あんたは嘘つきだ
日曜日の夜。アリスが宿題をしているその背後で。
球技大会のプログラム、それぞれの競技に参加するクラスメートの名簿、タイムスケジュールなどのプリントづくりを、私は一気に請け負っていた。学年対抗だからということで、赤メッシュ男達は高2と高3の分までプリントを作っているはずだ。
先輩達のプリントと、私のプリントを、レイアウトを決めて合体させ、球技大会のパンフレットをつくる。清羅学園は少しでも金のある生徒を獲得する為に、(合コンパーティーはさすがにないけど)何か行事が行われるたびに会場を一般へ開放し、高い入場料をとっていた。
「よーし…もうすぐ終わるぞ…!」
さらに名簿をめくっていく。
右手もだいぶ痛みが少なくなってきたから、ことさらキーボードは打ちやすい。真弓グループの輩も、停学処分は解けて、普通に登校しているけどこっちに何も手を出してこない。私がその気になれば窓ガラスを叩き割れることに恐れをなしたのは明らかだった。
っていうか私は永遠に武闘派だと思っていたのに。まさかこんな傷だらけの手で、事務仕事をすることになるとは…
立ちあがって印刷機を起動させたその時、メール着信がきた。友永奏からだ。
『どうしよう。おれ、怪我しちゃった』
「…何を訴えてくるのかと思ったら…え?」
怪我なんて、一体何があったんだろう?まず予選は棄権したに違いない。もしも靱帯損傷なんてなったら、バスケを続けられるかどうか疑問だ。あれほどバスケが好きだったのに。
『何があったんですか?』
でも、友永くんがいちいち返信してくれることはなかった。
一時間返信を待っている間に、プリントの束は出来上がってしまった。
…いらつく。こいつ、人の気を引きたいわけ?話聴こうとしてんのに今度は返信なしか。それともプライドが高くて話せないのか。
私のイライラモードを察したのか、アリスが振り向いた。
「どうしたの、セン」
「ううん…なんでもない」
「千華ー、風呂沸いたからはいっておいでー」
兄さんが呼んでいる。私はちょうどいいと思って立ち上がる。
やっぱり、最初の悪い印象は間違っていないのだろうか、と湯船に浸かりながら考えた。けれど、頭の中で甦る強烈な“友永奏”の記憶は、バスケで汗を流して爽やかに笑い、両目は嬉しそうにキラキラ輝いている姿だった。
何なんだろう?病んでいるなあと思えば、爽やかな一面を見せてくれる。
翌日。
あのいらつくメールについてじかに問い詰めてやろうと思いながら、私は咲真とアリスと一緒に登校し、女子軍団を回避していった。途中から何とリムジンで登校していた琴峰兄妹が私達と合流する。私は一時間目からサボる予定だった。授業時間中にしかまともに話せない赤メッシュ男のところへ、プリントを入れた大きな封筒を持っていく為だ。その為にも、サボっても単位が心配ない科目を慎重に選んでいた。
かくして、その一時間目。
授業中、誰もいない廊下を、封筒を抱え、静かに歩いていく。生徒会室に…友永奏もいるかな。そう思いながら、エレベーターのある場所を横切ると。
チーンと音をたてて、エレベーターの扉が開いた。
うう、いいなあ、誰だよこんな時間に贅沢にエレベーター使って移動する奴は…
「あれ、沢原さん?」
振り返ると、腕にギプスをはめて布で首から吊るした友永奏がいた。
「……」
やっぱり、今日あるはずの予選を彼は棄権していた。
釈然としない気持ちで、奏のカバンを持ってやろうと私は手を差し出す。昨日見かけた時は普通に歩きまわっていたのに。一夜でどこにどうダメージがあれば、「骨折しました」になるわけ?きっと問い詰めたって無視されるか、かわされるんだろうけど。
そのまま、後ろを着いてくる友永くんに話しかけることなく、私は生徒会室の扉をノックする。
「失礼します。先輩、プリントができたので持ってきました」
「おお、そこんとこに置いといてくれ」と赤メッシュ男は顔をあげずに答える。今この場にいるのは赤メッシュ、私、そしてアルビノボーイだけだ。
「友永くんが怪我をしたそうです」と私は白々しく言ってやった。
「奏!大丈夫なのか?」
「はい、先輩。僕はこうして生きてますから」
「おいおい、何があったの!」と先輩が問い詰めるけど、アルビノボーイは笑って答えない。
…ひとつ試してみよう。
「先輩、友永くん、先に謝っておきます」
そう言って、薄いケースに収まったままの何かのCDを手にとる。ちょっとだけしゃがんで、フリースローの姿勢でちょっとだけ腰をひねって、瞬時に水平に友永くんに投げつけた。
…友永くんのギプスに当たるように狙いを定めて。
カタカタッと音をたててCDは床に落ちる。
でも私はちゃんと見ていた。
「友永くん。あんたは嘘つきだ」




