第十二話 悪魔との思い出
「お前って、変わった奴だよな」
昔、ベルフェの他にも失礼なことを言う人がいた。
「そういう先輩だって、変な人ですよ」
先輩と私は言うが、実際には戦闘の教官だ。名前で呼ばれるのは嫌いらしく、先輩と呼べと言うのでそう呼んでいる。
年もそんなに離れてなく、私と同じような人だったので話も合った。
「そうか?」
「そうですよ。神の手に所属しているのに、魔術師を殺さないなんて」
魔術師を生かしてしまう先輩は神の手の中では異端者として扱われた。それでも実力を買われ、神の手に所属されることを許されていた。
「人ならば、同じ人を殺すことは嫌だろ。お前も人だろ、エヴァリス」
「そうですけど、神の手に所属している以上、人殺しは仕方の無いことです」
「お前が殺す理由は知っているが、それでもお前は変わり者だ」
先輩と同じ理由で変わり者と言われるのは納得できるが、それ以外の理由は思いつかない。
「お前の極端に目的に突っ走る性格は異常だろ。目的のために手段を選ばず、妥協もしない」
「そんなのが異常ですか?」
「異常すぎる。じゃあ、仮定の話だがお前がごくごく普通な人間としよう。ある日突然、誰かを救うために大金が必要になってしまったらどうする?」
要するに、急に大金が必要になった。そして、私には大金を用意する方法が無いという状況なのだろう。
「銀行強盗」
「わかっていたけど……あっさりそんな答えを出すか、普通」
「え、だって、普通の人が急に大金なんて用意できませんよ。犯罪でもしないと」
私の言葉を聞き、先輩は大げさに溜息をつく。それこそが異常だと伝える様に。
「それがお前の異常だ。普通の人間は人に借りるとか、わずかな希望に賭けたりするなどの、合法な手段から考える。それなのに、お前は非合法の手段を即答する」
案の定、先輩は私の答えが異常の証拠だと言った。
より高確率で救える方法を言う私に異常という、先輩に少しだけ苛立ってしまう。だから、黙って聞くことはせず、反論してしまう。
「でも、合法な手段だけでは救えない。それならば、非合法の手段をとっても不思議じゃないです」
「そうかもしれない。だが、普通の人間ならばその行為を躊躇ってしまう。非合法、ましてや銀行強盗は人を殺してしまうかもしれないからな」
その言葉が胸に刺さる。私は人殺しを嫌っている。でも、躊躇ったことがあったか?嫌っているくせに躊躇うことが無かった。私の願いを叶えるために人殺しが必要だった。嫌っているけど仕方が無いと思った。でも、私は躊躇うこともなく人を殺していた。
「……直した方がいいですか?この性格」
「自分で考えろ、そんなこと。だが、俺はそれが悪いことだとは言っていない。俺には理解できないだけだ。尤も、人間誰しも他人には理解できないものを持っている可能性はあるし、お前の場合はそれが表面に出ただけだ」
「そんな、理解できない私を先輩はどう思っているのですか?化け物とか、異常者ですかね?」
自分は正常だと思っていたものが、他人から見れば異常。そんなことを私に知らせた先輩はどう見ているのかを、精一杯笑顔で訊いてみる。
「悪い、言い過ぎた。俺はお前を友人だと思っている。別に、理解できなくても友人関係は築ける。それが、常にお前の味方をするかは知らないが」
謝って、友人だと言ってくれるので安心する。しかし、人を傷つけるような話を何でするのか?この先輩は。
「そうですか。でも、私は友人=味方と考えてないですから問題ないです」
そこまで考えていない。だが、友人が敵になるのだけは避けたい。
「それなら問題ないな」
