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請い慕う  作者: 野兎
3/3

後編後の小話(※男性視点)

 「あの……。」


 痺れを切らしたのか、彼女が遠慮がちに俺に声を掛ける。


 「? どうした?」

 「……目立っているのですが……。」


 目立つ? ああ、そうだったな。ここ、大通りだった。

 弟から奪還した後、俺は駅に面する歩道で、彼女を暫く抱きしめていたのだ。


 「君の告白ほど目立ってはいないよ?」

 「っ!!」


 俺の言葉に彼女は口をパクパクさせる。

 ……ははっ。面白い。

 俺は彼女を腕の中から解放すると、近くの喫茶店を指差す。


 「そこに入らない?」

 「はい。でも、お時間大丈夫ですか? 私はいつもより早めに着いてしまったから良いのですが……。」

 「俺も出勤時間まで、まだ時間があるから大丈夫だよ。」

 「もしかして、いつもこの時間に出社しているんですか?」

 「ああ……まあ。」


 俺は彼女の問いに曖昧に返事を返す。

 普段はもう少し遅い。君の事が気になってあまり眠れなかったからなのだという理由は、こっぱずかしくて言えなかった。


 「だから、今まで会うことが出来なかったんですね! もっと早めに出社してれば良かった……そしたら、もっと早くに貴方に会うことが出来たのに……。」


 彼女が悔しそうに顔を歪ませる姿を、俺は目を細めて見守る。


 喫茶店に入ると、俺らは窓側の席に勧められる。俺の脳裏に昨日のレストランが思い出され、店員に許可をとってカウンター席に移動して二人並んで座る。


 「手、繋いでもいい?」


 隣に座る彼女に、俺は提案する。彼女は周囲を気にしながらも、コクリと頷いてくれた。

 ……俺の中をまた君でいっぱいにしよう。二度と離すつもりはないけど、不安だから。

 俺は彼女の出された手をぎゅっと握り締める。



 「えっと……私は食べられるのでしょうか?」


 コーヒーが出されると、彼女が小声で俺に尋ねてくる。 


 「それは、性的な意味で?」


 俺はからかいを含めて、意地悪く彼女に返す。

 さて、どこまで話そうかな? もう二度と触れられないと思っていたのに、すんなりと俺の中に戻って来たからには、もう離さない。だけど、初めから全てを話すと彼女を混乱させるかな。

 俺は考えをめぐらす。


 「……いえ、性的以外の意味で。」

 「だったら、食べないよ。」

 「でも、さっき私のことを美味しいって……。私の何かをすでに食べたのでしょうか?」

 「ん――何か。体から自然と流れ出ているものかな? それが俺にとっては凄く美味しい。君の体にはなにも害はないはずだから、安心して。」


 たぶん、だけどね。君みたいな子、初めてだから。もしかしたら性欲が減退するかもしれないけど、それは別に良いよね。浮気の心配もなくなるし。


 「それって……匂いフェチなんですか?」

 「匂いフェチ?」

 「はい。私から流れ出てる物なんですよね?」

 「……そうだね。まあ、そう理解してもらっても大丈夫だと思うよ。」


 いいのか? 匂いフェチで。まあ、いいか。はじめは。


 「匂い……。もしかして、食べた料理で私の匂いは変わりますか!?」

 「え……ああ、そうだね。そうだったら面白いなあ。考えもつかなかったよ。でも、そう言われると、お酒を飲んでる君に触れた時は味が少し変わったかな? 君って繊細なんだね。」


 へえ、そうか。彼女が食べるもので味が変わるのか。嬉しい誤算だ。

 俺は顔を綻ばせる。


 「変わるんですか!?」


 彼女が酷くうろたえる。


 「その方が俺は嬉しいけどね。君のいろんな味が楽しめるから。」

 「いえ、私は気にします!! “昨日にんにく食べたんだね”なんて言われた日には、乙女として死んでも死にきれません!!」

 「ニンニク!? いいね。薬味が効いて美味しそう。」


 面白い発想だなあと、俺は目を丸くする。


 「キャ――、自分で変な提案してしまった……。私、もう一生ニンニクなんて食べませんからっ!!」

 「“一生”? 嬉しいなあ。俺とそこまで考えてくれるんだ。……そうだ。今度、一緒に餃子を作ろうよ。ニンニクたっぷりの餃子。皮で包むのは君が担当。餡を皮にのせるのも素手の方がいいなあ。」

 「え? 素手で餡!? ……もしかして、私の手の匂い付き餃子なんて言いませんよね!? あ! もしかして、“おにぎり”って私が握るから!? 私の手の匂いがつくからですか!?」

 「あ、ばれた?」

 「むっ……無理です。絶対に作りませんからねっっっ!!」


 と、顔を赤くしている彼女は本当に可愛い。

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