Ep.8:After 謝罪と食事と襲撃と捜査 後編
次回Ep.9以降も長くなります。
これからはこの様な状態が続きますので、ご了承ください。
8-4
思った通り、学園の敷地内、特にメインストリートは大騒ぎになっていた。
時刻は午後九時をとっくに回っているというのに、学生たちが集まって、何やらざわついている。
人だかりの最前列、『Keep Out』のロープの向こうに、ライトに照らされながら忙しなく立ち働く風紀委員たちの姿が見えた。
その中にファルシアの姿を見つけ、真來はロープを跳び越えた。真來を認めると、ファルシアはにっこりと笑った。
「やあ、お早いお着きだね」
「嫌味はよせよ。それで、状況は?」
「また一体、精霊がやられたよ。見るかい?」
真來は黙って頷いた。ファルシアはその場を別のメンバーに預け、真來を庭園に案内した。
ふと、真來の脳裏を、最悪の想像がかすめた。
まさか……と思う。そんなはずはない──とも。
自然と早足になってしまう。駆け出したい気持ちをぐっとこらえ、真來はファルシアについていった。
その胸中を見透かしたかのように、ファルシアが言った。
「そういえば、君の精霊──白夜と言ったかな?彼女の気配がないね?」
「ああ。さっきまで、イヴと街に行っていたんでな」
たったっ、と、石畳を蹴ってこちらへ駆けてくる者がいる。イヴだ。
「すみません、遅れました……」
息を切らしながら、謝罪する。ファルシアは軽く頷いて、
「いや、大丈夫だ。これで、少なくとも君は犯人じゃないね──と、そういえば君は、精霊を学園内に置いていったんだったね。学園内に張られた結界なら、ある程度の精霊は活動できる。まだシロとは言えないか……まあ、僕も同じだけどね」
やがて一行は立ち止まり、現場に到着した。
<精霊の天敵>による襲撃現場の様子は、今までの現場とはまるで異なっていた。
数人の風紀委員に囲まれて、半壊した精霊が横たわっている。
今回は、上半身と下半身に分断はされておらず、四肢が無くなっていた。所謂、「ダルマ状態」というやつだ。
精霊は女性型。心臓を毟り取ったような、やや乱雑な傷跡がある。ライトで照らされたその傷は、部分的に融解していたが、かなり原型を留めていた。
先日、真來が見た召喚獣の骸は、かなり丁寧に傷跡は処理されていたはず。
だとすれば、今回の襲撃は何かがおかしい。
考えているうちに聞こえてきた嗚咽に反応し、真來は殺害された精霊を見た。
精霊にすがり付いて、泣いている学生がいた。どうやら、精霊の死を悼んでいるらしい。
その光景に、イヴは思わず目をそらした。
やがて、精霊の体は淡い光を帯びて、粒子となった。
エーテルとなって空気中に溶け出していく精霊を見て、主だった学生は宙を掻き回す。
しかし、粒子は手をすり抜けて、完全に空気中のエーテルと同化した。
学生は、人目も憚らず泣き出した。周囲の風紀委員も、気の毒そうに学生を見ている。
無論イヴもその一人で、しばらくの間、呆然と学生を見下ろしていた。
小さく深呼吸すると、何かを決心したようにきびすを返した。
「待つんだ、イヴ」
イヴに背を向けたまま、思いのほか強い口調で、ファルシアが制止した。
「君は、どうやら<精霊の天敵>に関わらないほうがいいと思う」
「──でも!」
「今の君に何ができる?覚悟を決めたからといって、必ずしも<精霊の天敵>に勝てるとは限らない。寧ろ、感情的になって冷静さを欠いた君は、返り討ちにされるはずだ。<精霊の天敵>のことは、僕たちに任せてくれ」
ファルシアがイヴを振り返る。
そこにいつもの微笑みはなく、彼は切なげに眉をひそめていた。
「それと、君は見回りをしていてくれ。<精霊の天敵>の捜査は、他のメンバーで行う」
その言葉は、イヴにとって、「もう協力するな」ということを意味していた。
「え──」
「君は今まで、『実質一人』で捜査を進めていた。でも、『大人数での捜査』の方が、手っ取り早く解決できると思わないかい?」
イヴは愕然として、棒立ちになった。
「そんな……ちがっ……」
「まだやることが残ってるんだ。君は、今日はもう寮に帰って休むといい。それから、しばらく、君とは会いたくない」
悄然と背中を向けて、行ってしまう。
イヴは死人のように青ざめて、小刻みに震えだした。
「どう、しよう……」
「おい、落ち着け」
「私はっ、風紀委員失格……っ」
「落ち着けって、あんなのは、下らない誤解──」
「放っておいてください!」
真來の手を振り払い、そのまま、弾かれたように走り去る。
