったぞ。」
ホーリーの姿が、また大きな黒い鳥に変わる。
バサッと一つ、大きく羽ばたくと、鳥の姿はアッと言う間に夜の闇に溶け込んでしまった。
その後、領主の城は開放され、囚われの女達は全て村へと戻された。
テリアも、もちろん友人と共に。
村はずれに迎えに出た両親と婚約者も、他の女達の家族と共に総出で涙に濡れて喜んでいる。
「テリア!テリア、ああ、よく無事で……」
「お母さん!お父さん!」
抱き合って喜び合う。
母親が、そこでふと問いかけた。
「一体、どうして急に領主様はお前達を解放されたんだろう。」
領主が魔物に襲われたことは、誰も知らされていない。
テリアは、にっこり笑って言った。
「魔法使いが魔物を倒して助けてくれたのよ。
ホーリーはちょっぴり意地悪だけど、本物の魔法使いだもん。」
「まあ、この子ったら」
テリアの話を誰も信じる者は無く、皆が失笑する。
それでも、彼女だけは彼の存在を胸に秘めて、目を閉じて手を合わせた。
その地方の恐怖の時代は開け、そして城からは新しい領主が送られた。
そのごく普通の領主はごく普通にその地を統治してその地は再び栄え、人々は大変喜んだという。
短編でしたが、いかがだったでしょうか。
ホーリーは好きなキャラで、短編を何本か書いていました。
これは昔、携帯の投稿サイトに出して、意外と好評を得たものです。
携帯小説の流行で、携帯には短編かなと、シリーズ化して書いたものでした。
長く書いてると時代の移り変わりが激しいのに驚かされます。
それではまた。




