もういいじゃないか
直後。
先輩の拳が来たから私はひらりとかがんで躱す。
「先輩。怒るのはわかりますけど、先輩に出る幕はないです」
さらに足蹴りが飛んできたからジャンプして躱して、そのまま我ながら何かのアクションスターみたいなパフォーマンスで生徒会室の扉のところまで後退した。これ以上先輩が襲ってくる前に、
「怒るのを止めてくれたらちゃんと説明します」と早口で言って、バン、と扉を閉めて外に出る。
ここまでしても、私の息が荒くなることはない。
「あいつが怪我してるのは、肉離れだけなのに」
どうしてそんなくだらない嘘をついているんだろう?
とりあえず、今後しばらくはできるだけ赤メッシュ男に鉢合わせしないようにしなくちゃ。怒鳴られることは覚悟していたけど…まさかあれで拳どころか足が飛んでくるとは思わなかった。悪いのは友永くんなのにさ。
とりあえず、友永くんは若葉組のはず。練習試合の時は赤メッシュ男もプレイせざるをえなくなり、人にCDを投げつけたバカを制裁したくてもできなくなるはずだ。練習試合が終わった時を狙って、絶対とっ捕まえて、あいつの嘘を暴いてやる。
なんであいつが怪我していないって決めつけられるか。
その謎解きを、本人に直接語り聞かせてあげないと気が済まない。
***
体育の授業。体育館内で平均台に挑戦しながら、私は咲真の口パクを解読する。
『お前、兄貴を怒らせたの?よくやったな!!』
「よくやったなじゃないよ、まさか殴る蹴るの制裁がくるとは思わなかったから…おい、ってかここは同情するところでしょ、何嬉しそうに笑ってるの」
『だって兄貴とお前が喧嘩したって聞くと嬉しくて』こちらは全くもって面白くない。
人にものを投げるのはダメだとして、怒鳴ることはあっても何も殴ったり蹴ったりしてこなくてもいいじゃないか。
私は苛々と不満を押し隠す為、平均台の両手を軸にして、思い切り体を垂直に押し上げ、両足を広げることに集中する。直後に、周囲からの称賛の声が聴こえてきて、ちょっとだけいい気分になった。
私が待ち望んでいた練習試合の時間。
いちいち、試合時間が惜しかった。じりじりと練習の拘束が解かれるのを待つ。けど待ちきれない。頃合いを見計らって、お腹が痛いのでトイレに行きたい、と言って許可をもらい、廊下を駆け、生徒会室を目指した。アルビノボーイは「怪我をしているから」参加できない。
赤メッシュと同じように、ヒマさえあれば生徒会室にいるはずだった。
でも。
「…あれ?」
生徒会室はもぬけの殻だ。私の勘違いだったのかな?それとももう帰ったのか。あたりを見回し、私はその疑惑を否定した。だってソファーに、友永くんのカバンがでんと置いてある。…っていうか、いちいちのぞかなくてもわかるくらい、本が溢れていた。
「参考書…?」
よく確かめたくなるしカバンを覗いてみたくなる。…だけど、今は本人を探さなくちゃ。
そう思ったところで。テーブルの上に、ブレザーやらサマーセーターやらネクタイやら置いてあることに気付いた。名前を確かめてみると、全部友永くんのもの。
嫌な予感がした。
…こんなにいろいろ生徒会室に置いて行って、ズボンにカッターシャツだけになって、本人はどこへ行った?
友永くんに電話をかける。でも出ない。私は人のカバンを覗くことへの罪悪感をかなぐり捨て、急いで友永くんのケータイを探す。
「あった…」
やっぱりケータイも置いて行っている。
校庭でも散歩しているのかもしれない。でも、放課後ぎりぎりまで生徒会室に引きこもっているアルビノボーイにしては、何だか違うと思う。そして今はまだ5時。あいつが最も嫌う太陽は、傾いていながらもまだ沈んでおらず、外に出たくないはずの時間なのに。
私は、彼が生徒会室にいると勘違いしてここにきた。今度も、私の勘違いでありますように。
私は廊下を走りだし、階段を三段飛ばしで駆けあがる。
まさか、考えすぎだとは思うけど。でも、放っておけない。
私は屋上を目指していた。
あんたは私に相談したいことがあったんでしょ?睡眠不足のことなんかじゃなくてもっと別の問題を、相談したかったんでしょ?
もういいじゃないか、友永くん。私に話してくれたって。