先輩は安心したように笑った。それで、理解できた。この話は忠告だ。友人関係を築けてもそれが味方というわけではない。異常が見えてしまう、私には味方をつけるのが難しいと。
「忠告、感謝しますよ。先輩」
「何のことかな。まあ、俺はお前が自分を理解してくれる奴を見つけられることを祈ってやるよ。友人として」
祈ってやるとか言いながら、特に何もしない。何もしないのは神に対して祈っていないからだろう。
少しだけ間を空ける、それが先輩の祈りだった。
「祈ってくれたのですか?」
「祈ったよ。神に対してというわけではないが」
「神に仕える神術師とは思えない態度ですね」
「それはお前も同じだ。では、数少ない同類として忠告もしとくか。身を穢す方法で救われた奴は喜ぶのかな?」
「忠告されなくても、わかります。喜ぶ奴はいませんよ、そんな方法で救われた奴は」
私はカッシアの気持ちを考えていない。ただ、私が救いたいのだ、私のために。
「夢か」
九日目の朝、昔、忠告と祈られた時のことを夢として見て目覚めた。それは、私にとって数少ない幸せな時間だった。
「幸せそうな顔だな。男の夢か?」
「……」
私はどんな顔をしていたのだろうか?ベルフェの言う通りわかりやすいのかもしれないが、こうも簡単にわかるとは思えない。だが、正解を言われてしまったので何も言い返すことができない。
「図星か」
「そうだよ、お前とは比べられないほど素敵な人の夢を見ていましたよ」
図星を突かれてしまったので、先輩と比べてベルフェを悪く言ってしまう。
「悪かったな、どうせ俺は素敵な人ではありません」
珍しいことに拗ねるベルフェ。悪口を言われるのがそんなに嫌なのか?
「気にしていたりする?」
「……」
いつもは話が弾む朝食。だが、今日は弾まず、テレビの音だけが部屋中に響く。ベルフェはもう拗ねていないと思うのだが、会話のきっかけが無いのでお互いに無言を貫いてしまった。
「……」
「……」
せめて、話題になりそうなことをテレビに期待するが、朝は感情もなく淡々とアナウンサーが喋るニュースしかやっていない。私もベルフェも世間の事件には興味が無いので話題にはならない。そして、普段見てないニュースに話題を求めてしまうほど気まずい空気が流れていた。
そんな、感じに食事をしているとテレビから軽快な音楽と、陽気な声が響く。エンターテイメントのコーナーで、背景から今回の特集が遊園地だとわかる。そして、ベルフェは遊園地に行ったことが無いのかテレビに釘付けになっていた。
「ん、興味あるの?遊園地」
「……ある」
話題になるかと思ったが、あっさりと終わってしまう。それでも、ベルフェはテレビに釘付けだ。これを話題にするのはいいと思うのだが、迂闊なことを言うと更に悪化しそうな雰囲気だ。いっそのこと、本日オープンと宣伝されたこの遊園地が近くだったらいいのに。そんな気持ちで、テレビを見ると住所と簡易地図が表示されていて、テレビを見ながら私は軽い気持ちで言葉を発した。
「この遊園地、ここの近くだ」
軽い気持ちで言った。気まずい雰囲気を無くすために、近くの遊園地に行くのは悪くないなと思って。しかし、ベルフェは予想以上に喰いついてしまった。
テレビから振り向いて、ベルフェの方を見るとベルフェは術を使って着替えていた。ベルフェはスーツでも平然と遊ぶ奴だが、私が二日目に術で衣服を好きなようにできると知ったので、スーツだと目立つと言った。そうしたら、ベルフェはボトムスをジーンズ、トップスはそれに合わせたものを術で着るようにしてくれた。
しかも、遊園地に行くぞ、と主張したいのか、遊園地の情報が掲載されたガイドブックを読んでいた……あれ、こいつ、いつ買った?
