第12話
「お客さん、役人たちが呼んでますぜ」
木賃宿「桜屋」の主、与作が言う。
魔左衛門、お菊、喜平の三人は雑炊を食べていた。
喜平は早起きして自分で三人分の雑炊を作った。
作り方は昨日お菊が作るのを見ていたので知っていた。
お菊も魔左衛門も夜遅くまで起きていたようでまだ眠そうだったが、喜平は昨夜はよく眠れたので元気だった。
「おいらが行ってくるよ」
喜平は雑炊をすするのをやめ、立ち上がる。
表に出ると十人くらいの侍たちが佇んでいる。威圧的なまなざしだ。
喜平は嫌な予感がする。
おねえちゃんに言わないとだめかな。
喜平は屋内に戻り、お菊に表の侍たちのことを話すとお菊と魔左衛門も一緒に外に出てみることにする。
三人が外に出ると、一人の侍が懐から書状を出して読み上げる。
「呼出状、急度相触れ候
木賃宿桜屋の宿泊客、魔左衛門、菊ならびに喜平の三名に告ぐ。
ただちに我らと同行し、合戦場宿問屋場へ出頭すべく候
もし拒絶せしめば、お咎め仰せつけられるべく候、以上」
「表を上げよ」
裃を着た江戸町奉行、東山金四郎景元が言う。
白州の茣蓙に土下座した五人が顔を上げる。
奉行から見て右から福村屋六太、サヨ、魔左衛門、お菊、喜平の五人。
藤山宗太郎忠良は吟味方与力として奉行の隣、公事下段に控えていた。
宗太郎もまた裃を着ている。裃は汗が出て肌がむれるので宗太郎はあまり好きではない。だが羽織袴よりは身が引き締まる思いがする。
宗太郎が五人の罪状を読み上げる。
「まずは福村屋六太」
金四郎が言う。
「遊郭「玄宗」での不法売春、訃報賭博役人の贈収賄に関わった罪は重い。
じゃがそれ以上にわしを誘拐し、監禁した罪は無礼千万。到底許し難きものなり。
市中引き回しの上、獄門を申し付ける」
六太は体を震わせる。
「次にサヨ。夫、六太と共謀した罪は重い。
入牢十年を申し付ける」
サヨは「あんまりです」と言い、嗚咽する。
「引っ立てい」
金四郎が命じると、白州に控えていた足軽が二人を連れて行く。
「さて次は魔左衛門。
多くの人間を殺め罪は許しがたきものなり。
本来なら死罪を申し付けるところ、もともと法や掟は人間に適応されるものなり。
しかして魔左衛門は人間ではない。
異形やあやかし、人外のたぐいには法や掟の適応範囲外と解釈すべきものなり。
よって今回の沙汰につき、魔左衛門はお咎めなしとする」
魔左衛門は無言のまま深々と頭を下げる。
「次に菊と喜平。
魔左衛門と旅をしているが、調べたところ罪状はなし。
よって二人ともお咎めなしとする」
「ありがとうございます」
お菊は泣きながらひれ伏す。
「これにて一件落着」
金四郎の声が御白州に朗々と響き渡る。
翌日の昼下がり、日本橋の太鼓橋を渡る三人の姿があった。
魔左衛門は三度傘をかぶり、道中合羽を羽織っている。いずれも先ほど下町の万事屋で買ったものだ。
その後ろをお菊と喜平が続く。
三人が合戦場宿の問屋間に連行されるとすぐ江戸町奉行所に連れて来られた。江戸まで四日の旅だった。
そして江戸町奉行所に着くとすぐ御白州に並ばされ、公事が始まった。昨日のことだ。
喜平はもう少し江戸で遊んでいきたいと駄々をこねたが、魔左衛門は日光へ向けて旅がしたいと言い出した。
お菊はどちらでもよかったが魔左衛門について行くことを選ぶと喜平もしぶしぶ魔左衛門に従った。
日光街道は快晴だった。
この先、なにがあるのだろうか。
魔左衛門は歩きながら訝った。
なにがあるかわからないのが旅というものであり、人生というものではないか。
不安はあるが、それはこの先死ぬまでついて回る人生の重荷かも知れぬ。
重荷を背負って旅をするのはつらい。だったら重荷を捨てれば楽になる。
あれこれ思いなやまない。それが旅を楽にし、人生を楽にする。
魔左衛門の脳裏にはそんな達観がよぎる。
「トキだ」
喜平が空を指さす。
本当だった。
トキが白い翼を広げ、大空を悠々と駆けて行く。トキを見たのはひさしぶりだ。
「日が暮れるまでに草加宿に着けるかしら」
お菊がふとひとりごちる。
着けなかったら野宿してもよい。魔左衛門はそう思う。
それが旅の醍醐味であり、人生の醍醐味でもあるかも知れぬ。
おりからの涼風が魔左衛門には心地よかった。
(了)




