転生:おともだちになる魔法(3)
少女と抱きしめ合うぬいぐるみたちに巡っていく懐かしい記憶。
――――――
『ねぇ、今日はなにをしてあそぼうかしら。おままごとかしら』
薄暗い路地裏でウサギとクマのぬいぐるみを動かしながら一人遊んでいる少女。
『もうやあね、こんなにかわいいぬいぐるみたちをすてるなんて。でも、しんぱいしないで。もうずっとわたしがいっしょよ』
まだうまく回っていない舌で知っている限りの言葉を紡ぎ、少女はぬいぐるみたちを抱きしめた。
『じゃあ、ウサギさんはおとうさんね、で、クマさんはおかあさん。わたしはね、ふたりのこどもなの。とってもしあわせなかぞくなのよ。だれもひとりになんてさせないの。すてたりしないの』
少女は傍に誰もいなくとも幸せそうに笑っていた。ぬいぐるみたちに話しかけ、返事は返ってこなくてもそれでも幸せだった。
『……どうした、ぐあい、わるいのか?』
息の荒い少女はつらそうに横たわりながら、ウサギのぬいぐるみを揺らしやや低くした声を出す。
『あのね、すわるとしんどいから、ねているのよ』
『あらあら、あたたかいスープをよういしましょうね』
今度はクマのぬいぐるみを揺らし、自分のおでこを撫でさせた。
『……おとうさん、おかあさん、わたしはね、ずっといっしょにいてほしいのよ……』
最後の力を振りしぼって言葉を出した少女は目を細め笑う。
そしてその晩、少女は路地裏でひとり冷たくなった。彼女に覆いかぶさるように置かれたぬいぐるみたちは、まるで彼女を守っているかのよう。
それから三日後、遺体となった少女は霊園に運ばれていき静かな地面へと埋められた。
ぬいぐるみたちが彼女と離れ離れになり路地裏に放り出されてからもう随分と長い月日が経っていた。
家族を求めた少女。
血のつながりもない、命もないただのぬいぐるみだが、彼女にとっては大切な家族だった。
そしてそれはぬいぐるみたちも同じ。彼女の元へ行きたいのに歩く足がない。助けを呼ぶ声がない。流れる涙がない。
それでも、ずっと、ずっと、二つのぬいぐるみは少女に会いに行くことを諦めなかった。雨風に晒され体が破けても、自分たちに伸ばされる手を待っていたのだ。
――――――
空が焼けてきた頃、近くの教会から鐘の音が鳴り響いた。
薄れていく少女の体。少女と触れているぬいぐるみたちの体も透け始めていた。
「あのね、僕たちをここに届けてくれた子がいるの」
「ルイだよ。君とおなじ優しい子」
『そうなのね。あなたたちを大切にしてくれる人がいるのね』
ぬいぐるみを抱きしめていた少女は芝生の上に二つをそっと置いた。透けていたぬいぐるみたちの体は元に戻る。
「僕たちをずっと大切にしてくれてありがとう」
「僕らは離れてもずっと大切な家族だよ。ひとりじゃないよ」
『うん! あなたたち、ずっと、ずっと、だいすきよ』
鳴り終わった鐘の音と共に、少女は誰よりも幸せに満ちた笑顔を浮かべながら光の粒となって姿を消した。
「「うわーん」」
芝生に座ったままこどものように泣いているぬいぐるみたちに近づいたルイは二つをそっと抱き上げる。
「……ありがとう、僕のそばに残ってくれて」
感謝すると同時に理解した。ここが夢の中ではなく現実なのだと。
手持ち無沙汰になりいじっていた芝生で切った指。血は滲む程度だったが痛みがあった。
ルイの瞳からも涙が零れる。きっと、もう会うことのできない家族との別れのつらさを知っているからだ。
帰り道、荷車に乗せてきてもらった道を歩いて戻る。荷車は完全に壊れてしまい、いくら魔法をかけても動くことはなかったのだ。
ルイには果てしなく続く道に思えた。ひとり見知らぬ土地に来て剰え孤児。なんども心がくじけそうになったが、その度ぬいぐるみたちが励ましてくれた。
街に着いた時、空は黒と紺が混ざり合ったように暗く、人々を見下ろすように欠けた月と小さな星たちが瞬いていた。
「夜空ってこんなにも奇麗なんだね」
寂しさを埋めるように明るく灯る日本からでは見ることのできない満天の星空にルイは見惚れていた。
だから前から走ってくる黒いマントを羽織った者に気付けなかった。その者もまさか小さなこどもがこんな夜中にいるとは思わず足元を見ていなかった。必然的に二人はぶつかる。突然やってきた衝撃に受け身が取れずにしりもちをついたルイ。
「す、すみません」
その者はさっと膝をつくとルイを立ち上がらせた。
「お怪我はありませんか?」
「あ、ありません」
マントの下から覗く顔にルイは胸を高鳴らせる。だって、絵本ででてきた魔法使いとそっくりな顔をしていたから。キャラメル色の肌、輝く金色の髪と瞳。両耳には光を閉じ込めたキューブのピアス。
「お兄さん、魔法使い?」
無意識に尋ねていたルイ。
「……いえ、私は精霊です」
美しい顔立ちの男もまたルイから目が離せずにいた。気まぐれで人には靡かない魔力の精霊たちが嬉しそうに、楽しそうに彼の周囲を飛んでいたからだ。
無尽蔵に彼へと集まっていく魔力。どうあがいても精霊の本能で惹かれてしまう。
男は無意識にルイへ手を伸ばしていた。行く当てもなく彷徨っているだろうこの子を放っておけなかった。
「……私と共に、来ますか?」
これが、孤児に転生した神の子ルイと精霊界から追放された光の精霊リュカとの出会いである。
ご覧いただきありがとうございます。
ルイと少女、それぞれの家族の物語でした。
次話から第2章が始まります。全10つの物語構成です。
次回『忘却の花畑』。
計3話。




