後編後の小話(※男性視点)
「あの……。」
痺れを切らしたのか、彼女が遠慮がちに俺に声を掛ける。
「? どうした?」
「……目立っているのですが……。」
目立つ? ああ、そうだったな。ここ、大通りだった。
弟から奪還した後、俺は駅に面する歩道で、彼女を暫く抱きしめていたのだ。
「君の告白ほど目立ってはいないよ?」
「っ!!」
俺の言葉に彼女は口をパクパクさせる。
……ははっ。面白い。
俺は彼女を腕の中から解放すると、近くの喫茶店を指差す。
「そこに入らない?」
「はい。でも、お時間大丈夫ですか? 私はいつもより早めに着いてしまったから良いのですが……。」
「俺も出勤時間まで、まだ時間があるから大丈夫だよ。」
「もしかして、いつもこの時間に出社しているんですか?」
「ああ……まあ。」
俺は彼女の問いに曖昧に返事を返す。
普段はもう少し遅い。君の事が気になってあまり眠れなかったからなのだという理由は、こっぱずかしくて言えなかった。
「だから、今まで会うことが出来なかったんですね! もっと早めに出社してれば良かった……そしたら、もっと早くに貴方に会うことが出来たのに……。」
彼女が悔しそうに顔を歪ませる姿を、俺は目を細めて見守る。
喫茶店に入ると、俺らは窓側の席に勧められる。俺の脳裏に昨日のレストランが思い出され、店員に許可をとってカウンター席に移動して二人並んで座る。
「手、繋いでもいい?」
隣に座る彼女に、俺は提案する。彼女は周囲を気にしながらも、コクリと頷いてくれた。
……俺の中をまた君でいっぱいにしよう。二度と離すつもりはないけど、不安だから。
俺は彼女の出された手をぎゅっと握り締める。
「えっと……私は食べられるのでしょうか?」
コーヒーが出されると、彼女が小声で俺に尋ねてくる。
「それは、性的な意味で?」
俺はからかいを含めて、意地悪く彼女に返す。
さて、どこまで話そうかな? もう二度と触れられないと思っていたのに、すんなりと俺の中に戻って来たからには、もう離さない。だけど、初めから全てを話すと彼女を混乱させるかな。
俺は考えをめぐらす。
「……いえ、性的以外の意味で。」
「だったら、食べないよ。」
「でも、さっき私のことを美味しいって……。私の何かをすでに食べたのでしょうか?」
「ん――何か。体から自然と流れ出ているものかな? それが俺にとっては凄く美味しい。君の体にはなにも害はないはずだから、安心して。」
たぶん、だけどね。君みたいな子、初めてだから。もしかしたら性欲が減退するかもしれないけど、それは別に良いよね。浮気の心配もなくなるし。
「それって……匂いフェチなんですか?」
「匂いフェチ?」
「はい。私から流れ出てる物なんですよね?」
「……そうだね。まあ、そう理解してもらっても大丈夫だと思うよ。」
いいのか? 匂いフェチで。まあ、いいか。はじめは。
「匂い……。もしかして、食べた料理で私の匂いは変わりますか!?」
「え……ああ、そうだね。そうだったら面白いなあ。考えもつかなかったよ。でも、そう言われると、お酒を飲んでる君に触れた時は味が少し変わったかな? 君って繊細なんだね。」
へえ、そうか。彼女が食べるもので味が変わるのか。嬉しい誤算だ。
俺は顔を綻ばせる。
「変わるんですか!?」
彼女が酷くうろたえる。
「その方が俺は嬉しいけどね。君のいろんな味が楽しめるから。」
「いえ、私は気にします!! “昨日にんにく食べたんだね”なんて言われた日には、乙女として死んでも死にきれません!!」
「ニンニク!? いいね。薬味が効いて美味しそう。」
面白い発想だなあと、俺は目を丸くする。
「キャ――、自分で変な提案してしまった……。私、もう一生ニンニクなんて食べませんからっ!!」
「“一生”? 嬉しいなあ。俺とそこまで考えてくれるんだ。……そうだ。今度、一緒に餃子を作ろうよ。ニンニクたっぷりの餃子。皮で包むのは君が担当。餡を皮にのせるのも素手の方がいいなあ。」
「え? 素手で餡!? ……もしかして、私の手の匂い付き餃子なんて言いませんよね!? あ! もしかして、“おにぎり”って私が握るから!? 私の手の匂いがつくからですか!?」
「あ、ばれた?」
「むっ……無理です。絶対に作りませんからねっっっ!!」
と、顔を赤くしている彼女は本当に可愛い。