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第十七章 ナイトパーティー 前編









                             《天堂 陸》




 アレックス君の予告通りに二日後の夕方、家の前に迎えの車がきた。

 黒塗りの外車の名前はわからない。高級外車といえばベンツくらいしか知らない俺は乗るのはもちろん見るのも初めてだ。住宅密集地である狭い道にはとても入れそうにない大きさ……というよりは長い。居住スペースのせいだろう。

 その外車から洗練された動作で老執事が出てきた。

(し、執事だ!)

 映画でしか見たことないよ、こんな人!

 一分の隙もない。オールバックに撫で上げられた銀髪同様、口元の立派な髭といい優雅で気品ある佇まいを前に後退りしそうになる。

 アレックス君の身の回りの世話をしている執事の方で、彼はエドワード・W・ウォルガーと名乗った。達者な日本語にマジびびる。外人っぽいはずれたイントネーションではなく、流暢なくらい流暢な日本語だ。

 そして、エドワードさんに誘われるまま紫苑と一緒に車に乗り込み、二時間。

 紫苑と再会した空港に乗り一時間。

 そろそろ日も沈みかけた頃に、ようやくアレックス君の招待された屋敷へと着いた。

 まず、門から屋敷までが長い。

 車で門をくぐっても、ひたすら延々と林やら庭園やら、あげく池とは言い難い大きさの湖やら続く一方で、建物が見えてこない。

 たっぷりと十分ほど車で走って、ようやく屋根が見えてきたと思えば、エドワードさんが、庭園管理の庭師の家だと教えてくれた。

 愕然とする。

 やがて、こんな状態がずっと続くのかと思った頃、洋式の建物に着いた。

 車から降りて、目の前の建物を見上げる。

 そのスケールが恐ろしい。凄い。凄すぎる。格の違いをこれ以上ないくらいに感じる。

 眼前にそびえる威容に、頭が痺れるくらいの衝撃を感じていた。

「す、凄く……大きなところですね……」

 一体、この屋敷の中に俺の家が何個入るだろうか?

 十や二十くらいは平気で飲み込んでしまうだろう。

 だが、

「いえ。こちらは別館でございます」

「え?」

「パーティー会場に使用する本館は、あちらでございます」

 エドワードさんの右手が指し示す方向に視線を向けると、目の前にある屋敷よりも、数倍は大きく建造物が目に飛び込んできた。

 煌びやかな照明が夜の闇に輝く豪奢な屋敷が、大地に根を下ろしたようにそびえている。

「…………」

 もはや声も出なかった。

 俺の驚きに気を遣ってくれたのか、エドワードさんは暖かな微笑を見せてくれた。

「私も初めてこのお屋敷を拝見させて頂いた時、驚いたものでした」

「そ、そうですよね……?」

 顔面神経症のような、とても笑みとはいえない複雑な表情を浮かべる。

 と、俺とは違い全くいつもの幼馴染が俺の肩に手を置く。

「フ、案ずるな陸! 屋敷の一つや二つ、変態の一人や二人に比べれば、どうでもいいぞ。そう……傷が治った時にとれた《かさぶた》くらいどうでもいい!」

「――それは確かにどうでもいいけど……」

 けど、これは紫苑は紫苑なりに俺にフォーローを入れてくれたのだろう。

 それが分かれば紫苑の気遣いを無駄にするわけにはいかない。

「ん……ま、そうだな」

「うむ。それにどうせ陸は将来この紫苑ちゃんの嫁になるんだから、こんな屋敷なんぞすぐに慣れるでござろうよ」

「よ、嫁ぇッ!?」

 不吉な単語と内容に裏返った声を張り上げる!

「フ、ついでに陸の銅像なんかもプレゼントするぞ。どうだ、嬉しいだろう?」

「た、頼むっ、勘弁してくれ!」

 あながち冗談とも言えない本気の眼をした紫苑に顔を引き攣らせる。

 紫苑は「やる」と言ったら、本当にやる根性と財力。そして野望を持っている。

 だから、紫苑のセリフは妙に現実味を帯びていて――――怖い。

 だって、考えてみてくれッ!

 異常殺人鬼のジェイソンが『お前を殺す!』と言ってもそれ冗談にならないだろう!?

