2、魔女のうわさ
ドーーンッ!!バリバリバリ!
ホーリーのいた木が、真っ二つに裂けて両側に倒れる。
パリパリと身体のあちこちを黄金色に光らせて、何事もなかったようにホーリーがふわりと地に降り立った。
「ふう」
プルッと身体を振り、放電する髪を指で解く。
「いたずらが過ぎたか?」
雷に水を差されて高揚した気分が収まり、フフッと笑って天を仰ぎ、そして少女の方へ歩き出した。
少女はあまりの恐怖に気絶したか倒れている。
「ふうん……」
まじまじ眺めて手をかざし、少女の身体をフワリと浮かせた。
ハッと、気配に気がついたのか、少女が目を開ける。
「えっ、何?あなたは?えっ、キャアッ!浮いてる!」
キャアキャアと、じたばた騒ぐ少女にホーリーが目を丸くする。
「キャアッキャアッキャアッキャアッ!」
じっとそのまま見つめるホーリーに、テリアは悲鳴を上げながら噛みつくように怒鳴った。
「あんた!助けてよ!助けて!何黙ってるのよっ!」
バタバタ手足をばたつかせ、身体をひねってなんとか降りようともがくうちに、くるりと身体が逆さになってしまった。
「ぎゃあああっ」
ドレスがバッと上半身へめくれ、ズロースをはいた、すんなりした足が見事に露わになってしまった。
「キャアッ!見ないで!やだ!いやあ!」
呆気にとられ、クスクス笑うホーリーが、スッと指を回す。
テリアはくるっと回されて、そのままドスンと落ちた。
「キャッ!痛あ!いたた……
ひどい!ひどいわっ、あんたの仕業ね。この悪魔小僧、うっ、うっ、うっ」
少女は叫んでいたかと思えば、雨に濡れながらしくしく泣き出す。
またもう一度、物珍しそうに眺めて笑った。
「うるさいが、面白い女よ。いかがしてくれよう。」
少女はカタカタと、歯を鳴らして震えている。
辺りを見回しても、雨風のしのげる場所はない。
「あ、あんたの家は?このさい悪魔でも何でもいいわ、雨に濡れて寒いのよ。
助けようとか思わないの?やっぱり悪魔ね。」
「お前の口はよく喋る。助け手が欲しければ、しばし言葉に気を付けるがよい。」
「なあに?子供のクセにマセていること!何言ってるのか、さっぱりわからないわ。」
少女の物言いに、呆れたかホーリーがちょんと肩を上げる。
「やれ、くだらぬ。」
プイッとへそを曲げてホーリーは両手を大きく広げると、寝転がるのかぐらりと後ろに倒れていく。
すると、地面に倒れる瞬間、身体がバシャンと水しぶきを上げ消えた。
「あっ!ああっ!」
テリアが慌ててホーリーの消えた水たまりに手を伸ばし、バシャバシャとかき混ぜる。
「ああ……意地悪、意地悪、意地悪……」
泣きながら突っ伏して止まない雨にびしょ濡れになりながら、テリアは呆然とその場にたたずむしかなかった。
すっかり日が落ちて、あまりの寒気に大きな木に寄り添い、膝を抱えてじっと雨が止むのを待つ。
ホーリーの消えた水たまりは、何故か柔らかに光を残し、心がほんの少し落ち着く。
次第に寒さが収まり、一時をウトウトしてふと気が付けば、いつの間にか雨が身体に当たってこない。
周囲を見回すと、木がテリアを包み込むように、根や枝葉を伸ばしていた。
そう言えば、まわりは雨が降っているというのに、急速に服が乾いている。
「まさか……あの子?」
ハッと顔を上げて流れる涙を袖で拭く。
ふと、テリアは水たまりの向こうににっこり微笑んだ。
いつからそこに立っているのか、ホーリーが後ろに手を組みちょこんと立っている。
黒髪は柔らかに肩へ落ち、黒衣は闇に溶けかかっている。
「あなたが、助けてくれたの?綺麗な子…ね。」
気持ちが落ち着き、静かに語りかける。
ようやく彼は、一歩踏み出し、ほのかに光る水たまりの水面に立った。
「落ち着いたか女よ。
ホーリーは騒がしいことを好まぬ。
もとよりお前などどうでも良きこと、気まぐれも限度があるぞ。」
静かで見かけの小さな、少年にも思えない言葉に、テリアがフフッと微笑む。
「ごめんなさい、もう騒がないわ。だから1人にしないで。ね?え……と、ホーリー?」
「名など、どうでも良い。」
「いいえ、私、恩人の名前を覚えておきたいもの。」
「まだ、恩人になるとはわからぬ。お前は何から逃げていた?」
テリアの顔が曇り、フウッと息を吐いて膝を抱える。
まだ助かったと言えない状況に、また少し落ち込んだ。
「そうよね、私はこれからどこに行けばいいかも分からない。
どうすればいいんだろう。」
「答えよ。答え次第で道は開かれん。」
ポツポツと、雨が止んでヒョウッと音を立てる風に雲が流される。
雲間から、ちらりと星が覗いて瞬いては消える。
テリアはその空を仰ぎ、溜息混じりに語った。
「北の、黒い魔女よ。
領主の新しい奥方が……そう名乗って、各村から女を集めているの。
逆らえば、村を追い出される。でも、領主の城へ行って帰ってきた人はいない。
きっと殺されるんだわ、……みんな…そう、噂しているの。」
「女がいなければ、村は途絶えよう。」
テリアがプルプルと首を振る。
「連れて行かれるのは……こう言っちゃなんだけど、村でも綺麗だとか可愛いとか言われている子ばかり。
えへ、私もね、これでも小さい頃から可愛いって言われていたのよ。
もうすぐ、幼なじみのグレンと結婚しようって……」
ポロポロと、少女が涙を流す。
ホーリーが空を仰ぎ、何かブツブツとつぶやいた。
指を組み、空に向かってその指を差し出す。
「お前を追っていた馬車は、途中一度だけ休み、先程領主の城へ着いたぞ。
女が……3人。」
「そうよ、わたしの友達も1人。
一緒に逃げるつもりだったのに、彼女はとうとう足が動かなかった。
逃げると家族に迷惑がかかるもの、当然よね。」
「北の黒い魔女か……」
「悪い魔女とは聞かなかったのに、あんな魔女だったなんて。」
ホーリーは無言で彼女を見下ろし、そして背中を向けた。
「どこへ行くの?1人にしないで!」
テリアが立ち上がり、慌てて追おうとする。
こんな所に一人置き去りにされるなんて、冗談じゃない。
「領主の妻、面白いではないか。」
「恐ろしい、あんな所へ行くの?」
「ホーリーには、恐怖も心地よい。」
「あんたも綺麗だもの、男の子でもきっとひどい目に遭うわ!」
キュッとホーリーの顔が、嬉しくて、面白くてたまらない顔で笑う。
「退屈しのぎには、またとない趣向よ。
お前も来るがいい、友人を助けるのであろう?」
「え?!え?」
ホーリーの姿が、闇に飲まれて大きな黒い鳥になり、大きく羽ばたいた。
バサッバサッ!
「え!きゃ、きゃあっ!」
彼女の身体を鷲のような爪でギュッと掴み、夜の闇の中を飛び立つ。
軽々とそれは、先ほどの輝く水たまりが一気に遠く、小さな点になって消えた。
気まぐれで、イタズラ好き、
でも、やさしい。