「そのガイドブック?」
「これか?コピーした」
術で本を創ることはできる。尤も、内容も自分が創ることになるので、遊園地の情報を載せたガイドブックを創ることはできない。だから、ベルフェはコピーをしたのはわかる。
「何で、コピーができる?そのガイドブック、読んだことがあるの」
コピーにはオリジナルを知る必要がある。ベルフェがガイドブックをコピーするにはガイドブックの全てを知る必要がある。
「いや、無い。だが、俺と俺の兄妹達は人間やそこらの悪魔より世界の本質に近いからな。世界に存在するもののコピーぐらい簡単にできる」
世界の本質というのは因子の絡み合う基盤のことだろう。そして、これがベルフェに聖人の力が通じない理由だと思われる。ベルフェは基盤を住処にする存在。聖人の因子操作は基盤という海に沈む因子を釣り上げることで操作可能になる。対して、海に住むベルフェは聖人が垂らした釣り針を壊し、好きな因子を好きなだけ操作できる。
そんな化け物なら不可能を可能にしても不思議ではない。そして、また疑問が一つできる。
「先に言っとくが、これ以上教える気はないからな」
「ベルフェが自分の意思でしか自分のことを話さないのはわかっている。それより、遊園地に行くのはいいが、まだ早すぎる。こんな時間に行っても遊園地は開いてないぞ」
「うっ……」
そんなことを忘れてしまうくらいはしゃいでいたのか、ベルフェは。子供とか可愛げのある少女なら微笑ましいのかもしれないが、ベルフェの場合は痛々しいのかもしれない。
今日は休日、おまけに遊園地は本日オープン。そんな日なのだから、客が多いのは当然だ。主に、親子やカップル。男女もしくは女だけのグループ。一人でいる奴は珍しく、私は今、珍しい奴の一人だった。
ベルフェと来た私は当然一人ではない。だが、心行くまで満喫するベルフェに着いていけず一人で休んでいた。原因はこの遊園地の目玉、絶叫マシンだ。ここは絶叫マシンに力を注いでいるのか種類も豊富でどれも期待できそうなものだった。そして、ベルフェはそれを気に入ってしまい、来て早々、絶叫マシン全制覇に乗り出してしまった。
そして、その途中、半分も回らずに力尽きた私を無視してベルフェは一人で行ってしまった。
この場では珍しい一人ぼっちの私は幸せそうなカップルを見ていた。
今朝見た夢を思い出す。ベルフェと楽しい時間を過ごしたから、過去にあった幸せな時間を夢に見たのだろう。そして、気づく。私は先輩が好きで、同時に味方であって欲しかったことに。
今にしてみれば、今朝の夢は幸せな夢だったが同時に悪夢でもあった。先輩は私の友人ではいられるが、味方にはなれないと言った。それを伝えるために忠告をしたのだろう。
「どうした?暗い顔して」
その言葉と同時に、頬に冷たい物を当てられる。顔を上げるとベルフェが冷えたジュースを持って立っていた。
「何でもない。それより、絶叫マシン全制覇はどうした?」
「んー、一人じゃ面白くないからこっちも休憩」
そう言いながら、ベルフェは私の隣に座る。私はそれを顔には出さないが喜んでいた。そのことに気づいてしまうと、私は私を止めることができなかった。
「なあ、私ってどう思う?」
「何を?」
「私の性格とか。極端に目的に突っ走ってしまうとことか」
「ああ、それか。異常だな、その性格」
その言葉で、何かが壊れた感じがした。
「……そう。やっぱ、異常か。前にも言われたよ」
期待していたから、その期待を裏切られたのがすごく嫌だった。本当は泣きたいのかもしれないが、泣いてしまうと今までの関係もなくなってしまう。だから、精一杯強がって笑いながら言う。
「だが、幸せだよな」
「……えっ」
「いや、お前と付き合えた奴は幸せだよなって」
そんなことを、ベルフェは平然と言った。
「えっと、その……何で?」
「……言いたくない」
「はっ……?」
「言いたくないものは言いたくない。そんなに気になるなら、自分で恋人作ってそいつに聞け」
「なっ、自分で言ったことには責任持て」
「うるさい。この話は終わりだ」
勝手に話と休憩を終わらせて私を立たせる。
「あれなら大丈夫だろ」
ベルフェが指したのは絶叫マシンではなく巨大な観覧車だった。
「長いな、待ち時間」
