第1話
前作「魔左衛門」の続編です。
よろしければ前作もお読みください。
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日光例幣使街道を歩いてきた三人連れの客はどこか妙な感じがした。
合戦場宿の飯盛旅籠「福村屋」の女将、サヨは傍から見ていてそう思う。
渡世人風の男が一人。年は三十路を少し過ぎたくらいか。手甲脚絆を道中合羽で包み、三度笠で顔をわざと隠している。
人に顔を見られたくない理由があるのだろうか。
残りの二人は顔が似ているから姉弟だろう。姉は数えで十八の自分の娘と同じくらい。弟の方は十歳くらいに見えるがもう少し上かも知れぬ。
姉の小袖も弟の着流しも旅をしてきたせいか、どことなく薄汚れている。
だが渡世人風の男と姉弟の関係がわからない。
親子にしては年が近い。兄弟にしては年が離れている。
男は姉の夫なのだろうか。だが二人の様子から夫婦という感じはしない。
一人旅をしている渡世人に町人の姉弟が連れ添っている。そんな感じだ。
三人の客は草履を脱いで土間から床に上がり、帳場の手前の座布団に座る。
「先にお代をいただいております」
サヨが言う。
「一泊二食付きで三百文です」
渡世人風の男は無造作に懐から小判を一枚取り出す。
「これしか持ってない」
男が言う。
「しばらく泊めてもらえないか。足りなくなったら出て行く」
サヨは少し驚いた。
小判一枚は一両。一両は四千文とだいたい相場が決まっている。
この商売を長くやっているとわかるが、渡世人や無宿人に見える客が意外と金回りがよかったりする。
博奕で稼いだか。刺客や用心棒でもやったのか。
天保十年(1839年)のこのご時世、まともに働くより、訳ありの怪しげな仕事の方が稼げるかも知れぬ。
「ありがとうございます。両替商に行って、きちんと精算しますのでご心配なく」
サヨはそう言って小判を受け取り、宿帳を帳場に置くと、
「ここにお客様のお名前を書いてください」
男はおもむろに筆を執る。
かなりの悪筆だったが、かろうじて「魔左衛門」と読める。
魔左衛門――。
サヨは心の中で何度もその名を反芻する。
どこか人間離れした異形のような名前だ。
この世のものともあの世のものとも思えない。その中間領域を浮遊する魑魅魍魎につける名前のように思われた。
魔左衛門の連れは姉が「菊」、弟が「喜平」と署名した。
右手をくるくる回すと指先から金色の砂が出てくる。
出てきた砂はどんぶりが受けていた。どんぶりがいっぱいになると店の丁稚が別のどんぶりに取り換える。
金色の砂は砂金だった。
魔左衛門はかなり長い間、右手を回して砂金を出し続けていた。
心の中で金を念じて右手を回すと砂金が出る。自分になぜこんな芸当ができるのか魔左衛門にもわからなかったが、旅の途中でこの不思議な力に気がついた。
以降、お菊や喜平と旅をする途中、金が必要なときにこの力を使った。
「福村屋」で部屋に案内されると、お菊と喜平を部屋に残し、魔左衛門は一人で近所の両替商「梅屋」に行った。
「梅屋」は砂金を小判に変えて手間賃を取る商売もやっていた。
「お客さん、うらやましいですねえ。働かなくても大金持ちになれますよ」
番頭らしき男が言う。
番頭は天秤に砂金と小判を載せる。二十畳ほどの間ではこの他、二人の丁稚と一人の手代が詰めている。
饐えた臭いが少し気になる。床の間に飾ってある浮世絵はよく見ると春画かもしれない。
魔左衛門はしばらくすると右手を回すのをやめ、砂金をすべて小判に換金してもらう。
手間賃を差し引いて、小判五枚、一分銀一枚、天保通宝十枚になった。
西の空に夕日が燃えていた。秋風が肌寒い。
魔左衛門は「梅屋」から「福村屋」へ戻る途中だった。
ふと背後に殺気を感じる。
振り向くと後をつけて来た四人の侍が抜刀する。四人とも浪人風情だ。
こいつらは何者か。
両替商「梅屋」の回し者かどうかはわからないが、自分が小判を持っていると知ってつけて来たのだろう。
以前、玉村宿の近くの賭博場で小判を儲けたところ、帰り道に刺客がついて来たことがある。
魔左衛門は刀を抜く。名刀、村正だ。古刀を扱う刀剣商に持っていけば、小判よりこの刀の方が金目になるかも知れぬ。
いきなり襲い掛かって来た浪人を斬り、返す刀で反対側にいた別の浪人を斬る。
するとその隙に三人目の浪人が魔左衛門の背中から刀を刺す。髷のない禿頭の男だった。
背中から青緑の血が噴き出し、刀は魔左衛門の体を貫通し、切っ先が腹から飛び出る。
だが魔左衛門は倒れない。
四人目の浪人には魔左衛門の方から斬りかかる。刀を二合切り結んだ後、首をはねた。
禿頭の男は脇差で魔左衛門の腹を刺す。
腹から青緑の血が噴き出すものの魔左衛門は身じろぎもしない。
「おまえ、化け物か」
禿頭の男がそう言い終わらぬうちに魔左衛門は右手で男の首をつかみ、そのまま持ち上げる。
男は足をバタバダさせていたが、首の骨が折れる音がすると動かなくなる。
魔左衛門は男の死体を地面に投げ捨て、腹と背に刺さっていた刀を抜く、
出血はすぐ止まり、傷口も瞬く間に癒えていく。
今殺したばかりの禿頭の男はなぜ自分を化け物呼ばわりしたのか。魔左衛門は訝る。
刀で刺しても死ななかったからか。それとも血の色が赤くなかったからか。
それにもまして、どんなに怪我をしても傷がすぐ癒えていくこの不死身の体こそ、化け物じみている。
なせ自分は常人と違うのか。
魔左衛門にもわからない。
以前、玉村宿付近の峠の茶屋で高野山で修行したという僧侶と話しをしたことがある。
僧侶は神通力があり、魔左衛門が普通の人間ではなく死人憑だと見破った。
魔左衛門には過去の記憶がない。
茶屋に行く途中の農村で野武士と戦ったところから記憶はあるが、それ以前、自分がどこでなにをしていたのか、ほとんど思い出せない。
僧侶の話では、魔左衛門はすでに死んでおり、死んだ魂が成仏できず、もとの死んだ肉体に憑依したままの状態だという。これを死人憑と呼ぶらしい。
死人憑だから自分には常人とは違う力が備わっている。
そう考えると合点もいくが、いずれにせよ、それはどちらでもいいことだ。
生きている人間からすれば、こうした解釈は重要かもしれない。だがもう死んでいる自分にとり、解釈も能書きもどうでもいい。
風が涼しくて心地よい。日差しが暖かくて明るい心持になる。こうした自然の恵みの方が能書きよりありがたい。
だが生きている人間にはこれはわかるまい。
魔左衛門は吐息をつき、「福村屋」への帰途を急いだ。
(つづく)