 しかし、

「紫苑様、陸様。お洋服を用意していますので、こちらに」

 エドワードさんが絶妙なタイミングでそう言い、別館を案内してくれる。

「陸様は、つきあたりを右の部屋にお着替えを用意していますので、それを御召しください。紫苑様はこちらでございます」

「では暫しの別れだな、陸」

「あ、あぁ」

「フフ……ドレスアップした紫苑ちゃんを後でこれでもかぁー、ってくらい見せてやろう。それこそ鼻血ものの破壊力のある紫苑ちゃんをな! 《色々な意味で》ティシュの用意をしておくことだ!」

「あ、ああ……」

 なぜか一部の単語を妙に強調した口調で宣言する紫苑。

 なんとなく見たいような見たくないような……そんな相反する気持ちを抱く。

 紫苑は意気揚々とエドワードさんに部屋へと案内され、俺は言われた通りにつきあたって右の部屋へと入る。

 見渡してみると、その部屋は俺の部屋の軽く五,六倍はある広さだ。

 部屋の中には応接セットらしき家具が置いている。

 置かれている小物も一目で高価なものだと分かった。

 なによりも布団の上を歩いているような柔らかさを伝えてくる赤い絨毯に慄然とする。

 壁に飾られている絵画。

 その部屋の豪華さに数分呆然と佇む。

(やばい……俺はここにいてもいいのでしょうか?)

 内心で問う声すら敬語になってしまう。

 と、部屋の真ん中にあるテーブルの上に、幾つか大きさの違う白い箱が置かれているのを見つける。

「あれが、エドワードさんの言っていた着替えかな?」

 テーブルに近づき、箱を開ける。

 予想通り、それはエドワードさんの言っていた着替えで、ライトブルーの三つボタンスーツに、黒のシャツと赤いネクタイ、靴下から革靴まですべて用意してあった。

 おずおずと着替えを始める。

 服に触れてみて、その上質さに嫌でも気が付かされる。

 着替えを一通り身につけると、ネクタイが曲がっていないか、部屋にある長方形の形をした大鏡を見てチェックする。

 なんというか……こういう服に着慣れていないという動揺の表情が、鏡に映る。

「……馬子にも衣装ってやつかな?」

 苦笑する。

 そして、部屋から出ようかと思った瞬間、


「陸の生着替えの大チャーーンス!」


 バアァァァンと両開きの扉を限界まで開いて、紫苑が飛び込んでくる!?

 頼むから、ノックくらいしてくれよ……無駄とは思ったが、そう思わずにはいられない。

「あ、あのな~、もし着替え中だったらどうするんだよ?」

 ため息混じりに紫苑に言ってみるが、

「望むところだ!」

「の、望まれてもな~……」

 尋ねた言葉を返す刀でそう切り返されて言葉に詰まる。そう来たか……つーかこの場合どうしたらいいやら。

 ゆるく諦念を浮かべながら、紫苑の方を振り向いた俺は瞳を見開いて硬直する。


 少し茶色の入ったショートカットの髪は大人っぽい感じに纏められ、可憐の一言に尽きる。薄紫のビロード地のロングドレスは、大きく肩から胸元まで大胆にカットされていて、顔に赤味が走った。

 あまりの可憐さに心臓が――――胸が高鳴り、思わず胸を手で押さえた。


「どうだ? 私もなかなかの乙女っぷりでござろう?」

「あ……あ、ああっ。その……似合っているよ。凄く良いと思う」

 興奮で上擦る声をなんとか抑えて、右頬を左の人差し指で無意味になぞりながらなんとかそうしぼり出す。

 そう――俺に微笑をして問いかける少女は、まさしく完璧無欠の財閥の令嬢だった。

 一般人とはおよびもつかない雰囲気を纏い、佇む紫苑はただ――――美しい。

 常日頃でも思わず見惚れる容貌が本気で着飾れば、それは恐ろしいほどの吸引力を伴う美貌の化身となる。

「だが、陸もなかなか似合っているぞ。思わず涎がたれるくらいにな」

「……そ、そうか?」

『涎』の部分にぎくりとしながらも、自信なく聞き返す。

「うむ。私が保障するぞ。だがまあ……」

 そこで紫苑は考える素振りを見せると、妄想ドリーム爆裂な感じの笑みを浮かべる。それお嬢様が浮かべちゃいけない笑みですよ?

「一撃必殺な裸エプロンの陸や、お色気満点バニースーツな陸、元気花丸体操着姿の陸も捨て難いがな……ッッ!」

「い、いやお願いですから、本気でそんな俺は捨てておいてくれッ! 地球規模的に頼むから! 血涙流しながら本当に頼むから! なんなら土下座するからッ!」

「……そうか?」

「そうとも!」

 少し不満げな表情を見せる紫苑に、首を縦に何回も振って否定表示する。

「むぅ……ならば仕方あるまい。結婚初夜まで待つか」

「け、結婚初夜!?」

 声の上擦る俺に、紫苑はしたり顔で頷く。

 しかし、紫苑の表情が途端にでれっとしたものになり、瞳は妄想の――――パラノイアに染まる。

「フフフ……いいではないかいいではないか! 恥ずかしがるでない。さあ、そんな布きれ……脱いでしまえ……グッフフフ……ザクとは違うのだよ! ザクとは!」

 しかもまた紫苑の呟きが恐怖を加速させる! それからあなたガンダム混ざってますよ!