外灯に照らされ、闇の中でも映える金髪が、どんどん遠ざかっていく。その背中を、真來は呆然と見送った。
「……泣くことないだろ」
そんな真來のつぶやきは、夜風に吹かれて、泡のように消える。
8-5
釈然としない気分で、真來は寮の自室に戻った。
「白夜、戻ったぞ」
「お帰りなさい。お食事、どうでしたか?」
「ああ、確かに美味かったぞ。お前が薦めただけのことはある。ってか、俺がイヴと一緒に出かけたのは、確かめたいことがあったからだ。<精霊の天敵>がらみでな」
それだけで、白夜は鋭く察したようだ。目を丸くして、
「……ひょっとして、イヴさんを疑ってるんですか?」
「犯人じゃないと決まったわけじゃないからな。オーディーンの扱う閃光なら、<精霊の天敵>と同じことができる」
真來の脳裏に浮かぶのは、舐めとかされた飴のような、特徴的な傷跡だ。
「俺とイヴが学園を離れている間、万が一<精霊の天敵>が動けば」
「イヴさんにアリバイができるわけですね?」
「そうだ。そして実際に、<精霊の天敵>は動いた──らしい」
「では、イヴさんは無実──でも、さっき真來は──」
「ああ。かえってクロに近づいたかもしれない」
このタイミングだと、いくらなんでも都合がよすぎる。
これまで、<精霊の天敵>が二日連続で動いたためしはない。
今回の襲撃は深夜ではなかったし、例の傷跡も中途半端。かなりの異常事態だ。
今回の襲撃には、虚構──欺瞞の気配がする。
しかし、白夜は納得いかない様子で、困ったように眉根を寄せた。
「でも、オーディーンは私と一緒にお留守番でした。主たる魔術師が近くにいなければ、私たちは本来の能力を発揮できません」
「それは分からないな。なんせ、この学園には結界が張られてるんだ」
以前オーディーンから教わったように、この学園には、精霊や召喚獣が姿を現すことができる結界が張られている。わずかではあるが、彼らは結界の範囲内において、活動することができる。
「それじゃ、イヴさんのアリバイには何の意味も──」
白夜が言いかけたとき、不意のノックが邪魔をした。
若干古びたドアの向こうから、やけに響きのいい寮監の声がする。
「シンライ、いるか?お前に電話だ」
◇ ◇ ◇
真来は白夜を部屋に残し、一階のロビーに降りた。
電話は寮監室前の壁に取り付けられている。すでに外れている受話器を取ると、
『夜分にすまないね。僕だよ。ファルシアだ』
「……あんたか。何の用だ?」
『イヴの行方を捜している』
「──何だって?」
『今、風紀委員執務室からかけている。少なくとも、こちらで待機している風紀委員からはイヴの目撃証言は出ていない。何か、心当たりはないかい?』
「あいつ、いないのか?」
『もしイヴがいたとして、僕がこんな電話をすると思うかい?』
「……だよな」
『もしかしたら、君のところにいるのかと思ったんだけど』
「いや、いないな。心当たりもない」
その一瞬の間に、先ほどイヴの頬を伝った、ひとすじの光を思い出した。
『知らなければもう用はないよ。探しておいてくれるとありがたいな』
「ああ。もし見つけたら、一度あんたに連絡するように言っておくよ」
がちゃんっ、と、ファルシアにしてはそっけなく通話は切れた。
受話器を置くのも忘れて、しばらくの間、真来は立ち尽くした。
(イヴのやつ、また<精霊の天敵>を探しているのか?)
それとも、何か早まった真似を?
(いや、落ち着け。俺が焦って何になる?)
オーディーンが一緒なら、イヴは<精霊の天敵>にもあまり後れは取らないはずだ。しかも、オーディーンなら、イヴに愚かなことはさせないだろう。
しかし、もしオーディーンがイヴと共にいなければ。
「ったく、面倒なことになったな……」
叩きつけるように受話器を置き、玄関に向き直る。そのまま、寮の外に飛び出そうとして──壁にぶち当たったかのように立ち止まった。
思わず、そこに立っていた女性に、目を奪われてしまう。
朝焼けのような藍色の長髪に、雲の刺繍が施された、髪と同じ色の特徴的な着物姿。
瞳の色は燃え盛る焔のような橙色で、絶世の美貌を隠すように、レンズなどが取り付けられた大きな眼帯で左目を覆っている。
その後ろには、空色の着物を着た、女性や白夜とは似ても似つかない顔の少女を控えている。
女性は妖艶な笑みを浮かべ、透き通った弦楽器のような声で言った。
「ごきげんよう、坊や。今夜はいい月ね」
「月姐さん……?」
やっとのことで真來は我に返り、状況を把握できていないまま、その名を呼んだ。




