ピアノ二重奏(2)
昨日同様グランドピアノの椅子に座ると淀みのない手付きで高さを調節していくステラ。息を吐き出し小さな手を鍵盤の上に乗せると体全体を動かして弾いていく。昨日とは異なる音にアトリエの“物”たちも趣向を変えて音に乗っていた。
「……ありがとう」
各々の拍手の中、椅子から立ち上がったステラは気恥ずかしそうに頭を下げるとアトリエの扉へ駆けていく。
――ランカ、ランカ
「ま、また明日も来るね」
そう言い残すと丁寧に扉を閉じてベルの音と共に去っていった。
「……本当に風のような子ですね」
「ふふ、そうですね」
翌日、再びアトリエに姿を現したステラ。
「こんにちは、ちいさな魔法使いさん!」
と元気ハツラツな笑顔に、右側で結わえられている髪には星の髪飾り。その日も彼女はピアノで一曲弾くと風のように去っていった。
翌々日、にも姿を現したステラ。
「……こんにちは」
昨日と打って変わり控えめな微笑みに、左側で結わえられている髪には月の髪飾り。言うまでもなく彼女は一曲奏でると去っていく。
そんな日が一週間続いた。少女――ステラにはある法則があったのだ。元気で星の髪飾りの時、控えめで月の髪飾りの時、交互に現れてはそれぞれ別の曲を弾くということ。
「双子、ですかね?」
「そうだと思います」
リュカの問いかけに頷いたルイは、ステラが訪れる前とあって出番を待ち構えているグランドピアノの鍵盤に触れた。ゆっくりと一音一音繋いでいくルイ。
「もしかして、元気な方のステラが弾いている曲ですか?」
「はい。見様見まねで始めの方しか弾けませんが、本日来るのは月の髪飾りのステラさんなので」
「なぜお覚えに――」
――カラン、カラン
リュカの言葉を遮るように鳴り響いた扉のベル。
「こんにちは」
ルイの予想通りアトリエに顔を出したのは控えめで月の髪飾りのつけたステラだった。彼女はグランドピアノに触れているルイに一瞬驚くも、柔らかく微笑みルイの隣に座る。
「い、一緒に、弾く?」
「はい。一緒に」
微笑み返したルイは彼女が準備をしている間に練習として鍵盤を叩いた。その慣れ親しんだ音を聞いて目を丸くするステラ。
「……どうして、この曲を?」
「少し練習したんです。あなたの曲を完成させるために」
彼女たちの弾いていた曲。それは単体でも美しいものであったが完成ではなかったのだ。二つの曲を同時に弾いて初めて完成する曲なのである。
「たしか、ピアノ二重奏」
「「ピアノ、にじゅうそう?」」
ルイの呟きに同時に首を傾げたぬいぐるみたち。ウサギは右に、クマは左に首を傾げたためにぶつかってしまう。
「うん。二人並んでピアノを弾くんだよ。こんな風に」
ステラに目配せをしたルイは彼女と息を合わせてピアノを弾き始めた。ものの数秒でルイの演奏が途切れてしまったが、それは新しい一曲へと変化する。
「……気付いていたの?」
「はい。すぐとはいきませんでしたが」
「じゃ、じゃあ、こっちも明かさないとね」
ステラは立ち上がると改めてルイに頭を下げた。
「はじめまして。私は、ルーナ。ステラとは双子なの」
「ええ。存じておりました」
答えたのはリュカ。その返答にはルーナも予想していたのだろう。「やっぱり」と小さく笑い声を零し左側で結っている月の髪飾りに触れた。
「私とステラ、全然似ていないから」
その日は、日が暮れるまでアトリエにいた彼女。甘いお菓子や紅茶のおもてなしをぬいぐるみたちから受け、ひとりでに動く物たちのショーに心を躍らせた。
「ありがとう。とても楽しかった。もしよかったらまた明日も来ていい? ……あ、明日はステラの日だ。じゃあその次の日に来るね」
そう言い残しいつもより明るい笑顔を浮かべたルーナはアトリエの扉を開く。
「はい。また明日もお待ちしています。……ステラさん」
「……え? なん、で――」
ベルの音と共に閉じられた扉は彼女の言葉を無情にも途切れさせた。
――――――
『ルーナ、一緒にピアノ弾こう!』
『う、うん。いつものやりたい』
『いいね!』
ステラとルーナはとても仲の良い双子として評判だった。同じ可愛らしい顔、同じ服、でも左右対称の髪型に夜空で隣り合う髪飾り。
家では毎日のようにグランドピアノを奏でた。各々得意な曲を聞かせ合うこともあったが、なにより二人が好きだったのは二重奏だった。二人でしか奏でられない音がたまらなく大好きだったのだ。
両親も二人の演奏を心から楽しんでいたことだろう。
その日はピアノの発表会のために着る衣装を家族四人で買いに行く日だった。だが、ステラが熱を出してしまったのだ。採寸も兼ねていたためキャンセルすることができず、父とルーナの二人で買いに行くことに。
『……ゴホッ、ママ、ごめんね』
『いいのよ、ステラ。そういう時もあるのだから。きっとルーナが素敵な衣装を選んできてくれるわ』
『うん、そうだよね、ゴホッ……』
『そうよ。だから安心して寝てしまいなさい』
『……うん』
だが、その晩二人の元に帰ってきたのは冷たくなった父とルーナだった。二人を乗せていた馬車が盗賊に襲われ、そのまま命まで奪われてしまったのだ。
『……ルーナ、死んじゃったの……?』
母とステラはその事実を未だ受け入れられずにいる。