ここの絶叫マシンは短時間でスリルを味わってもらうことを考えているのか、ジェットコースター以外は待ち時間が短い。逆に、観覧車は時間が長いので待たされてしまう。
こういった、待ち時間が長いと、不満を思う奴や、話す奴、騒ぐ奴がいる。私は思い、ベルフェは話し、私達の前にいる親子の子供は騒いでいた。
「どうした?何か気になることでもあるのか?」
ベルフェが騒ぐ子供となだめる親達を見ていたのが気になった。
「別に、今までのアトラクションで親子はそんなにいなかったからな。いたとしても、あんな風に騒ぐのはいなかった」
「そりゃー、絶叫マシンは身長制限があるし、子供は恐がるからな。後、待ち時間が短いのも理由の一つか」
「そうか」
話している間に、前に並ぶ親子はゴンドラに乗ってしまう。それで、この話は終わる。そして、私達もゴンドラに乗る。
「なあ、さっきは何を見ていた?」
「騒ぐ子供となだめる親」
観覧車は景色を楽しむアトラクションなのに私達はそれをしないで話しをしていた。どうしても、ベルフェが何を見ていたのかを知りたかった。
「嘘。何か見ていた。あの親子がどうかしたのか?」
「何も無い」
嘘をつけないが、ごまかすことはできる。普段は上手なのに今は下手だ。あの親子というより、親子、もしくは親子の行動がベルフェに引っ掛かったのだろう。
「……ベルフェって子か……親でもいるのか?」
悪魔に子も親もいない。だが、ベルフェは誰かに創られたのかもしれない。
「……言いたくない」
ごまかしの次は拒否。しかし、私にそれは意味が無かった。ベルフェは何も話さないと思ったので顔を見て判断する。普段は顔に出さないのだが、今は違う。おそらく、ベルフェ達には親がいるのだろう。
「ベルフェに怠惰を背負わせた存在。それがベルフェの親」
「……」
拒否の次は無言。つくづくこの話はベルフェにとっては嫌なことなのだろう。そして、この無言は肯定だ。
ここまでわかれば、今までの疑問もわかってしまう。親の悪魔が子に一部を背負わせる必要はない。ならば、その親は。
「それ以上、考えるな。殺すぞ」
強烈な殺気で思考が停止する。
「……わかったよ。無言の次は命令か。了解」
「わかればいい。お前が思っている通り、俺は親子を見ていた。これでいいだろ」
「親子の何を?」
「……遣り取り。もういいだろ。黙って景色でも見とれ。観覧車は景色を堪能するものだ」
「確かに。景色を楽しむものだな、観覧車は」
ベルフェの言う通り、観覧車は景色を楽しむものだ。だが、それ以外にも楽しみ方はある。
「しかし、観覧車で話しをするのも楽しみの一つだ。雰囲気も良いし」
「……そうだな。こんな雰囲気だ。少しだけどうでもいい話をするか」
「エヴァリスって、親とどんな遣り取りしていた?」
どうでもいい話にしては、ベルフェの声には重たい雰囲気を感じてしまう。
「どんなって、普通だったと思うよ。さっきの親子みたいに」
私から話しを振ったが、両親を幼い時に殺された私もベルフェの様に重たい雰囲気を出してしまいそうだ。それでも、ベルフェがどうでもいい話というのなら、話しを振った私は軽い調子で話さないとダメなのだろう。
「そうか。そうだよな、普通なら」
それでも、重たい空気を纏うベルフェのせいで私の声も低くなってしまう。
「憧れているのか?……それとも、飢えているのか?」
「そうかもしれない。だからこそ、俺はさっきの親子を見ていたと思う」
「あっさりと、本音を言うな。弱っているのか」
「かもな。だから、この話しは終わりだ。お前も弱った俺の相手をしてもつまらないだろ」
「そうだな。今のお前と話しをしても面白くないし」
今のベルフェは弱っていてつまらない。だからといって、普段のベルフェには一方的に言い負かされているので面白みはないのだが。それでも、弱っている今のベルフェよりはましだ。
それで、どうでもいい話は終わる。そして、いつものベルフェに戻る……のだが、思ってしまったことがあるので言ってしまう。
「それは、親か子からしか与えられないのか?」
観覧車は休むことを目的にしていたので、終わったら再び絶叫マシン全制覇に乗り出す。観覧車の特別な雰囲気が無くなったので、いつものような日常を過ごし一日は終わる。
この日、私は、ゴールを目前に迷ってしまった。