 今の隙に鋭くバックステップで紫苑から距離をとる。密室に監禁された乙女のように身体を震わす。そう密室に囚われた乙女のように!

 だが、俺は決定的なミスを犯していた。

 俺は後ろに飛びずさるべきではなかった。

 全力でドアを開けて逃げ出すべきだったのだ!

 そして大声で人を呼ぶべきだったのだ!!


 ガチャリ!


 狂気的な音を立てて、ドアの鍵が内側から閉められる。

 いつの間にか紫苑は俺に背を向け、唯一の出入り口である部屋の扉をがっちりとロックをする!? why!? なぜに、どうして、何故ですか!?

(な、なぜ鍵をかけるんだ!?)

 それは密室に予期なく閉じ込められた者特有の疑問だ。

 稲妻を受けたように全身を硬直し、もはや慣れ親しんだ戦慄が秒速で……そう秒で俺の心臓を太鼓を叩くように、やたらめったら激しく警鐘しているのを感じていた。おいおい16ビートじゃないか、ノリノリだな!

 部屋の空気が停滞し、肉体的にも、心理的にも、精神的にも圧迫感を感じていた。

 そして今。

 いけないピンクに狂った野獣こと紫苑が、三日月の形のような笑みを口に象って、破滅的な勘違いを紡ぐ。


「二人っきりだな、ムフ♪ ムフフフッ!」


 関西人に生まれた俺の瞳が、ギラリと光る。

「無理矢理、作為的な状況を作っといて、それかあああぁぁぁぁーーーーーッ!?」

 魂の凄愴の悲痛さを塗り込めた悲鳴を喉の奥から絞り出す!

 だが、ああ……っ。

 だが俺は見てしまった……ッ! 見てしまったよ!


 紫苑の本気の瞳を……!


 ロングドレスのスカートの裾を不気味に蠢動させ、小走りだが妙に早い、早すぎる動きで!


 ツカツカツカツカツカッカッカッカッカッ、カカカカカカカカカカカカッ!


 獲物を追い詰めるヘビのように残忍に肉薄してくるぅ……ッ!?


「い、ざ……いざ――いざあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~ッッ!」

 紫苑は脅えた小動物を狩る猛獣のように、両手を高く上げる。

 それは熊の威嚇を彷彿とさせ、紫苑のドレス姿とギャップがありすぎる。

 そしてそのとんでもないギャップが凄惨な雰囲気を醸し出していた。


 その時、少年の俺は初めて理解した。

 美女と野獣、ではないッ。


 美女は、野獣なのだ、と!!


「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 叫喚する俺。

 たちまち部屋の隅――――壁を背負う。

 インファイターに追い詰められたアウトボクサーの気分だ!

「に、逃げ場なし! 打つ手なし! 救いの手もなしぃッ!? しかも状況は最悪飛んで極悪ときた! あげく、相手はいけないピンクモードアクセル全開で恋する妄想機関車の紫苑だ!? 貞子も伽耶子も跳ね飛ばす! 脱線、踏み切り、衝突、爆撃、蹂躙モードだッ!」


 監禁、無理矢理、押し倒される、陰謀、強敵、危険、不可、終焉!


 ダークな色合いの単語が頭の中をフラッシュのように駆け巡り、脳と心臓を強停止させようと目まぐるしく襲う!

「大丈夫だ、陸……大丈夫」

 俺の眼前には――――紫苑が、脅える幼児をあやす母親のように慈愛に満ちた笑みを浮かべ……

「初めは優しくするから、OKでござる☆」

 雄雄しく右手の親指をにゅっ、と立てて宣言した。

 原爆投下の笑みだった。その紫苑のウィンクに俺は死兆星を見た!


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァーーース!?」


 信じられない紫苑の台詞に怪鳥のような悲鳴を上げる。さながら狩られる寸前のイアンクック!

 瞬間、紫苑が俺との間合いをゼロにするべく容赦無用に詰め寄ってくる!

「ムササビ式紫苑ちゃんトルネード・ラヴ・アターーック!」

 意味不明の技の名前を叫びながら……!


『ん、何だ? ロックがかかっているじゃないか……』


 そして、その時、俺の中で存続の歴史が動いた。

 絶体絶命の危機に瀕したと思われた時、アレックス君の救いの声が扉越しに聞こえた!



――お、俺は人間を辞めさせられるぞおおおおおおおおぉぉぉッ!!!




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