第8話 鏡は誰のものか
≪三つの声が交差する≫
* * *
神話は語る。
鏡は天つ神が打たせ、境界として置いた。
それは誰かのものではなく、世界のものだ。
羽鳥家は言う。
鏡は「管理する」ものではなく、「見守る」ものだ。
所有する者は、必ず間違える。
神代重工は問う。
鏡を定義できれば、制御できる。
制御できれば、守れる——そう思っていた。
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> 三つの声は、同じ鏡を見ている。
> しかし見えているものは、決して同じではない。
>
> 神話は「境界」を見る。
> 羽鳥家は「揺らぎ」を見る。
> 神代重工は「波形」を見る。
>
> どれも正しい。
> どれも、全てではない。
* * *
鏡が映すのは、いつも——「人」だ。
定義しようとする人。
守ろうとする人。
見守る人。
見失った人。
向こうに引かれていく人。
連れ戻しに行く人。
* * *
> 鏡は、こちらとあちらを繋ぐ。
> しかし、繋ぎ方を決めるのは——
> 鏡ではない。
* * *
「ズレたまま繋ぐ」という言葉がある。
揃えなくていい。合わせなくていい。
ただ、繋がっていればいい——という選択。
それは、鏡が最初から知っていたことだ。
鏡は「映す」ために在るのではなく、
「繋がり続けるために揺らぐ」ために在る。
* * *
> 境界は、壁ではない。
> 境界は、膜である。
> 膜は呼吸する。
>
> 呼吸し続けること——
> それが、世界を世界として保つ。
——第一話より、再引用
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八咫の鏡は、今もどこかで揺らいでいる。
測定されることなく、定義されることなく、所有されることなく——
ただ、呼吸している。
そして、鏡の前に立つ者がいる限り、
鏡は——その者が「どこに立っているか」を、静かに示し続ける。
* * *
了




