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忘れ形見の手袋(3)


 セオドアと手を繋いで手袋の前へ移動したルイは、「君も願って」と彼に告げる。彼が頷いたことを見て目を瞑り手袋に手をかざしたルイ。


――やっと僕たちの出番だね

――私たちを望んで


 自分のそばを舞う暖かな魔力の精霊を感じ取り微笑んだルイはおもむろに目を開き、打って変わり自信に満ちた瞳で唱えた。


「‘Olu Makana」


『……ママ』


 背後から聞こえてきた声で振り向いたレイラの目に映るセオドアの姿。魔法がかかった手袋から生み出された幻影だ。


「……テディ?」

『うん、テディだよ、ママ』


 恥ずかしそうにニット帽を深くかぶるセオドア。見間違うことのない息子の姿を見てレイラはくずおれると顔を両手で覆って泣き出す。


「あ、ああ、テディ。テディ……!」

『ママ、僕ね、ママの作ってくれた手袋を付けて雪だるまが作りたいんだ』


 母の傍らにしゃがみこんだセオドアは両手に嵌められた手袋を見せながら微笑みかける。始めて貰った日はとても大きかった手袋だが今はぴったりだ。


『そのためにね、戻ってきたんだよ』

「でも、今は夏で……」


 アトリエの窓から外を見たレイラの目がゆっくりと開かれていく。窓の外の景色が雪景色だったからだ。空からしんしんと降り積もっていく雪に開いた口が塞がらない。


 レイラは後ろで手を組んで微笑んでいるルイに視線を向ける。ルイは人差し指を口に近づけやや首を傾けた。


『ママ、行こう!』


 セオドアに手を引かれアトリエの扉から雪の降る外へと繰り出していく。


「……天候さえも、変えてしまう……」


 あまりの規格外さを目の当たりにしてしまい、畏怖から震える口元を片手で押さえているリュカ。つとルイへ視線を向ければ魔力の精霊たちに誘われて外へ出ようとしているところであった。


 扉に手を掛けて振り返ったルイがリュカに声をかける。


「リュカさん、一緒に雪だるまを作りませんか?」


(これがどれほど桁外れなのかまるで無自覚。だからこそ危うい。……いえ、そんなあなたを守るために私がいるのだ)


 口元から手を離したリュカは穏やかに微笑み返し「はい」と答えると彼の元へ駆け寄った。


「それ!」

「やったなー」


 リュカに続いて外へ出たぬいぐるみたちは雪玉を作っては投げ合い、はしゃいでいる。布と綿でできているため、遊ぶたびに体が重くなっていくのだがそれでも構わず二つは雪に体をこすりつけたり飛び込んだりと思う存分雪を堪能した。


 そんなぬいぐるみたちを見てため息を零すリュカ。洗うのは彼だからだ。だが――


「リュカさん、見てください。雪うさぎ」


 楽しそうにはしゃいでいるルイを見ればたちまち相好を崩すのだ。



   ◇



 この街全体に降り積もっていた雪。必然的に国家魔法機関にも雪は降り積もっていた。このあり得ない現象に会議を終えたばかりの五芒星は窓に張り付く。


「夏に降る雪。こんなことができるのはあの子しかいないだろうね」


「はあ!? いや、はぁ……」


 あはは、と朗らかに笑っている火属性の大魔導士リオン。反して驚きを素直に示した後、額に手を置いて盛大なため息を零す土属性の大魔導士ローガン。


「あらまあ、すごい」

「すごいで済む話じゃないですよ。まったくあの小僧は……。もっと魔法の特訓が必要だな」


 土属性の大魔導士シンシアの能天気さに苦言を呈したローガンは、おそらくアトリエでほんわかと雪と戯れているだろうルイを思い浮かべ今後の指導法を思案中だ。なんせ彼はルイの魔法の先生だからね。


「雪だー。タリア雪合戦しようぜ。負けた方がなんでも言うことを聞く、でどうだ」

「望むところだ!」


 競いながら外へ飛び出していく闇属性の大魔導士ネロと、水属性の大魔導士タリア。彼らは外に着くや否や雪玉を投げ合い始めた。熾烈な争いに次第に国家魔法使いたちの野次馬が集まる。


 雪が止むまでその戦いは続き、とうとう決着はつかなかっただとか。



   ◇



『僕は顔を作るから、ママは体を作ってね』

「ええ、わかったわ」

『とびきり大きいのを作ろうね』

「ふふ、そうね」


 叶えられなかったあの日の約束を今果たした二人は心から幸せそうに笑っている。雪が止むまでの数時間、二人は雪で遊び倒した。


 雪が止むと同時に足先や指先から消えかけるセオドア。


「テディ……!」

『もう時間なのか、早いなぁ』


 レイラの瞳から零れていく涙を見てセオドアの瞳からも零れ落ちていく涙。


『……ママ、僕幸せだったからねっ! 誰よりも、絶対に!』


 そう言い残し、抱きしめるレイラの腕の中から消えていく幻影。雪の上に座り込んだ彼女の手の上へ消えた彼の代わりに手袋が落ちる。水が滴るほど濡れている手袋から伝わる雪で目一杯遊んだ最後の思い出。


「……ええ、ママもあなたが息子で幸せだったわ。……でも、欲を言うなら、もっとっ……もっと、あなたとっ、いっしょにいたかったっ……」


 手袋を胸に抱えたまま天を仰いだレイラ。涙を流すもののその表情は幸せに満ちていた。


『君は魔法使いだったんだね。ありがとう』


 くすりとルイの耳元で笑うとセオドアは光の粒となって消えていく。母に負けないほどの幸せな笑顔を浮かべて。


 レイラに誘発され、夏らしく照り付ける太陽を見上げていたルイの元へやってきた光の粒。しばらく彼のそばを舞うと、その首元のキューブの中へと収まっていった。


ご覧いただきありがとうございます。


母と息子が手袋に想いを込めた家族愛の物語でした。

夏に降る雪のなんと美しいことか。


次回『役目を終えた盲導犬』

計3話。

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